逆襲編:銀の乙女と眠りの君15
前回より間が空いてしまいました;
銀の乙女と眠りの君
黒すぐりの会の執務室。私は纏められた書類をめくる。山に積み重ねられたそれは一冊一冊が厚く、その重要性の分だけ重い。
私を始め、今回の騒動で黒すぐりの会の中ではお家取り潰しになった者、裏切り者として解雇された者、主人を失った者が数多くいる。事態が収束してこれからはそんな私達の受け皿が必要だ。これから主人を養う為にも私達自身が稼がねばならない。幸い、王子に打売った恩は小さくはない。存分に使わせてもらう予定だ。
私が手に持った書類の束を読み終えた時、横からティーカップが置かれる。
置いた手を辿るといつもの柔らかい笑を浮かべるニコル。セルバートが会長を降り、私が会長職を引き継いだことで彼はNo.3に繰り上がったためこの部屋へ出入り出来るようになった。書類仕事の出来る彼のお陰で大いに助かっている。
「お疲れ様です鈴蘭さん。少し休まれてはいかがですか?」
「ありがとうございます。けれど、この書類を早く確認ないといけませんので」
私がそう言って書類に目を戻すと、ニコルはその書類を上から掴む。この男は何をしたいのか。私に休めと言ったのに仕事の邪魔をするとは。円卓の次は床に接吻がしたいのか。
ニコルはくすりと笑いをもらすとからかった色をのせて口をきる。
「もうすぐ会長居なくなっちゃいますよ?」
「それが何か?」
明日から会長はリーリス女史の家へ移り住む。このサロンに居るのも明日の朝までだ。けれど会長を辞した彼がサロンで指示を出すことも無く、その力を借りる必要もない。きっと、ここを出れば私達と会うことはもうないだろう。彼と個人的に親しいわけでもない私は特段別れを惜しんでもいない。
「イリーナさんは会長とお話することあるんじゃないでしょうか?」
「・・・部外者になった彼と話す事など何もありません」
「嘘ですね。本当は彼の事ずっと気にされてるでしょ?以前はあんなに罵倒していたのに、話してもとても素っ気ない。イリーナさんらしくないです。・・・・・なんだか、イリーナさんてばまるで恋する乙mゴふぅっ!?」
私は不要な排気を行うニコルの喉に腕を振り上げ、後ろへ振り抜く。そのまま立ち上がると仰向けに転がったニコルの胸に足を乗せる。
ニコルは苦しげに息をつまらせ、涙に潤んだ目で私を見上げる。
まぁ、その顔は嫌いじゃないが。
「ぐふっ・・・・・ぜ、絶景で!」
「おだまりなさい」
余計な事を言わなければ。私はニコルの横腹を蹴り上げ、邪魔なニコルをどかすとドアへと向かう。
「盗み聞きしたら殺しますから」
私の背に転がったニコルはうめき声の様な返事をよこす。どこか甘い声に私は舌打ちをしたがこれ以上彼を相手する気などないのでそのまま部屋を出た。彼に良からぬ教育をしたド変態野郎を私は締めに行こう。
サロンの広間に出て見渡せばまたセルバートの時には無かった扉が1つ増えている。セルバートは目覚めてから起きている間はその部屋に籠ることが多い。おそらく今もそこに居るのだろう。扉の前には彼に付けた世話係の1人が佇んでいる。私が近づけば扉を開けてけれる。
「誰も入れないように」
部屋に入った私がそう呟くと世話係は恭しく頭を下げ扉を閉める。素晴らしい所作に私は奥歯を強く噛む。彼らの才は私や彼に振る舞うべきものではないのに・・・その対象さえ失わなければ。
その部屋は基本的に黒い石でできた黒すぐりの会の中で唯一白い石でできている。部屋の中は窓もないのに明るく、表れた当初は奥に置かれた祭壇以外には何もなかった。今はーーー真新しい棺がまるで参列者の様にずらりと並んでいる。その棺の間にはいつの間にかカーペットが敷かれた。『彼』が冷え冷えとした部屋で体を壊さないようにと誰かが敷いたのだろう。
