育てた攻略対象が可愛すぎる20
御機嫌よう。窓の外は夕焼けに赤く染まり、見ている間に深く青い夜が降りてきています。
私は寝台の上に上半身を起こします。静かな部屋で、ぼんやりと窓の外で空に映る優しい赤が闇に消えるのを眺めます。私の背に柔らかな何かが触れました。服を着ていないので人肌はひどく熱く感じますね。彼女は背後から私に抱きつき、そっと私の肩を撫でます。先程までの余韻で肌がざわざわとしますが小さく息を吐いて紛らわせした。そろそろ帰らなくてはいけませんから。
私が振り向くと彼女は優しく笑って私の目元を親指で優しく拭いました。
「ふふ、私と寝て泣く男は貴方くらいよ」
「それは・・・申し訳ありません」
「いいの。貴方の泣き顔好きだから」
「物好きですね」
「ふふ貴方もね」
ミラは私の瞳をじっと見つめ笑みを深くします。彼女に見つめられると何でもさらけ出したくなるのだとか。いや、むしろこの人の前では恐ろしくて全てをさらけ出していまいたくなるのではないでしょうか。
「ふふふ。貴方の中は真っ黒ね。貴方の周りの人達は知っているの?貴方がどんなに暗く澱んで醜いのかを」
「さぁ・・どうでしょう。貴方以外に話したこともないですし」
「さっきの女の子達にも?・・・・・まぁ、酷い男なのね」
「ええ、私は酷い奴なんです」
ミラの手は私の頬からそのまま顎を、首をつたい胸に。そして胸をじっと見つめます。目に見えるものとは違う何か見えるかの様に。
むしろ私は彼女には何か見えているのだと信じたいんです。彼女は私の全てを見透かしてしまえるのだと。そして大切な事はけして彼女は私の邪魔をしないという事です。だからきっと私は彼女に会いに来てしまうのでしょうね。知ってほしいけど干渉はされたくない。誰がに本当の私を見て欲しいなんて、なんて軟弱な悪役でしょうか。
「貴方の中はもういっぱいよ。溢れてるわ」
「なるほど。通りで体調が良くないわけです」
「貴方の坊やには?」
「まさか」
「そう。・・貴方はこのままでいいの?」
「ええ」
「ふーん。いいわ、私覚悟のある子好きよ・・・また来て。少しは忘れさせてあげる」
ミラは私に軽くキスをすると離れ、髪を整え始めます。もっと隠した方がいいところあると思うんですけど、なぜ髪からまとめるんでしょう。いえ、なるほど、むしろ見せてるんですかね。眼福です。
しかし、女性の裸体をそうまじまじ見ては失礼です。私もベッドから降りて衣服を着なおし、身だしなみを整えます。ドアの前で彼女に退出を告げようと振り返ると、すぐ後ろにミラが立っていました。さすがエルフ、軽やかな足さばきで。
「何か?」
「これ、もう前のじゃ物足りないでしょ?もっと強いの、あげる」
ミラは手に持った小さな小瓶を振って見せると、私に渡してくれます。
ポケットに入るくらいの青い小さな小瓶。中には金平糖の様な小さな可愛らしい何か。中身は分かってます。これはありがたいです。
「ありがとうございます」
「お礼はコレがいいの」
ミラはとんとんと自分の唇を叩きます。魅惑的な唇が私を待ちます。
あの、むしろ対価が跳ね上がる気がするんですけど・・。
私はミラの頬に手をあて、少しだけ上を向かせると彼女の唇にそっと自分のものを重ねます。
「ん・・子供のキスじゃない」
「大人のはガイ様専用なんです」
でも優しいキスの方がお好きでしょ?
