35話 暗雲4
「なるほど。本体を狙わずに周りの雑兵を討っていけば良いのだな。それによって時間稼ぎも出来ると」
「…ここで停めるぞ」
馬車から全員が降り、乾いた地面に足を付ける。御者であるが、何かを取り出して作業をしていた。勝手に走り去る馬車に目もくれずに。
「なッ…!?おい、馬車が…!」
「ああ、大丈夫大丈夫」
「大丈夫…、なのか?」
馬車がどこかに行ってしまえば不味いと思うのだが、鬼姫以外の冒険者は目もくれていない。この馬車を牽く馬は特殊な笛の音色を聞けば戻ってくるようにしつけられているので問題無いのだ。そのことを知らない鬼姫はそういうものかと気にしないように努めた。
目の前には影竜を筆頭とし影狼や影蛇といった魔物が迫り来る。影系統の魔物は隠密が主であるので、このように分かりやすい攻撃をしてくるのであれば雑魚に過ぎない。
「じゃ、お先に帰ってるぜ」
「おうヴェル。援軍頼んだ」
「?…!?」
ヴェルと呼ばれた男は先ほどまで御者をしていた男だ。その男は地面に複雑な紋様の描かれたボロ布を広げ、その上に立つ。そして次の瞬間にはまばゆい光がその男を覆い、男をどこかに隠してしまう。残されたのは半分燃えたボロ布のみだ。
これは転移のスクロールである。迷宮でごくごく稀に発掘される代物であり、再現の出来ない製法の失われた魔法の道具であった。
…軍勢オンラインにこのようなアイテムが存在していればプレイヤーが自由に逃げることが可能になってしまう。よってこのようなアイテムは実装されていなかった。
先ほどから未知の現象ばかり起きていて目眩のする鬼姫。けどファンタジー世界だし知らないことの方が多いのは当然だよね、と余計なことを考えるのを止めて目の前の敵に集中した。
もう間もなく影竜と接敵する。動きはそれほど早くはないが、複雑な動作だ。
鬼姫は聖炎護手と聖炎護腕を顕現させ、狂鬼乱舞を自身に三回発動した。準備は完了だ。
「…お嬢ちゃん、それは何だっぺ…?」
鬼姫の異様な武装に目をぱちくりさせる一同。今まで色々なモノを見てきた上級冒険者であれど、魔力を感じさせない白い炎に困惑を隠せない。せいぜい感知出来るのは空気中の魔素とこの少女本体から発せられる魔力のみである。
「産まれ持った逸物か…、どこかの神様の寵愛を受けたか…。…聖女の再来?」
「まあ、聖なる力など宿ってはないがな」
「ふぅん、不思議ね。如何にもな見た目なのに」
「……世界は、広いっなッ、てェ!!」
言葉が若干訛っている冒険者が唐突に踏み込み、一瞬で影竜の元へと移動した。影竜はその冒険者に気が付いていないようで、無防備な顎を晒している。そこにいつの間にか持っていた杵のような形をした棒を、影竜の顎を突き上げるように放つ。
──グオアアァァァッ!?
「たんと喰らいな。おらの奢りだ」
この冒険者の動きだが一応は見える。見えるのだが、アレに反応して回避出来るとは思えない。あの速度で迫ってこられたら対処出来ずに弾き飛ばされてしまうだろう。
これが上級冒険者の世界である。
「早いな…」
「そぉ?じゃ、アタシ達もヤろうか~」
鬼姫を除いてこの中で唯一の女性である冒険者が、両手を影魔物の侵攻方向へ向ける。何やらブツブツと呟いていた女冒険者であるが周囲の温度が高まり、連続して火球を放った。あまりの熱力に思わず距離を取らざるをえない。
それに呼応して残りの二人も走り出す。一人は金属と革の複合鎧で馬車で話し掛けてきた男。もう一人はずっと沈黙を保っていた男だ。どちらも大柄であるが斧と剣という違いがある。
ここでただ見ているだけであってはならない。
「妾も出る!良いな!?」
「うん。うーん?…うん、良いよ。見てるから」
「よしッ!実力者ばかりで滾って仕方がなかった!」
鬼姫は護ると言ってくれた女冒険者に断りを入れ、走り出した。あの冒険者ほどの速度は出ない。ただ自分は自分の戦いかたをするだけだ。今まで通りに。何も変わらず。
三人の冒険者が大暴れしているがこの数では討ち漏らしが出るのはしょうがないこと。爆炎の中から飛び出してきた影狼を、上段から殴り付けて頭部を叩き潰す。黒い体液がぐちゃりと音を立てて地面に広がった。
(マッドが居るとしたらあの森。魔物を屠りながら、さりげなく移動していくのが最善か)
自身が次第に興奮していくのが分かる。だが思考は冷静に、正しき行動に努めなければならない。冒険者としての目的が王都に進む魔物の妨害であったとしても、鬼姫の目的は違うのだから。
影の体を持つ蛇が大きな口を開けて飛び掛かる。その顎を掴み、握り砕きながら背負い投げの要領で叩き付けた。柔道など経験が無いので力任せによる再現であるが。
ピクピクと痙攣する影蛇。まだ息はあるがのんびりとトドメを刺してもいられない。敵は待ってはくれないのだから。
「どおっ、セイッ!」
視点は移動し大柄の冒険者。握った大斧を地面に叩き付けた瞬間、地が裂け、隆起し、影の魔物を弾き上げる。ただの斧ではなく魔術の刻まれた武器でなのだろう。その攻撃は中々広範囲に及び影竜でさえも体を浮かした。
体を空中に置き、無防備になった魔物は残らず冒険者の連携によって刈り取られる。鬼姫も負けじと一体、また一体と順当に魔物を潰していく。しかし数の力は偉大だ、それはゲームでも現実でも変わることがない。ジリジリと押されていく鬼姫であり、遂に影竜の攻撃がどうしても避けられなくなってしまった。
影竜の体積はデカく、体重もかなりある。避けられないなら出来るだけの準備をして受け流すしかない。足をしっかり地面に付いて聖炎護腕で攻撃を屈折させて回避。衝撃に耐えられるかが不安要素だ。
影で造られた竜の牙が迫る。迫る。
次回は趣向を変えて