1番手前に置かれた新しい棺にソレは縋って泣いている。仲間の棺が増えるたび心の限り嘆くソレを皆は『聖女』と呼び始めた。
ーーーーー馬鹿馬鹿しい。白い長衣に卑しい濃紫色の髪を流し、死人の様に白い肌、涙に煌めく黄色い瞳。室内に響くその嘆き声は1つではなく、男も女も老いも赤子も様々な声が重なっている。こんなおぞましいモノが聖女であるはずがない。
私はソレの傍に行き、その毒々しい髪ごと襟を掴み荒々しく強引に振り向かせる。
「ーー悪魔め」
絞められた襟に苦しげに喉を詰まらした彼に私は吐き捨てるようにそう罵る。
私が絞り出した声はしわがれ、憎しみを含んでいた。
私が見下ろすセルバートの顔は涙で濡れ、深い悲しみの表情。彼の細い手は労わるように棺に置かれた造花に添えられている。弱い・・・あまりに弱く脆い彼。彼が呪いの代償に失った心は自分を守るための人として強がっていた、私達が見ていた彼という殻だった。私達が知っている彼は自信に溢れ、他者を惑わし、卑しい魅力を持つ男。ーーーーー今やその残りかす。お前など聖女でも、いや人ですらない化け物。
「貴方に彼らの死を嘆く権利などない」
私は棺に置かれた曼珠沙華にセルバートの指が触れている事に怒りを感じ、その手を取つて強い力で握りしめる。お前が彼女の象徴に触れることさえ憎らしい。
痛みに彼の喉から呻きがもれるが、私の怒りは少しも晴れない。
「曼珠沙華はもっと痛かったでしょうね」
生前、その棺に置かれた造花を身に付けていた少女は棺の中で眠っている。真新しい棺に似合わず、その中身は凄惨だ。彼女は当主を寝返らす程の弁を持たず、また力ずくで従わせる程の力もなかった。だから、彼女は反国王派についた主人の家に帰ると当主家族に毒をもった。学園で隔離されていた彼女の主人はつい先日解放され、彼女と共に家に帰った。誰も居ない自分の家に。彼は監視していた騎士を追い出し結界を張ると泣きながら彼女を剣で襲った。結界が破られるまで彼は剣を振り続けていたという。そして取り押さえられる前に同じ剣で自害した。
「貴方がそそのかさなければ彼女は愛する主人に殺される事などなかった」
セルバートの喉が引き攣り、忌々しい金糸の様な目から涙が流れる。
「ここに居る皆が死に、主人を無くし、家を無くす事などなかったかもしれない・・・・すべて貴方の思惑のせいです」
棺は死んだ仲間達。けれど、外には仕えるべき大切な人を失ってその人生に迷っている者達も居る。
「貴方は分かっていたはずです。けれど私達にそうせざるをえないようにしたのでしょう?それを何故いまさら貴方は嘆くのですか」
彼は嗚咽を詰まらせ、いつも三日月に笑っていた目を歪ませ涙を流す。
忌々しい。私は耳障りな音をもらす彼の喉へ手をやりゆっくりと締め上げる。
締め上げられ、彼の口からは嗚咽のかわりに濡れた息がもれる。けれど、その卑しい金の目から流れた涙は止まらず私の手を濡らす。
あぁ、憎らしい。彼の嘆く仕草そのどれもが気に障る・・・私は彼の口を自分のそれで塞ぐ。
「・・・貴方の泣き顔は目障りです」
見下ろしたセルバートは驚きに目を見開き、口をだらしなく少し開ける。
先ほどの情けない面よりはましか。
そして一瞬後、セルバートは狂った様に笑い出した。狂っているのではない、既に人ではないから。満面の笑みで、普段になく口を広げて笑い声をあげるそれは化け物じみている。先ほどまで恥も外聞もなく泣き崩れていた欠片さえみえない変わりようだ。
「ふふふ、あはははは!イリーナさん、やっぱり貴女を鈴蘭さんと呼んで正解でした」
「何を唐突に」
「ふふ。貴女は背も、心も高いから上から私や他人を見下ろしているでしょう?丸くて綺麗な銀髪は鈴蘭の花弁みたいで」
「私を地面に這いつくばる虫けらを嘲笑う毒花と?」
「まさか。ふふ、本当に面白い方ですね。貴女は確かにとても強い毒を持っている・・・けれど、皆がその可憐な花に惹かれ癒される。貴女は厳しいけれど、とても情に深い人です」
