36話 Episode A1
今回は趣を変えて主観視点を変えてます
(上手く表現出来てい)ないです。
突然だが、君は異世界というファンタジー的な存在を信じているだろうか?
──信じていない?
当然そうだろうな。
──信じている?
ずいぶんと君はロマンチストなんだな。
…僕?
…僕は信じてはいないが憧れてはいた。しがらみの無い広大な世界を剣と魔法で開拓していく。まあ憧れるよね。
けれど当然、そんな世界に召喚される訳もなし。代わりにVRと言う発明がされて、その中で冒険をしてきたんだ。Vであっても五感はほどほどに再現がされており、電源を切ればいつでも普段の生活に戻れる。
…正直言って僕はこれで満足していた。召喚なんかされても家族とか居るし、仕事も放っておけない。第一迷惑だしね。
だが、わしは………。いや僕か。…もう、ずいぶんと染まってしまっている。体に思考が引っ張られてるのか、長時間のロールプレイが影響しているのか…。
異世界。異世界だ。来てしまった。
そうして僕は、
今、この場所に在る。
見覚えのない、見知らぬ世界に。
──時は遡る。
鬼姫がまだ訓練場におり、騒動が起きるまでかなりの時間を要する時。マッドの姿は王都からそれほど離れていない森の中にあった。
彼は地力を付ける為に日々行っている狩猟をしに森へ来ている。この森限定だが、ぬかるんだ地面やでこぼこした木々の根っこに足を取られることなく行動出来るようにまでとなった。
マッドは組合の依頼と狩猟を半々に行っている。その理由であるが経験の為、その一点に尽きた。弓矢やクロスボウ、仕掛け罠を使ってみたり、ナイフや槍を使ってみたり。ある程度使えるようになればパーティの生存率の向上に繋がる。
マッドは強さに貪欲であった。自分に力が無い故に。
「………おお、丸々肥えておる」
マッドは罠に掛かった野ウサギの喉をナイフで切り裂き、逆さに吊り上げて血抜きをしていた。中々に大きなウサギであり、可食部も相当に多いはずだ。
狩りという経験は楽しい。現代の日本では知識しか持っていなかったが、いざ自分がやってみると難しいものだ。初めの頃なんかは獲物が逃げてしまったことや、やっと狩れた獲物も血抜きが出来ておらず生臭かったこともあった。
しかしそれを克服し、獲物の数が増えて味も日に日に良くなっていくのは成長が実感出来て実に良い。このウサギも相当に旨いだろう。
獲物が獲れてホクホク顔のマッドであるが、そこに異変が起きる。森の木々の間を吹く風に何かの音が混じっていたのだ。
──………!
「…うん?……何じゃ?」
遠くから何かが聞こえる。その場を離れ、移動することで自然の音に邪魔されながらも何とか聞き取ることが出来た。
聞き取れたのは『助けて』という悲鳴。マッドはその声の聞こえる方向へ慎重に近付いていく。この行動は何も考えなしの正義感で行動している訳では無く、声の主が死体になっていれば物を漁るし、状況によっては逃げに徹する。こういった冷徹な考えがマッドの根本にはあるようだ。
薮をかき分け続け、少し森が拓けた場所に出る。ここに声の主が居ると予想された。こういう場所は確か"ギャップ"と言うのだったか、と要らぬ考えを軽く受け流す。
「──ぃ、ゃぁッ!」
──グルルルル……
目に映った光景を見て最初に浮かんだ感想は"珍しい"であった。
三匹の影狼が低い唸り声を上げながら、何者かを取り囲んでいる。その者は一本の細い木を背にして座り込んでおり、杖らしき棒を一匹の影狼に向けて威嚇しているようだ。
その者の服装はいかにも魔術師といった風体の女性であり、ローブも着て本も持った姿からして立派な魔術師に見える。ただそのどれもが傷が付いていない新品のようで、その一点を加味すれば装備だけは万全な新人の魔術師という感じであろうか。
マッドが珍しいと思ったのは、女性の方ではなく影狼の方である。人間など何処にでも居て特に珍しい存在では無い。だが影狼がこんな好戦的に人を襲う姿は珍しいし、何よりその存在自体が珍しい。
影狼が自然に湧くのはごくごく稀であり、それもこのような数が揃うのは本当に珍しいことだ。影狼は毛皮も内臓も目玉も区別が無く、ゲームであった時にドロップしたのは全て『影の集塊』というアイテムで、ほぼ全ての影系魔物はこのアイテムしか残さない。使い道は色々あるがこの世界では貴重なモノに違いないだろう。
──グルル、ガウッ!
