33話 暗雲2
「今日はここまでとしよう。お前はやはり筋は良い。…お前は全く駄目だが」
「…はぁ、はぁ」
「いや、まあ、そうか…」
息を切らして膝に手を置いている猫系の獣人種と余裕そうな狼系獣人種が訓練場には在った。稽古を付け初めてから既に三日が経過しており、それぞれに差が出始めている。
「…赤鎧の。飲み物を買ってきてくれ。金は渡す」
「うっす」
狼の方の獣人が鬼姫から銅貨を受け取り地上の酒場の方へ走っていった。酒場で買うものと言えば酒であるが、運動の後にアルコールはまずい。買ってくるのは水か軽く風味付けのされた果実水である。少し待てば赤鎧が両手を使って二杯の水を持って走ってきた。
「うっす姉御、お釣りっす」
「おお、ありがとう。…もう一つはお前の分だ」
「マジですか?…アザっす」
訓練をして痛め付ける内に赤鎧の話し方が体育会系染みてきた。が特に問題となる事柄ではないので放置している。青い猫系獣人種の体力が回復したようで、ようやく口を開く。
「…ふぅ、水、ありがとな」
「良い。あんまりな具合だったからな。回復させないと不安になるだろう」
「そういや姉御。酒場行く時に通ったんだけど何かギルドが騒がしかったぜ。こりゃ何かあったな」
「…非常時か?この王都で?」
鬼姫はその報告に訝しむ。冒険者ギルドは魔物に対しての活動を主にしている。人相手の依頼も無くは無いが、この王都に関しては騎士団が存在しているので、魔物はギルド、都市内の犯罪者は騎士団、と仕事が分化されているのだ。
で、あるならばギルドが騒がしくなっていると言うことは魔物関係のことで想定外の出来事が起きた可能性が高い。急いで階段を駆け上がりギルドの大広間へと出る。
──その目に映ったのは慌ただしく動き回る組合の職員と、思い思いの武器を担ぐ冒険者達であった。普段酒場で呑んだくれている者も真面目ぶった顔付きで依頼板の方を見て隣の冒険者と何かを話している。
その時、書類を山ほど抱えたキャメロットが目に入った。ギルド職員であるのに白銀の鎧を着込んでいるから異様に目立つのだ。鬼姫は小さい体を利用してスイスイと人混みをすり抜けていく。
「──キャメロット!何があった!?」
「姫ちゃん?!ちょっとこっちに来て!」
キャメロットが歩く後ろを鬼姫は黙って付いていった。キャメロットは鎧で多少着膨れしており人混みの中を歩くのは苦心するだろう、と思いきや冒険者がさりげなく避けていく。その空いた空間を歩く二人。
何故退くのかと冒険者の顔を見れば、何とも言えない苦い顔付きであった。おそらくキャメロットが何かした影響なのだろう。捉え方によっては認められているとも取れる光景に鬼姫は少しだけ誇らしくなった。
そんなキャメロットの足が止まったのは受付である。抱えていた書類を受付の台上に置いてふぅと一息付いた。その書類をちらりと覗き見るといつかの塩漬け依頼や常時貼り出されている依頼、つまりは依頼板にあった邪魔な依頼を全て剥ぎ取ってきた、ということである。キャメロットが振り返る。
「無事で良かったわ、姫ちゃん。…お爺ちゃん、見てない?」
「マッドか?…マッドなら今朝も同じように依頼で出ていったが…」
「…そう。あのね、今」
「今?」
「厄災が迫ろうとしているわ…!」
「…厄災?」
いきなり厄災と言われてもピンと来ない。厄災など抽象的な言葉ではなく具体的な指標が欲しい所だ。
「厄災など抽象的な言葉ではなくだな…」
「ああ、ええとね。バイコーンの群れが王都を通り過ぎて行ったの」
「バイコーンか?それはあのバイコーン?」
「そう、それよ。その一種だけという訳じゃ無いんだけどね。バイコーンを頭とした色んな種類の動物が観測されたわ」