「っ。私は貴方の様な節操の無い人タラシではない!」
私は気づいた時には叫んでいた。ほんの少し屈めば触れる距離に居る彼に、不要に大きな声を出した自分に奥歯を噛み締める。この男に心を乱されるたび頭に血が上る。続けた言葉は掠れ濡れていた。
「私は・・貴方がずっと嫌いでした。自然を装い皆に近づき、こそこそと甘い言葉をかけ、私達が主人の為ならば何をしたっていいのだと思い込ませた。可笑しいでしょう?・・・・・主人の為ならその主人の意思を無視してもいい、家族を殺してもいい、国を欺いてもいいなどと!貴方は聖女でも英雄でも理想の従者でもない・・人の欲望を駆り立てる悪魔です!そんな者に私は・・・っ」
喉を詰まらせる私の頬に冷たいセルバートの指が触れる。それが私の頬を伝う雫を拭っていることに気付くと、詰まらせた言葉がほろりとこぼれる。
「どうして。・・・私が貴方に負けたのかっ」
泣き声じみた濡れた声が情けない。こんな風に泣いたことなど物心ついてからなかったのに。こんな弱い男に負けたことが悔しくて、悔しくて胸が痛い。泣きなれてなどいないから涙の止め方が分からない。伝う涙を拭われるたびに悔しさが余計こみ上げる。
セルバートが小さく笑う気配がした。少しだけセルバートに顔を寄せられるとその薄い唇が私の目尻に溜まった水滴を吸う。
一瞬の驚きに私の喉がひくりと鳴る。
「可愛い人。泣くことなどありません。貴女は私よりも賢く、武芸に秀で、カリスマ性もある。だからこそ、今回の事を治める事が出来ました」
「それは貴方が仕組んだから・・・」
「ふふ、そうですね。だってね、私は最初から貴女に敵わないと分かっていましたから」
「ぐずっ変態糞野郎の言ってる意味が分からない」
「ね、もうお口が悪いんですから。ですから私は貴女と闘う事をやめました。手伝って貰おうと思いましてね」
私は恨めしくセルバートを睨みつける。何だそれは。端から私とまともに殺り合う気がなかったという事か。
「もうイリーナさんたら・・ふふ。本当に真っ直ぐで綺麗なんですから。皆、驚くでしょうね貴女がこんなに正々堂々とした性分なんて」
「貶しているのか淫乱尻振り野郎」
「ちょ、新しい罵り増やさないで。褒めてるんですよ。私はイリーナさんのそういう所好きです」
「私は貴方の全てが大嫌いです」
私の言葉にセルバートがあまりに大笑いするので、いつの間に緩んでいた私の手が彼から外れる。
そのままセルバートはしばらく棺に手を打ち付けながら笑い続けた。時には棺に話しかけ、また自分でウケては笑う。
おい、さっきまでその棺にすがり付いて泣いていたのではなかったか。
ようやく笑い止んだセルバートは自分の目尻にのった涙を拭い、私に向き直る。ああ、いつもの嫌な笑顔だ。
「鈴蘭さん、ありがとう。貴女ほど素晴らしい従者は居ませんよ」
礼拝室を出ると、ドアの横にニコルが立っている。魔法の痕跡はないので言い置いた様に盗み聞きはしていないようだ。世話係の姿はない。
ニコルは私の顔を見るとぽんと音がしそうなほど鮮やかに赤面する。私の顔がどうかしたのか。
「鈴蘭さんも笑うんですぶむっ!」
私はニコルの胸ぐらを掴み、その唇を塞ぐ。したり顔で喜ぶニコルに全てを言い終わらせる事が癪だったから。驚き固まったニコルを離す。
「口直しです」
さぁ、さっさと執務室へ戻らなければ。あのド変態に構うよりずっと大事な仕事は山ほどあるのだから。
執務室のドアを閉じる時、ようやく固まっていたニコルが我に返った声が聞こえた。
「え、口直しって、いったい中で何がっ!?てか、え、あのぼ僕で口直しになる???あえ、ちょ!!イリーナさああぁんんん!!!」
イリーナ編完結です!
クーデターで1番頑張った彼女に万歳ヽ(。・ω・。)ノ
あと後日談いくつか載せる予定です。




