1、はじまり
そこは、たくさんの緑濃い植物が惜しげもなく葉を広げ。淡い色の花が咲き乱れ。
小さな池にはいくつもの水蓮の葉が浮かび。
守られるように、小さな白い花びらに露をたっぷりと吹くんだ花が咲いていました。
アマガエルがゆったりと泳いでは水面に小さな模様をつくり。
アメンボがひらり、ひらりと水面を通っては、小さな揺れをつくり。
池の傍らには何時のころからあるのか知れない大木が横たわり、緑の小さな苔の住み処になっています。
大木に腰をかけるのは小さなイヴ・ネーサ。
今はまだその名前も存在も片鱗を現さない小さな少女。
彼女の横にちょこんと座るのは小さなカエル。
ただ、泳いでるアマガエルよりは随分大きくて上等な上着を着ていました。
「君はどうしてここに来たんだい? 」
カエルはいくらか高くしゃがれた声で聞きました。
「わたしにも、わからないの」
ぽつりと、鈴のなるような声で言う少女。
どこにでもあるような始まり方で、二人の物語は、今、始まる。
幾人もの偉大なる神々は、昔。
飴細工を作っている途中で、この世界を作り。
土台からぐるぐると捻った棒を軸に。
その上に鉢を置いた。
つまり、形はシャンパングラスによく似ている。
鉢の中には八分目ほど真水を入れた。
更に小さなクッキーかビスケットの欠片のようなものをいくつも浮かべ。
そこに種をまかれた。
真水にはたくさんの魚や動物を泳がせ。
いくつかのビスケットにはさまざまな動物を置かれた。
すなわち、それらの一つが私達と言う訳で。
中には長い歴史の中で、異種での交わりから、新しい種族も産まれた。
すなわち、それが彼らという訳で。
話を戻すならば、この度の異種族間共存問題も、起こるべくして起きた、訳だ。
そしてそれを円満に納めるべく、第3467代目のイヴ様が発案したのが異種族間共存法になる。
異種族間共存法とは、何かと言われれば、また、説明が長くなる。
それは、またの機会にすると、して。
今はその異種族間共存法を施行するために必要になった、小さな二人に目を向けることに、しよう。
上等な上着を着たカエルは、一切、すっかり、自分も記憶を忘れていることに、気がつきました。
「僕も、実は、どこから来たか覚えてないんだよ」
「カエルさんも、覚えてないの」
すっかり二人は落ちこんで、アマガエルがぽちゃんと、蓮の葉の一枚から小さな池に飛びこむのを、ぼんやりと眺めていました。
「ここはどこだか分からないし。これから、どうしたらいいのかしら」
少女は金のくりくりとカールした毛を風が揺らすのを感じて、顔をあげカエルにそう聞きました。
「僕なら、だけど」
カエルはしばらく考えてからこう口を開き少女が頷くのを待ってから、続けます。
「僕なら、だけど。きっと、この場から歩いて動くかも、しれない」
小さな湿った黒い瞳は少女の方をまっすぐと見つめていました。
「どうして?」
少女はカエルを見返して、同じくらい黒い瞳で言いました。
「夜になったら寒いかもしれない。雨が降ってくるかもしれない。そうしたら僕の上着も濡れてしまうし、君も濡れるだろう」
カエルは身振り手振りを加えて、一生懸命話し。
少女はいちいちその言葉に頷きました。
あたりは段々と夕暮れの色を帯びて。
何時の間にか池のアマガエルやアメンボも姿を消していました。
水蓮は花を惜しむように閉じはじめ。
辺りの淡い色の花々は夜露を含んで重そうに見えます。
「急ごう」
カエルは大木から飛び降り、柔らかい芝に足をつけました。
振りかえり、そっと、少女に手を伸ばします。
少女は何か考えるようにしていましたが、最初のホタル茸に光りが灯ると、何かを振り切るように、飛び降り上等な上着を着たカエルの手を取ったのでした。