「珍しいな。アレってかなりレアだったろ」
「そうね中々手強いわ。…でもそんなのが逃げるように…、いいえ実際逃げているんだわ。…何かからね」
バイコーンとは馬系や幻獣系の魔物である。ゲーム内ではペガサス程ではないがかなり熟練の者でもなければ召喚出来なかった。特徴としては二本の角を持ち、黒い体表をしている。力も魔力も強く何より機動力が高い。そんな駒であった。
そんなバイコーンが逃げる必要のある存在。バイコーンが束になってもかなわない魔物に幾つか思い当たるが、どれもろくでもない魔物しか思い浮かばない。
「ふむ…不味くないか?」
「不味いわよ。とっても」
不味い。それはそんな脅威が迫っていることと、マッドが未だに帰宅していない。その両方に向けられた言葉であった。確定はしていないが強大な魔物。王都の冒険者を総動員すれば魔物自体は何とかなるかもしれないが、マッドはあまり強くない。酷い評価かもしれないが、軍勢オンラインの戦い方は出来ないのだ。体も目も一人分しか無いのだから。
「まあここはゲームじゃないんだし、自然現象って線もあるわね」
「バイコーンが逃げるほどの自然現象の方が怖いんだが…。…猶予はどれくらいある?」
「…実はあまり無いのよ。直ぐに偵察兼先行部隊として馬車が出るわ」
「………妾を捩じ込めるか?」
その言葉にキャメロットは難しい顔をする。その先行部隊というものはマッドを見掛けても他に優先することがあれば見捨てるかもしれないし、見た目は老人なのもそれに拍車を掛けてしまうだろう。
それにマッドの行動範囲を把握しているのは自分とキャメロットしか居ない。キャメロットは組合の仕事があるし、自分は多少戦える。流石に脅威の魔物には歯が立たないだろうが、マッドを連れ帰る位ならして見せる。
鬼姫が覚悟を決めた時、訓練場の出入りから声が掛かった。
「姉御、話は聞かせてもらったぜ。俺も連れてってくだせえ」
「…なんだ、お前らか」
「!彼らは例の…」
「そうだが…。うん、役に立たないから着いてこなくて良い」
「そんな…!俺たちは強くなってる!だから…」
「万年下級がいきなり強くなるわけ無いだろう。妾の訓練も微妙な感じであるのに」
「…いや、強くなった。姉御の教えを受けてからどんなに鍛えても変わらなかった力が強くなってる」
「…ハッ。バカバカしい話だが…、俺も同じだ。こんな体なのにな…」
「…妾の訓練が効果あったのか?…そんな訳は無いが…。…いや、まさか」
「…ううん。…私も自身無かったんだけど、少しだけ思い当たるわ」
他者の能力を上げる要因。訓練でもなければ特殊な道具も使用していない。であるならば思い当たるのはゲーム内であった、軍勢オンライン特有の能力である"配下強化"の能力だ。従順になったこの二人に能力が適用されたならば。
「…気になる、が時間がない」
「そうよ。…彼らはどうするの?」
「置いておく。万が一強化が掛かっていたとしてもステータス三つに+10%だ。大した力にならない」
「そ、そんなぁ…」
「…駄目だ。妾一人の方が動きやすいし、…奥の手もあることだし」
「…!姫ちゃん、そろそろ…」
「む、そうか。キャメロット、案内を頼めるか?」
「うん、それくらいなら抜けられるわ。あと、これを持ってって。ただの支給品だけど、一通り入ってるから」
「おお、有り難う。これで大分動けるようになる」
「先行部隊には全員に配られる物だから…。こっちよ、はぐれないようにね」
キャメロットから袋を受け取り、先行部隊の乗る馬車に案内される鬼姫。マッドが不安という気持ちが大きいが、…少しだけ強大な魔物と戦えるかもしれないという期待も混じっていた。
人はこれを戦闘狂と呼ぶのだろう。




