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想い出の花 後編

村に来て一週間。


何処から漏れたのか、既にカインが『忌み子』であることは村全体に知れ渡っていた。


「やい!この村から出てけ!!」


「「出てけ出てけ!!」」


買い物の帰り道。


自分より小さい子供たちに投げられた泥の玉は、カインの明るい栗色の髪を汚した。


見ていた彼らの親たちも、それを咎めようとしない。


ヒソヒソと声を潜めて話すが、残念なことに日頃の恐怖で物音に敏感になったカインの耳には全て聞こえていた。


「あの子?両親が国に引き抜かれた子って」


「そうよ。あぁやだやだ…お国になんて関わりたくないわ」


「やめなさいよ…これで下手に親に報告なんてされたら、私たち首を刎ねられちゃうわよ?」


若い母親の言葉に残りの二人が震え上がると、子どもたちをさっさと呼び寄せて逃げるように帰って行った。


───親か…


残念なことに、彼はあの日以来両親と何の連絡も取れていない。


一度手紙を送ったが、それもこの前、郵便受けに突き返されてきた。


きっと城に入らない限り、もう一生言葉を交わすことも無いのだろう。


「っ…………」


涙が溢れそうになるが、必死にこらえた。


泣いたら負けだと、自分に言い聞かせた。


しかし───


「ひっく…ぐすっ…っ…………」


まるでそんな彼の我慢を邪魔するように、風に乗って啜り泣く声が彼の耳に入ってきた。


───誰だ?


辺りを見ると、大きな公園の隅で、膝を抱えて泣いている女の子がいた。


───あれって………


噂でしか聞いていないが、村長のお孫さんはピンクの髪の女の子と聞いている。


きっと間違いないだろう。


確か、両親を事故で亡くしたばかりだったか。


───…なんだよ……


自分の不幸さを隠そうとしない彼女に、カインほんのりと苛立ちを覚えた。


彼女は確かに不幸だ。


自分よりも幼いうちに両親を亡くし、しかも二度と会えないことは分かりきっている。


死というものはどうしようもできない。


しかし、不幸なのは自分もそうなのだ。


なのに何故、こんなにも扱いに差があるのか。


彼女にはそれなりに豊かな生活がある。彼女を快く受け入れてくれる住人がいる。


それに比べて自分はというと、暮らし向きは前より悪くなり、理不尽な嫌がらせを受け、挙句、生きているのが判っている上で両親には会えない。


自分が、何をしたというのか。

自分が、何故こんな目に遭わなくてはいけないのか。


自分の方が余程不幸なのに、何故この女は───!!


