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籠から放れる青い鳥 前編

静まりきった図書室。


この国にある書物は全て揃っており、恐ろしく天井は高く、広さも運動場並にはある。


そんな部屋の片隅で、一人の女性がずっと書類とにらめっこをしている。


「………………………」


アイリス・S・グレイシフルは一国の女王であるのだが、実はその地位ももうすぐ消える。


隣国の復興の一貫で民主主義を推し進めた結果、その動きが自国に飛び火したのが原因だった。


しかし、自分の人選ミスで戦争を長引かせ、犠牲者を増やし、挙句、世間にバレてないとはいえ他国のスパイに中枢まで侵入を許してしまったのだから、自分が女王の座を下りるのはむしろ当然だとアイリスは考えていた。


そもそも王として、必要な知識が足りていなかったのだ。


それをこの戦争で、痛いほど実感した。





 民主化運動の話が出たとき、諸侯らはてっきり彼女が反対の意志を示すだろうと思っていた。


だからまさか、彼女が二つ返事でそれを受諾してしまうとは誰も思わなかっただろう。


勿論その後緊急で会議が開かれたが、動きが肥大化している以上、もう抵抗はしない方がいいだろうという結論に至った。


元は隣国(アナスタチア)の民の一部として暮らしていた彼らは、何に代えても平和が一番だと、頭の片隅で理解していたのだ。


しかし今回の騒動、実は彼女にとっては様々な意味で好都合なことで、正直、内心ホッとしていた。


こんな発言、本来女王がするべきものではないのも解っている。


だからこそ、余計にこの国の民には頭が上がらないと思っていた。


「…ん?あぁ!!?」


アイリスは突然叫び声を上げながら、反射的に席を立つ。


金属の装飾がされた重い椅子が、床を突き抜けたかと思うほど大きな音を立てて倒れた。



彼女が手にしていたのは、新国家の憲法の草案だった。


彼女が図書室に篭もるようになってこれで五日連続になるが、なんとも頭の硬い者達で固められたこの議会は、どうしても立憲君主制のときの憲法を引きずってくる。


前例はあるのにも関わらず、だ。


……まぁその例というのは遠い何百年も前に存在した小国だが。


「はぁぁあ…!全く…懲りない奴らめ!!」


数百を超える項目をチェックしなければならない彼女の気持ちなど、当然なのだろうが微塵も考えていないようだ。


「もういい!!!」


グシャリと音を立てて書類を握り、倒した椅子など見向きもせず──にはさすがにいられなかったので乱暴に音を立てて直しながら、アイリスはレアシスにある一軒の家に向かった。


✽✽✽


 「だーかーら〜、俺はもうこういうのは一切関わんねぇって言ってんだろ〜?てかもう口出しできるような立場でもねぇしよ〜?」


「そこを頼むバルト…!!もう私はこんな分厚い書類を見るために毎日毎日図書室に閉じ篭もるなど御免なんだ…!!」


アイリスが泣きつきに行ったのは絶賛片想い中である幼馴染の所だった。


かつてはこの国の建国のために知恵を借り、この国ができた後は一時期軍を預け、そして先の戦争を終わらせた真の立役者の一人である彼は、このような時に唯一相談できる相手だった。


「はあはあ…なるほどねぇ?相っ変わらず保守的ですねぇお国の方は〜。まぁこれくらいお堅くなきゃ国なんて任せらんねぇもんなのかね〜?」


口と態度では面倒くさがりながらもなんだかんだ必ず手伝ってくれる彼は、手持ち無沙汰に草案ひらひらさせながら、それを見て苦く笑った。


「しかも所々、もういじるなと言ったところまで改悪して持ってくるから厄介なんだ!読み飛ばすこともできん!!」


どうせそこをすっ飛ばして読むと思って、いざ承認された時に気付いても「これでいいと言ったのは貴女ですよ(満面の笑み)」みたいな感じでごり押しするつもりなのだろう。


初めてこれに気付いた時など鳥肌が立ったものだ。


「ぶっ…!!口では賛成とか言っときながらゲッスいことすんねぇ?くくっ…肝据わってるなぁっこいつに喧嘩売るとか!はははははは!!」


「笑い事じゃなぁあああああい!!!!!」


───冗談じゃない!ほぼ連日徹夜のような状態が続いているのに何が楽しくてこんな状況を続けなくてはいけないのか!!


言いたいことは山ほどあれど、口が追いつかないほどには言いたいことが溜まっていた。


「くくっ…とは言えまぁ、お疲れさん。随分くっきりした隈つけてきたと思ったが…それだけ頑張ったってことだろう?」


「は?!そ、そんな酷い顔をしているのか私は?!」


実は最近、アイリスは碌に鏡を見ていない。


今日だって化粧もせずにこの男の家に乗り込んだのだ。


「いやぁ、怒りのパワーってのは恐ろしいねぇ〜?怖くて怖くて仕方がねぇわ〜」


そこで自分の疲れを初めてしっかりと自覚した途端、アイリスはドッと体が重くなった。


「あぁ……なんか急激に疲れが…………」


そう言って机に突っ伏せば、すかさず大きな笑いが飛んでくる。


「ふはっ!!夏バテした犬かなんかかよ!!ははははははははっ!」


「…うるさーい………」


普段なら怒鳴り散らして反論するところだが、残念ながら今はそのやる気すら出ない。


───せっかくこいつと話せているのに、本当に色々と癪だ…


「ふっ……くくっ…そんな疲れてんならベッド貸してやろうか?夕方前には起こしてやるからさ……ははっ…!!」


笑いを抑えないまま提案されたその言葉のありがたさは、例えるなら三日間彷徨った砂漠でオアシスを見つけたような感覚といえば解りやすい。


「?!………本当か?」


「おう…くくっ、あぁでもあれか、流石に男の部屋で寝るのは抵抗あるか」


こういう所は真面目な男だ。


そういうところにも彼女は惚れてるわけだが。


「いや……お前なら何もしないだろう…………貸してもらってもいいか………?」


「おーおー好きに使え〜。そっちにあるからよ」


「ありがとう…………」


自覚できるほどよろよろした足取りで寝床に向かうと、アイリスは死んだようにベッドに沈んだのだった。

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