「ひぃ…、…ぁ…!」
換金出来る。その一点で動いたマッド。ゆっくりと薮から歩み出て一番近場の影狼をターゲットに定める。
その際にこちらに気が付いたローブの女が声を上げそうになるのを、口に人差し指を置いてジェスチャーで黙っていろ、と示した。その指示通りに黙る女性を見て、この世界でも通用するんだなという安直な感想が浮かぶ。
ボウガンは持ってきていない。弓矢はあるが威力不足だろう。仕掛け罠は論外だ。なら、物理攻撃しか無い。影狼程度なら何とかなるだろう。
自身にドレイン特性を付与し、鋼の硬さを持つ長杖を構える。
「──ギャン?!」
影狼の頭部に長杖が直撃した。その衝撃は狼の頭を陥没させ、一時的に混乱させることに成功する。
すかさずその影狼に飛び付き、首を左腕で極めつつ短く持った杖で殴る。何度も、何度も、この影狼以外目に入っては居ないのか、というくらい一心不乱に殴り続ける。
当然二匹の影狼がそれに気が付かない筈が無く、一匹は首に、もう一匹は杖を持った右手首に噛み付いた。しかし首は布の硬度ではないローブがダメージを軽減し、手首に付いた傷も影狼を殴り付ける度に塞がっていく。
「───…」
「……まず、一匹」
遂にダメージが限界に達したのか影狼の輪郭が崩れ、ほの暗い体液──薄めた墨汁のような色、が溢れだし、残ったのは濃い黒色の粘土だけであった。かなり体積の大きかった影狼であるが、素材として価値を持つ塊は少ししか残っていない。
しかし高く売れるのだ。マッドの目には影の集塊が金塊のように見えていた。
まだ二匹残っている。残す訳にはいかない。
手首に噛み付いていた方の影狼を無理矢理引きずり倒し、同じような作業に再び戻る。少々痛いが許容範囲内だ。健全な影狼を意識から外し、目の前の作業に集中する。そのような時であった。
「──ギャ!?」
「ぬぅッ!?」
背後から強烈な熱を感じ、後ろを向くマッド。しかしそこには影狼も熱源も何も存在しなかった。ふと遠くを見ると体から炎を瞬かせ走り去る影狼の姿が見える。
突然現れた炎。原因は一つしかない。
「ハァ、ハァ、はあ…。た、助かりました…!」
「何を…」
「?…はい?」
「何をしてくれとんじゃ!この小娘がァ!!」
「ヒィ!?ど、どうしてですか!?」
「貴様のせいで一匹逃げてしもうたではないか!!」
「え、ええ…?」
魔術師は援護のつもりで放った炎であるが、マッドにとっての金塊を逃がす愚行でしかない。最後の影狼も一対一でしかも仲間の命を奪ったとなればあのまま逃げなかっただろう。だが一対二となり既に仲間が居ないことを省みれば死に対する恐怖が生じるというものだ。獣にもそれくらいの知能はある。
尤も、マッドは先ほどまで小さな裂傷を至る所に作って首の根元に噛み付かれていたのだ、そんな状況を旗から見ていてただ傍観に徹する、という方が異常であろう。この魔術師はしごく一般的な感性をしているということだ。
ともあれ怒りに燃えたマッドは立ち止まらない。ゆらりと立ち上がり、元凶である魔術師の元へと歩いていく。
影の集塊
影系配下の召喚時に使用可能。
召喚配下のコストを減らす効果がある。
…とこれはゲーム内のフレーバーテキスト。現実となれば別の使い道が開発されている、はず。
何故召喚コストが踏み倒せるのでしょうね?




