3◆あたしは、人を殺した。_3
あのときは、本当に、軽い気持ちだった。
おしゃれな服。
新しい色のグロス。
ブランドの可愛いリュック。
欲しいものはいくらでもあるのに、お金がついていかなくて。
時給650円のファミレスのバイトに比べたら、『えっち』しただけで万札をもらえるのははるかに魅力的だった。
女子高校生。
一生で一番、女としての価値が高いとき。
それを無駄にするのはもったいない気がした。
「みんな陰でやってる」
そう自分に言い聞かせたら、『売春』という言葉も、罪悪感も、あっけなく消えた。
あのときの相手の一人が、この死体。
藤本。
優しくてエッチなおじさん。
お金をいっぱいくれて、いい人だと思っていたのに――。
――なんでこんなことになっちゃったんだろう。
あたしはバスタブの中の藤本に目をやる。
目があいたままだ。
当然、またたきもしない。
気持ち悪いけど、本当は触りたくもないけど、あたしはそのまぶただけ閉じてやった。
お湯に浸かっていたせいか、生きてるように温かい。
本当に死んでるのか疑わしい、だけど。
あたしが顔にふれたはずみで、口の端からお湯がこぼれた。
見ると仰向けに倒れた半開きの口の中には、お湯がそのまま溜まっていた。
藤本は半開きの口の中にお湯をためたまま、ごぼ、ともいわず横たわっていた。
生きている人間が、口の中に、こんなふうにお湯をためることなど、きっとない。
だから、やっぱり死んでいるのだ――。
あたしは人殺しだ。
仕方がない。
こうするしかなかった。
こいつが悪い。
そうつぶやきながら、あたしは後悔していた。
それは――衝動的に、とはいえ、こいつを殺してしまったことじゃなくて。
あのころのこと。
『それヴィトンでしょ』
『いいなー、いいなー』
友達の声は、あたしを有頂天にさせた。
藤本は気前よくお金をくれて、いろいろなものを買ってくれた。
週1のセックスと引き換えに。
どうってことなかった。
割のいいバイトだと思っていた。
あんなことをして、自由になったつもりでいたあたしは――。
本当になんてバカだったのだろう。
なんて軽はずみだったんだろう……。
あたしは、昔のあたしのせいで――取り返しのつかないことをしてしまった……。