5◆あたしの過去_2
考えてみたら、生きていたころ、お母さんは、ほとんど祖母のことを話さなかった。
いつ誰に聞いたんだか忘れたけど、地元の短大を出るなり、逃げるようにして家を出たというお母さん。
どうりで。お盆も、正月も、里帰りしなかったわけだ――。
そんなお母さんの気持ちが、よくわかった。
お母さん。
お母さん、なんで死んじゃったの。
あの頃あたしは、祖母とケンカしては、声を押し殺して布団の中で泣いた。
あの頃あたしが泣いていたのは、お母さんが恋しくてではない。
恋しかったのはお母さん自身じゃなくて、お母さんといた東京の暮らしだった。
自由だったあの頃。
お母さんはあたしを特別可愛がったわけじゃない。
あたしが覚えているお母さんはとにかくいつも疲れていた。
たぶん、あたしを養うのに働くのでせいいっぱいだったんだと思う。
とはいえ、べたべたに可愛がられてはいなかったけれど、お母さんとの仲は悪くはなかった。
小さいころからあたしを自由にしてくれた。
もしかしたら教育、とかですら、気が回らなかったのかもしれない。
とにかく小学校の頃から、門限もなく、あたしは好きなように遊んでいた。
友達のうちに泊まって、夜通しゲームをしたり。
夏休みは友達と渋谷のセンター街をアイス片手にうろついたり。
服装についてもお母さんは無頓着で、
「あんたの夏の洋服代はこれだけだから。これ以上は出せないから」
とお金だけポンとくれた。
たいした額ではなかったけど、自分でやりくりして好きな服をコーディネートするのは、楽しかった。
あたしは、自由なりに、ちゃんとわかっていた。
たった一人のお母さんに心配をかけたらいけない、ということを。
だから、遊ぶことは遊ぶけど。
警察につかまるようなことは、絶対にしない。
終電までには、うちか友達のうちに必ず帰る。
そんな一定のラインを自分の中に決めていた。
家の手伝いも、必要だったから、そのうち自発的にやるようになった。
洗濯機をまわしておいただけで、疲れて帰ってきたお母さんは
「わー、やっといてくれたんだ。ありがと、うれしー」
と笑ってぎゅっと抱きしめてくれた。
その茶色い髪のあたりからは煙草の匂いがしたけれど、あまり嫌じゃなかった。
コンビニで買うのに飽きたので、簡単ながら料理もやった。
学校で習った通りにやったつもりだったのに、初めての目玉焼きは少し焦げてしまった。
でもそんなのでも、
「食べれるから全然OK」
と喜んでくれた。
「最近は亜莉紗がいろいろやってくれるから、ホント助かるぅ。……彼氏とかできた?」
上機嫌で聞いてくるお母さんに
「いないよ、そんなの」
と答えたら
「そーなんだ。だったら、ずーっとウチにいてね」
って首をかしげてにっこりと甘い声を出した。
「なにソレ。もしかしてずっとお母さんの料理つくれってこと?」
「うふふ。そうだよ〜ん」
「だーれが」……。
親子というより、友達同士みたいだったお母さんとの暮らし。
そんな会話が、お母さんとの最後の会話になってしまった。
中1の2月だった。
突然の、お母さんの死。
飲み会の帰りに、車にはねられてあっけなく死んだ、お母さん。
酔っぱらっていたんだろうか、なぜか道のド真ん中を歩いていたらしい。
遊び好きだった、お母さんらしい死に方。
うちどころが悪かっただけの、寝ているみたいな、キレイな死に顔だった。
死んでいる実感がわかなかった――。
なんで、もっと気をつけて歩かなかったの。
お母さん。
なんで死んじゃったの。
あたし、もうやだ。
もう、こんな家、出ていきたい。
さもないと、あのクソババアを殺してしまいそう。
ホント、殺したい。
じゃないとあたしが死んでしまう。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
派手な服をまとって夜遊びをしていた東京の頃より。
地味な格好をして規則正しい生活をしている今のほうが心は荒んでいた。