23話 巣立ち7
刺突された腕が、強烈な熱さと痛みを伝えてくる。この世界に来てから……前の世界でも腕を刃物で串刺しにされるという経験は当然無い。今のこの体は、正確に受けたダメージを脳に伝えてしまう。
その痛みによって鬼姫の口は震え、上手く言葉が出ないでいた。
「…ぅぁ……ィ…!」
赤ゴブリンは更に刀を押し込もうと力を込めている。だが聖炎に引っ掛かってどうにかこれ以上の侵食を避けれていた。頭の奥がチカチカして、耐えることしか出来ない。
そんな鬼姫であったがたった今状況が一変した。痛みが無くなった訳ではないが、動きや判断に支障が無いほどまで小さくなる。その理由はキャメロットにあった。
(戦えない分…痛みは、私が…!)
キャメロットのスキルは自身のHPを選択した対象に移すことの出来るスキルである。だがゲーム時代では問題無かったHPを削るという行為は、自分の体を削る不快感や喪失感を得ることに繋がってしまう。
それでも、鬼姫から痛みを取り除く為にスキルを使う。自分はあの赤いゴブリンとは戦えない。だが戦闘に貢献は出来る。
「…っ…捕まえたぞッ…貴様ァ…」
「…」
「もう、逃がさねェからなァ…?」
左腕を巻き込む形で刀を止め、右手で赤ゴブリンの刀、ではなく腕ごと掴む。そして目一杯力を込めて腕を握り潰す。潰した腕をそのまま引き抜き、皮膚は裂け、筋肉の筋が千切れ、骨が砕け、ブチブチと音を立てて粘性のある糸を引きながら分離した。
「…!…!!」
「くははッ。もう刀は握らせねぇぞ?……クソ。痛てェな」
刀身を聖炎護腕から抜き、腕付きの刀は遠くに投げられた。武器を失った赤ゴブリンに止めを刺そうと向き直った所、泡をふいて白目を剥く赤ゴブリンの姿が見える。
「…………………ガ………………ギ……」
「貴様。また罠か?流石にバカにし過ぎであろう?」
「…………………グゥ……………」
赤ゴブリンはそのまま事切れた。どれだけ殴り倒そうとその度に立ち上がった赤ゴブリン。それが刀を手放させた瞬間このざまであるのだ。
このゴブリンは普通ではない。もう動けるようには見えないが、念には念を入れてゴブリンの頭を殴り砕く。そうして赤いゴブリンとの戦闘は終息した。
「姫様!怪我はどうじゃ!?」
「スキルを使ったのだけれど…どうかしら?体調は悪くない?」
「…いやあ、危なかった。…助かったよ。有り難う」
鬼姫の左腕の傷であるが、既にほぼ塞がっている。キャメロットのスキルで傷を肩代わりされたのと、マッドのドレイン付与で赤ゴブリンを殺した時に体力を吸収したからだ。
「君達…」
「む?護衛の冒険者か」
「…聞きたいことは多いが、血と糞尿の匂いが酷い。直ぐにここから離れた方が良いだろう。…馬主よ、準備だ」
「そうだな。…回収したいものがある。少し待て」
ズタ袋をマッドから受け取り、鬼姫は赤ゴブリンと赤い日本刀を回収すべく歩き出した。ゴブリンの死体は特に防具の素材となったりはしない (畑の肥料くらいにしかならない) が、この赤いゴブリンはどうだろうか。基準があてになるか分からないがホブゴブリンと思われる。普通のゴブリンでは無いのならば何かに使えるかもしれない。
日本刀の方は言うまでもない。このファンタジー世界には反りの入った片刃刀はあるが、このような綺麗に波紋の入った刀は見たことがない。地球との何かしらの関わりが見つかる可能性がある。
赤ゴブリンの死体は普通に回収出来た。ただ一般のゴブリンより体格が良いので袋に詰めるのが大変であったが。そして死体が握り締めていた鞘を袋に放り込み、投げ飛ばした腕と刀本体の元へ歩いていく。
日本刀を拾う鬼姫。だがその刀身を見て眉をひそめた。戦っている最中は深紅の綺麗な刀身であったのが、所々に錆びが浮き、刃こぼれが至る所に散見する。赤色もかなり薄く、どちらかと言えば鈍い銀色に近い色となっていた。
あんなに綺麗な刀であったのにこの変わり様は何なんだ、と何かに化かされた気分であった。
「皆さん、乗ったでござんすか?…では走らせますぜ」
オンボロの馬車が、殺戮の現場を後にする。血の匂いは他の魔物を呼び寄せることになるのだ。死体を放置するのは余り良いことではないが、時間も手段も限られている現状では放置していくしかない。
馬車に揺られる中、鬼姫は酷い頭痛を感じていた。軍勢オンラインのゲーム内ではこんなに長期的に目を使うことは無かった。使ったとしても流れ矢を叩き落とす時や、素早い相手がこちらの軍勢を抜けて来た時の対処くらいである。
また、この体のスペックが裏目に出ていた。ゲーム内ならばログアウトすれば本来の肉体に戻って脳を休めることが出来るのだが、今はこの体が全てである。脳が情報を処理しきれなかったのだ。
「…ちょっと、横になる…」
「え?姫ちゃん大丈夫?」
「うむ…。大丈夫、だ」
「…ほら、私の膝を枕に使っていいわよ」
「…………硬い」
ガンガンと痛む頭をどうにか押さえつつどうにか寝ようとする鬼姫。揺れる馬車と頭痛のせいで内心は最悪であった。




