20話 巣立ち4
グラドの街を出て三日後、一行は何事もなく街道を進んでいた。すれ違う馬車は少なくなく稀に魔物に牽かせる馬車が確認出来た。その速度はこのオンボロ馬車とは比べ物にならない程である。
「…ムッ」
その時であった。寡黙な冒険者が急に立ち上がり小窓から身を乗り出して前方を見やる。何事かと思案していた乗客であるが、しばらくして近くなってきた状況に目を剥く。
冒険者が警戒していたのは穴の空いたボロボロの馬車で寛ぐ、ゴブリンの群れであった。馬は雑に解体され生のまま貪るゴブリン。馬車で運んでいたであろう木箱は壊され、中身の果実が無惨に広がり泥だらけになってしまっている。そして、何匹かのゴブリンは人の腕や足にしか見えない部位を齧っていた。
「ヒィっ!」
「…っ。大丈夫だよナニー。僕が守る」
抵抗の後が少ないことから、あの馬車は就寝中に襲われたのだろう。こちらの馬車が近付いて来るのに気が付いたゴブリンが鳴き声を上げる。一斉に得物を取るゴブリン達。しかし満腹だからだろうか動きは鈍い。群れから投石が飛んで来る。
「脇を抜けますぜっ!援護を頼んます!」
一時的に馬の速度を上げる馬主。あの馬車はもう生きている人間が居ないし、ゴブリンの数も多い。馬車を降りてゴブリンを殲滅したとしても得られるものは少ないので、逃げるのが得策という訳だ。
「ギイッ!」
「ギャギャ!」
投石は馬には当たらず馬車の壁を叩く。速度を上げたのにゴブリン達は対応出来ていないようだ。馬車とゴブリンがすれ違う、と言った所で一匹のゴブリンが槍を突き出した。その矛先は馬を狙っておりこのまま行けば馬に刺さり、機動力を大きく損なってしまうだろう。
「はぁっ!ふんっ!」
そんな槍撃を冒険者が弾いた。槍はあらぬ方向へと弾かれ馬車は脇を通り過ぎた。馬車はその速度を保ったまま走り続ける。ゴブリンはギィギィと何か叫んでいるようであったが流石に馬車には追い付けないようで、しばらくした所で諦めた。
「ふぅありがとうごぜえやす。旦那」
「…構わん。…小鬼供め」
脅威が過ぎてしまえば思い出すのは先ほどの光景。魔物は等しく人間の敵であり、例えゴブリンであっても油断はならない。ゴブリンは人を食料として見ている。そして運が悪ければ苗床になることもあるのだ。
「うっぷ…」
「キャメロット大丈夫か?」
「いえ…大丈夫だわ。もう大丈夫よ」
ゴブリンに喰われる人間というのは中々に惨酷な光景であった。弱肉強食、自然の営みの一部だと言われても受け入れがたい部分があるのは仕方がない。
その日の夜は中々寝付けなかった。
それからあのような光景を見ることなく、更に三日が過ぎた。たまに朽ちた馬車や夜営地の近くに人骨が落ちているといったこともあったが、おおむね平和である。
しかし特に怪我などしなかった旅路が、六日目の夜覆りそうになった。
「…何じゃ?」
見張りのローテーションでマッドの番。マッドは火にくべた枯れ枝がパチパチと音を出すのを聞いていた時、唐突に別の音を聞き取る。それは土を踏みしめるような音、それは枯れ枝が割れる音、それは獣のような息づかいであると気が付いた。
「姫様、キャメロット。起きるんじゃ」
「…ん、交代か?」
「ふわぁぁ…」
「魔物じゃ。囲まれておる」
「…!」
マッドが火の移った枯れ枝を掴み、暗闇へ差し出す。弱々しい光に照らされ浮かび上がったのは醜悪な顔付きの、背が異様に低い生き物。緑色の肌をしたゴブリンであった。
ゴブリンの襲撃に気が付いたカップルは怯えて後退りし、冒険者は既に剣を抜いている。遅ればせながら長剣を抜き放ったキャメロットと聖炎を顕現させた。聖炎は光を放っており暗闇ではやけに目立つ。
「ギィ、ガアッ…」
「ギギャギャッ!!」
「煩い。…こんな中夜に」
ゴブリンの群れが鳴き声を合図に、一斉に飛び掛かってくる。先陣を切ったゴブリンの顔面に拳を捩じ込む鬼姫。ゴブリンの醜悪な顔が潰され後方へと吹き飛んでいく。
そこから先は乱戦であった。キャメロットは戦えないカップル二人の元へ行き長剣を構え牽制する。マッドは鬼姫を援護すべくスキルを発動させた後、弓矢を取り出し鬼姫の死角を狙わんとするゴブリンへ向けて矢を放つ。
そんな中鬼姫は、一人ゴブリンの群れのど真ん中にあった。自分にバフを掛けて聖炎で殴り飛ばす。対応出来ない時は狂化の応用で力を奪う。ゴブリン程度の技量なら十分見切られるし、錆びた剣や槍なら叩き折ることが出来る。冒険者も馬主を守っているせいで満足に動けてはいないがゴブリンの数はどんどん少なくなっていた。
正直奇襲さえ防げればゴブリンなど敵ではない。終息は時間の問題と思われる。そんな時であった。
「グギャッ!」
「ガ…ギギィ!」
唐突にゴブリンの後方が騒がしくなる。どこか混乱したゴブリンの何匹かが散っていった。これは作戦があって散っている訳ではなく、何かから逃げているようだ。
もしや他の冒険者の援護かと安心しかけたのも束の間、暗闇から顔を出したのは人間では無く。
血のように真っ赤に染まった、人の背丈に近いゴブリンであった。背丈だけならゴブリンの変質した魔物、ホブゴブリンであると言えるが、ホブゴブリンの体表は赤ではなくゴブリンと同じ緑色だ。
そんな赤ゴブリンの手に握られた得物はこれまた真っ赤な刀身を持つ刀、反りが美しく波紋がしっかりとある。異世界で場違いなソレはどうみても日本刀であった。
先ほどまで相手をしていた通常のゴブリンは逃げていった。目の前の赤いゴブリンは異質である。鬼姫は直ぐに手を出さず一旦下がりマッドと合流した。
「爺、日本刀だぞ」
「そうじゃのう日本刀じゃ。そちらはまあよい。問題は奴じゃの」
「背の高いゴブリン。…ホブゴブリンだと思うが…何か違う」
「もしかしたら特殊な奴なのかもしれん。こういう奴は強いぞ」
話をしていた鬼姫とマッドであるが、赤ゴブリンが動いたことで会話を止めた。赤ゴブリンは右手に持っていた日本刀の刀身を左手で摘まみ、こちらに柄の部分を差し出した。
まるで柄を持てとでも言うように。




