21話 巣立ち5
赤いゴブリンが刀を差し出した体勢のまま固まっている。端的に言えば日本刀を受け取れと言うことなのだろうが、怪しすぎる行動だ。武器を渡してしまえば勝ち目は大きく減ってしまう。であれば罠であると考えるのが自然である。
赤ゴブリンの立ち位置からすればマッドよりか鬼姫の方が若干近い。二人は警戒して相手の出方を伺っていると、どう勘違いしたのか自身の腰に提げていた刀の鞘を外し、刀を納めて再び差し出す。鞘は植物の蔦で乱雑に巻き付けていただけのようで、鞘を外す際に地面に落ちてしまった。
「どうみる?爺」
「怪しいのう。罠じゃな」
マッドもその結論に達したようだ。鬼姫は頷く。そのまま警戒し続けようとし、鬼姫は赤いゴブリンの違和感に思い当たる。
「なあ、もしかして奴は転生した人間なのではないか?」
「何?…わしらと同じってことかの」
「そうだ。やけに人間臭い動きをしているし、魔物にしては理性的だ。妾達と似た状況下にあるのでは、と思ってな」
「ふむ…………。…それにしてはおかしいのう。何故黙っておる。ゴブリンにも声帯はあるじゃろうに。…それに行動の理由が付かん。武器をわざわざ手放すのは愚かじゃ」
「…そうだな。…少し話し掛けて見るか?」
「…気を付けるのじゃぞ」
鬼姫は警戒を解かず、赤ゴブリンの一挙一動に注意しながら近付いていった。だが一切動かない赤ゴブリン。先ほど転生者ではないかと予想した鬼姫であったが、近付いて分かった。呼吸はしているが呼吸音が無い。片手は刀は差し出しているが、もう片方はだらんと投げ出されていて自然体だ。
流石にこの状況では困惑より、何故という恐怖が出て来た。鬼姫は問う。
「お主はゴブリン、であるな?」
「…」
「…何故刀を差し出す?」
「…」
「……聞こえておるのか?」
「…」
受け答えに一切の反応が無い。それどころか返答を求める度、刀の柄が鬼姫に近付く。会話をする気がないのか口がきけないのか。刀を抜いてみる他に話は進まない、と感じた鬼姫は鞘に手を掛けた。
「姫様!気を付けるのじゃぞ!」
「分かっておる!」
柄を聖炎越しであるが握った鬼姫。そのまま引き抜こうと力を入れるが、何かに引っ掛かる感覚を得て困惑した。先ほど赤ゴブリンは赤い刀身を難なく鞘へ納めていたのだ。それなのに引き抜けない、という所で変化が起きる。
鞘から血のように真っ赤な液体が湧き出して来た。その液体は帯を形作り手に巻き付くように籠手にへばり付き、染み込んで定着する。真っ白であった籠手が真っ赤な液体に犯された様はまるで血反吐に手を突っ込んだ後のようだ。
「不味ッ!」
鬼姫が咄嗟に手放そうとするが、全く手が動かない。鉄は無理だが木製の物くらいなら容易に握り潰してしまう聖炎の籠手が、である。刀の柄に落としていた視線を上に戻すせば、先ほどまで無表情であった赤いゴブリンの、憎たらしいほどの笑顔がそこにあった。
(ハメられた!…動かんぞッ。何だこの腕力は…)
振りほどこうと必死に身をよじっているが上手くいかない。鬼姫は動かないと心中で思っていたが、実際には拮抗しておらず少しずつ鬼姫の方へ引っ張ることが出来ている。そんな中再び赤ゴブリンの笑顔は曇っていた。
「ぐ、……む?…抜けたッ!」
うんともすんとも言わなかった手がいきなり解放された。籠手を見ると赤色は跡形もなく、元の純白しか目に映らない。刀はどうなったかと赤ゴブリンに視線を移せば最初と同じく無表情。刀は鞘に仕舞っており、その鞘を左手で持ち腰に当て右手で柄を掴む、いわゆる居合斬のような体勢になっていた。鬼姫に居合術に関する知識はほとんど無いが、ゲームや動画で目にしたことがある動きだ。
と、考察していた所で赤ゴブリンの左肩に突然矢が突き立つ。
「姫様!攻撃された、で良いんじゃよな!?」
「そうだ!コイツは敵だ!罠だった!」
籠手が発光しているので暗闇ではないが、位置関係からしてマッドからは籠手が変化は見えていない。ただ鬼姫の抵抗と言葉で異常事態だと察したようだ。
矢が突き立ったことに欠片も動揺しない赤ゴブリン。マッドが矢を二度三度撃ち込むがその全てを最小限の動きで回避されてしまう。
相手が動くのならば、動けなくすれば良い。こちらにはその手段を持っている。鬼姫は呪いを瞬間的に発動し、直ぐにキャンセルした。相手は異常である為、濃度を通常より数段高めに。
「………何だお主。何故立っていられる」
「…」
何事も無かったように構える赤ゴブリン。マッドの援護射撃が飛来するが、それも難なく回避する。避けながらもジリジリと半歩ずつ距離を詰めてくる赤ゴブリンに、鬼姫は接近して仕留める覚悟を決めた。逃げるという選択肢も無くはないが、常識の通じない相手である。背中を見せたら何をしてくるか分からない。ファンタジー世界で常識と言うのもおかしな話だが。
「…ぅ…おい!アンタ!逃げるぞ!」
「…うん?」
「こんな奴見たことねえ!…全滅しちまうぞ!」
馬主を護衛している冒険者がいきなり声を上げた。赤ゴブリンを視界から外さないように冒険者の方を見れば、普通のゴブリンがやけに多く倒れている。冒険者は馬主を守りながらというのもあり、腕や足を切り飛ばしただけの、一時的に無力化しただけのゴブリンが出てしまっていた。逃げる仲間に追随出来なかったゴブリンを今の今まで仕留めて回っていたようだ。
冒険者の言うことはもっともである。どう転ぶかは予測できないが、逃げれれば相手をしなくて済む。
だが鬼姫は、そういう性根であった。異世界に来て力試しをしてみたいと言う欲求、ゲーマーの観点から赤いゴブリンの素材や刀に興味があるという欲、そして単純に強い相手を捩じ伏せたい見下ろしたいという性癖に近いもの、を持っている。だから端から逃げるという選択肢は現時点ではあるが存在していなかった。
「ふふ、滾るな」
「…」
鬼姫は意識を研ぎ澄ましていく。居合の剣筋自体は見えなくても予備動作から割り出せる。前の世界のものでは無い、今の世界の、ゲームの世界の、この最高の体ならば避けることも容易い。そう確信していた。
赤いゴブリン君は転生者ではありません