「セルバート」
「はい」
「あと半年よ」
「そうですか。その分ならお釣りがきますね」
ミラの言葉に頷きます。彼女はやはり全て分かってるんですね。彼女に会いに来て良かった。
ミラも満足そうに微笑み私を送り出してくれました。親切な悪の首領にはどんなお礼はがいいでしょうかね。
夜遅く、ガイ様が部屋に帰って来ました。今日は風紀院と学院の合同会議だとお聞きしています。放課後から今までずっとやってらしたんでしょう。よほどお疲れだったのでしょう。軽食とお茶をお出しするとガイ様は飛びつくように食べ始めました。
「お疲れ様です。会議はいかがでしたか?」
「ああ、今年の学院の催しは『仮装ダンスパーティー』をするそうだ。風紀院も協力する」
「それは面白そうですね」
風紀院と学院は年代により仲が良かったり悪かったりしますが、ガイ様とシェザン王子は仲がよろしいので共同開催も問題ないでしょう。
そしてこのパーティーはゲームの中でも大きなイベントです。リディアナ様の様子から現状は皆んな仲良しルートに近いようですね。その場合、実質最後の分岐となるこのパーティーのパートナーになった方が彼女と結ばれる可能性が一番高くなります。ゲームはともかく今後起きる事を考えるとリディアナ様も今回ばかりは
お相手をうやむやにはせず、誰かに決めなければならないはずです。これは千載一遇のチャンス!ガイ様を焚きつけなければ。そう、私が思っていた時でした。
ガイ様が一通り食べ終わり、ひと息ついてお茶を飲みながらぽつりと言います。
「リディアナを誘ってみようと思う」
「・・・」
ガイ様の言葉にまさに同じ事を進言しようとしていた口が半開きのまま止まります。ガイ様がご自分から女性を誘うなんてなかった事です。その、自分がリードしなければと思っていたのに先を越されると複雑といいますか。いえ、いい事なんですけど。なんといいますか・・不完全燃焼?なのですかね。変な感じです。
ガイ様が私の顔を見て怪訝そうに眉を寄せます。
「・・どうした?」
「・・・いえ、ガイ様が女性をパーティーに誘うのは初めてなので」
「そうだな。・・・柄でもない、やめよう」
「いえいえいえいえ!ご立派です!是非誘いましょう!」
あっさり諦めようとするガイ様。引き際が良すぎます。私の所為ですよね!大変だ!なんとかしないと!その後なんとか言いくるめてリディアナ様をパーティーに誘う事を約束して頂きました。私、ガイ様が幸せになるならどんな手段も厭いませんよ、こういう時はアレです。背水の陣。
「ガイ様。リディアナ様にフラれたら私が女装して一緒に行きますからね!」
生き恥さらしたくなければなんとしても頑張って下さい。
その後、夜警の番があるそうでガイ様は学園に戻られました。仕事熱心なのは大変素晴らしい事です。上に立つ者として風紀院の方々にも認められ慕われています。きっと騎士になっても良い仕事をされるでしょうね。それにしてもガイ様があそこではっきりリディアナ様の名を出すなんて。今までも普段の友人としてのご様子は聞いていましたが、親類以外をパーティーのお相手にというのは貴族社会では愛の告白と同じ意味です。学園のパーティーとはいえ真面目なガイ様は今まで誰もお誘いになりませんでしたし、アプローチも御断りしています。今回はそれだけ本気という事・・
自分の部屋へ入ろうとドアを開けたところ、かくりと片足の力が抜けました。慌ててベッドの背を持ち転倒は免れます。強い目眩にそのまま立つのは諦め、そのままずるずると床に倒れこみました。どうせ倒れるなら先に寝てしまった方が頭を打つよりマシですから。胸ポケットからミラにもらった金平糖の様な錠剤を出し、口に入れ嚙み砕きます。本当は水が欲しいんですけどもう手が届かないので、どうにか唾液で飲めるだけ飲み込みます。飲む錠剤に棘つけるとかあの女性はどれだけドSなんですかね。
「っあ・・く」
白くぼやける視界と砂の流れる様な音。酷い頭痛に額を流れる汗、頭の先から徐々に冷たくなる感覚。それに加え、えもいわれぬ胸の気持ち悪さ。私は少しでも気を和らげようと頭を床に強く擦り付けます。目の覚める様な薬の苦味もこの気持ち悪さを少しでも消してくれるならありがたいとすら思えます。
1年前から始まった発作は徐々に酷くなって来ました。理由は分かっています。私は生まれた時から丈夫とは言い難い身体ですがそれが原因ではないでしょう。病は気からとは言いますが、私が感情の制御が出来なくなってきているのでしょう。そして呪術の術式と干渉し身体に負担がかかっているのです。ミラの前で泣いてしまったのも、リディアナ様に嫉妬するのも以前では取り繕えていたでしょう。それだけ私はいっぱいいっぱいなのです。しかし、しかるべき時まで"いっぱいにしなければならない"のですから仕方ありませんね。
ミラから薬がもらえる様になったのは本当に運が良かった。頭痛に吐き気、精神安定に効く薬は心と身体を擦り減らして売っている娼館では馴染み深く、手に入りやすいのです。ミラから貰えばガイ様に知られる事もまずありません。ミラの薬が手に入ってからは薬さえ飲めばだいぶ楽になりました。
しかし、今日の発作はいつもの目眩と気持ち悪さに加え、腹部が変に痛い様な。遠い昔、いえずっと前に知っていた様な。嫌な予感に胸の奥が冷たくなります。そんな、まさか神様はそこまで意地悪ではないでしょう?そろりと股の下を撫で、その手を上げて見ました。
「・・・・あぁ、どうしていまさら」
微かについた赤に目尻から涙が流れ、嫌な想像ばかりが頭に浮かびます。いまさら女性としての性が活性すればホルモンバランスが崩れ、今よりもって体調が悪くなるのでは。また計画に支障が出るのではないか。・・・・・あぁ、この事がガイ様に気がつかれたら。
「っあぁ・・ああ」
漠然とした恐怖とやり場のない怒りがないまぜになり、漏れた感情が小さな悲鳴としてこぼれます。視界は上からさらさらと崩れていきます。考えないと。どうにかしないと。そう思うのに頭の中は霞がかり、私の世界はさらさらと音を立て真っ白に塗りつぶされていきました。