「そうしてあの有名な冒険家ジャック・パーンはこの世界の端から端まで歩いて、壁があることに気づいたんだ。この世界は壁があって、それは円形をしているって、ね。つまりさ。ここからが重要なんだよ。数限りないと思われていた水も、土も、緑も。この世界には限りがあって。それは、もしかしたら、果てしなく少ないかもしれないんだ。
だから、分かるかい、奥さん。いずれあの大食らいのモグリーン族が総出で水を飲んだらなくなってしまうかもしれないってことさぁ」
暖色系のほのかなオレンジがかった灯りが漏れる大都市グリーンパーク一番の酒場「オレンジグリーン亭」ではこんなハッタリ混じりの饒舌が毎晩繰り広げられていた。
もちろん、毎晩話すのは、口から産まれたってもっぱらの噂のマイティ・マイティで。
長い薄茶に汚れた兎耳が何よりの特徴で。
毎晩毎晩ツケで飲んじゃ喉が枯れるまで話しつづけた。
彼の話しを聞くために果ては遠いモロッコスの村からもお客が来るってんで、ある種、グリーンパーク一の有名人だった。
彼は大袈裟な身振りで水がなくなると、悲観するような様子を表現する。
若いまだ無知な女はそれをみて、本当に悲しく怖そうな顔をして彼にこういった。
「まぁ、本当なの?それはイヴ様でもどうにもならないの?」
すると得意げな顔を浮かべたマイティ・マイティは女の肩を抱きかかえると力強く引き寄せて、こう話し始めるのだった。
「それがこの世界には壁があっても蓋がない。空があれば太陽がある。雲もあれば、雨が降る。土があって植物の種が尽きない限り、水の心配なんてしなくなって………、いいのさ」
あれから二人はまだ、あの場所からそう遠くもない場所にいて恐る恐るしっかりと手を握ったまま芝を歩いていました。
ホタル茸は次々とぼんやりと青白い光りを灯しその数が増えていきます。
頭上ではフクロウがホー…ホー…と、寂しげな声を出し。
遠くまでその声が届いては反響して聞こえていました。
自然に小さな声で話しをするようになった少女は上等な上着を着たカエルの手をくいっと引っ張っては聞くのでした。
「ねぇ、カエルさん。こっちで、あってるの?」
少女が来ていたあかむらさきのワンピースは夜露を吸って益々その色の濃さを増し。
カエルが着ている上等な上着も夜露を弾いてきらきらと輝いていました。
上等な上着を着たカエルは何も言わずにぐんぐんと引っ張っていき。
少女はその手を離す事も出来ずにただ引っ張られています。
やがて、その小さな森は終りを告げるかのように木々が少なくなり、小さくなり。
フクロウの悲しげな声も聞こえなくなりました。
ただホタル茸も姿を消して、木々がすっかり少なくなった頃には、二人は星を頼りにしなくては、ならなくなっていました。
「この辺りは、人攫いが出ないと、いいけれど。僕はカエルだから、見逃されても、君はそうはいかないかも、しれないから」
やっと、小さな森を抜けて、上等な上着を着たカエルは口を開いて、一気にそう言いました。
少女はカエルの言葉を怖がって少し震えました。
「でも、何もなく抜けられてそれでもよかったね」
上等な上着を着たカエルはそれでも笑ったように言いました。
それはカエルの本心で。
少女はそれを聞いて少し安心しました。
「これから、どうしましょう」
少女は上等な上着を着たカエルをみつめて尋ねます。
「そうだな。馬車がくるまで待つか、それとももう少し頑張って歩いてみよう」
暫く考えてから上等な上着を着たカエルは言い、少女の方に向き直ってから、今度は、少女に尋ねます。
「君は、どうしたら、いいと、思う?……僕の意見はさっき言った通りなのだけれど」
さて。
少女は困ってしまいました。
お互いまったく記憶がなくって。
しかも一緒にいるのはカエルです。
お金を持っているかも、わからないのに、どうしたら、いいのでしょう。