気付けばそんな黒い感情が起こした衝動で、その女の子の背中に近付いていた。


「何で泣いてるの?」


意識せずに、少し冷たい声が出る。


見下ろしている少女は一瞬だけ動きを止めたが、振り向きはせずに泣き続けた。


カインの中で、余計に苛立ちが増幅する。


「ねぇってば!」


無理矢理肩を掴んで此方を向かせたが、一瞬後には手を離していた。


後ろ姿だけでも綺麗だとは思っていた薄い桃色の髪。


涙で潤み、クリッとした瞳は、鮮やかだが優しい黄緑色。


明るく、しかし儚そうなその容姿はまさに、御伽噺に出てくる春の精霊の姿───


同時にそれらを見せられた時の衝撃を、きっとカインは死ぬまで忘れないだろう。


不覚にも彼は──彼女に一目惚れしたのだ。


「ご、ごめん…」


何故か口から謝罪が出ていた。


「ご、ごめんなさい…!」


そして何故か彼女にも謝罪された。


暫く気不味い沈黙が続き、カインは少し焦った。


「あ、あの…ほら、泣かないで?」


カインはぎこちなくそういうと、何か無いものかと周りに慌しく視界を回した。


そして自分の足元を見た時、足元に咲く、小さな二つの花を見つけた。


急いで黄色の花をその場で摘むと、バッと彼女に差し出す。


「これ!あげる!!」


あげるも何も、たった今彼女の目の前で摘んだ花だが、そんなこと関係ない。


とにかく彼女を泣かせたくなかったのだ。


「え………と…………」


しかし戸惑い、オロオロとするばかりでなかなか受け取らない彼女を見て、初めてカインは自分の立場を思い出した。


村の噂など、村長の孫である彼女が知らないはずがない。


皆から嫌われる自分から、誰が雑草の花など貰いたいものか。

寧ろ変な噂が立って迷惑がかかるのではないか……と。


「…ごめん、俺からのなんていらないよね」


「え?あ、ちが──っ!」


不意に元気がなくなった少年に、少女はより取り乱す。


「いいよ別に。嘘つかなくて」


「あの───」


「ごめん」


「そ、そうじゃなくて!!」


唐突の大きな声に驚いてカインが固まると、少女はモジモジとしながら俯いた。


「そ……の……………」


「??」


「き…黄色より…ピンクが…いい…です……」


少女のまさかの方向に、カインは一旦ぱちくりと瞬きした後、「ぷっ」と思わず吹き出しす。


そしてイチゴのように真っ赤になった彼女に、改めて桃色の花を摘み、今度はしっかり彼女の目線までしゃがむと、そっとその花を差し出した。


「どうぞ」


すると今度は、少女も赤面しながら


「ありがとうございます…!」


と素直に受け取った。


その顔はほわっとした笑顔を浮かべており、少年は再び鼓動が早くなった。


「あ…私、リルです!」


名乗った少女は、無言で「貴方の名前は何ですか?」と聞いてくる。


カインは一瞬躊躇しながら、


「俺は…カイン」


とだけ答えた。


どうか名前を聞いた時、彼女が自分から距離を置かないようにと願いながら───


「カインさん……」


ジッと少年を見詰めながら彼の名前を反芻する少女を、カインは内心ドギマギしながら見つめ返した。


「カインさん…カインさん…!!覚えました!よろしくお願いします!!」


しかしカインが心配したような反応は微塵もなかった。


そして、明るい花の様な笑顔を見せた少女に、カインの心は完全に奪われたのだった。





その日以降、二人が会わない日は殆ど無かった。


リルはカインを兄のように慕い、懐き、彼が受ける村の人々からの嫌がらせに憤り、心を痛め、時には庇い、慰めてくれた。

そして彼女の少年に対する積極的な態度のお陰で、嫌がらせは少しずつ減っていった。


カインもリルの寂しさを理解し、励まし、少しでも彼女が笑えるように努めるようになっていった。

そのうち、お弁当で作るカインのサンドウィッチをリルが美味しく食べる姿を見て、「もっと色んな人を喜ばせたい」と、カフェを開くという夢を持った。


そのために勉強し、新しいメニューを考え、その度にリルの様々な表情を見れることに、また喜びを覚えていた。


いつか必ず、自分の力でカフェを開こう。


そして一番目のお客さんとして、リルを呼ぼう。


できればそこで、彼女に想いを伝えよう。



彼に戦争の招集がかけられるまで、彼は本気でその夢を胸に抱えていたのだ───


✽✽✽


「おーい?カイーン?この世に戻ってこーい?」


「あ!すいません」


ボーッとしていた彼はコップを拭いている体勢で固まっていたらしい。


「今日はどうしたよ?これで七回目だぜ〜?」


「いやぁ、実は今日、友達の誕生日で…」


照れながら笑うカインを、客はニヤニヤと探るような視線を向ける。


「ははーん?あれだな?この前言ってたルリとかいう女の子だな?」


ルリ(・・)じゃなくてリル(・・)です!!三度目ですよバルトさん!僕は一体何度言えばいいんですか?!」


「悪い悪い!」と笑う目の前の客は、実は戦争において敵方の軍人、しかも元帥だ。


しかし、同時にカインの命の恩人でもある。


彼が虫の息だったカインを自分の馬に乗せ、素早く治療を受けさせてくれたことで、カインは何とか命を繋ぎ留めたのだ。


そしてこの(レアシス)に住居を与え、職を与えてくれたのもまたこの元帥、バルティオという男である。


元々アナスタチアにいた時は職を持っていなかったカインに、この男は「いつかちゃんとした店を自分で構える」という約束付きで店を持たせてくれたのだ。


今ではすっかり職業用である『僕』という第一人称も染みついてしまい、少ないプライベートの時間でも時々間違えてしまう。


「まぁそのお祝いは戦争が終わるまで我慢だわなぁ?つってもこの調子じゃあ、負けんのはこっちだろうから、お前の店を見たくても見れないかもしんねぇが」


「冗談になってませんから!!お願いですから勝ってくださいよホント?!それでちゃんと僕の店の常連になってください!それまでに腕あげるので!!」


敵方の軍人にこんなことを言うのもどうかと思うが、実はこう思っているのはカインだけではない。


アナスタチアという国に──個人的なものも含め──恨みを持つ国民はごまんといるのだ。


「そう言われてもねぇ〜…上が纏まってねぇんじゃ話にもなんねぇっつーか…」


彼は彼なりに、色々問題を抱えているらしい。


自分より少し上程度の年齢で重要役職に就けば、多少なりともそういうことはあるのだろう。


嫌がらせを受けていた時代もあるため、カインは非常に彼に同情していた。


「でもまぁ、こうして応援してくれてるやつがいるからな。そういう奴らを見捨てるつもりは毛頭ねぇから、そこは安心しな」


スラスタの元帥はそう言いながら、ポット型の小さな花瓶に生けられた花に目を向けた。


「世間じゃ雑草って言われるこいつも、こうして生けると割と様になるもんだなぁ」


「そうでしょう?僕のお気に入りの花なんです」


カインはそう言って微笑みながら、その花を見詰めた。


───君は覚えているだろうか。初めて出会った日にあげた、野に咲く名も無い花のことを───


桃色の小さな花弁は、あの少女と同じような笑みを浮かべているように見えた。

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