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15◆夕立ち 2

びっくりしてふりかえると、山上さんがむっくり起き上がるところだった。


そこに寝てたのはまさに彼だったのだ。


――うそっ。


そのときは、山上さんが何を嫌ってないのか、頭の中でつながらず……あたしはただ山上さんの存在に、言葉ごと息をのみ込んだ。


「おはよ」


山上さんはぼさぼさになった頭を掻きながら、ぽーん、と放り投げるようにいってよこした。


あたしがそれに返事をするまえに「てかさ」と山上さんは続ける。


「なんで嫌われてるとか思ったわけ?」


あたしの脳は……生クリームみたいになってたに違いない。


あまりに驚いて、その話が何から続いているのか、まだよくわからずに、ただただ山上さんの顔を見ていた。


「ねえ」


山上さんは眠そうだった目を、やや見開いた。


もしかして、山上さんに嫌われたのかもしれない、とひそかに傷ついていたのは事実だ。


でもあたしの心の中をなんで見透かされたのか。


この期におよんで、あたしはまだ、わかっていなかった。


あたしは焦って


「なんの話ですか?」


などとしらばっくれてしまった。


すると、山上さんは


「え? あれ? あれー?」


とあたしを指さしてキョトンとした。


あたしの心臓はバクバクどころじゃなかった。


心の中を知られるのが怖くて。


それと、最初に聞いた『嫌ってないよ』という声が、安堵になって心にひろがっていく。


なぜか、それを見破られたらいけないと思った。


「もう、なんですかぁ?」


あたしは必死で芝居をする。ばれそうで怖い。綱渡りのようだ。


山上さんはあたしが心の中で綱渡りをしているとは知らずに、


「いやさ、雪菜にさ、アリサちゃんが俺に嫌われてるって、泣いてるって聞いたんだけど」


――ああ。


あたしはようやく納得した。


昨日の、ハルナとの話を、雪菜さんは背中で聞いてたんだ。


「あたし、そんなこといってないです」


ようやく思い出したのに、なぜかウソが口をついて出てしまった。


なんでそんなウソが出てきたのかわからない。


「マジかよ。くっそ、雪菜のやつー」


山上さんはあたしの言葉を信じたのか、さも悔しそうに胸のところで両手に作った拳をあわせた。


――ああ、あたしは雪菜さんをウソつきにしてしまった。


罪悪感で顔に血が集まってくるのがわかる。


あたしはそれを隠すようにもう一度、山上さんに背を向けると制服をさがすフリをした。


本当は目の前にジャストサイズはあった。


だけどなかなか見つからないふりをする。


「アリサちゃん」


一言前とは打って変わった優しい声が聞こえた。あのときの。雨の車の中でのような。


振り返っちゃいけない、気がした。


「なんですか」


そっけなく何気なく答えたかったのに、語尾がいまいち決まらない。


「私服だと大人っぽいね」


「そんなこと……」


あたしはいよいよ振り返れなくなった。


自転車をこいできたあたしは暑くて、キャミの上にきていた薄いパーカーを脱いでいた。


露出した背中に夏の太陽より強烈に山上さんの視線が注いでいる気がした。


背中と、顔が、熱い。


うまく話せない。言葉は中途半端にとぎれてしまった。


同じことを他の人にいわれたなら


『そうでしょ、そうでしょぉ?』


とキメてみせるくらいの天真爛漫さを装うくらいわけないのに。


途切れた言葉をごまかすように


「山上さん、ここんとこ顔見なかったけどどうしたんですか」


と訊いてみる。


それもトチりそうで、無意識に口の中で一度練習してからやっと声にする。


「んー。新しい店のヘルプと、大学の前期試験」


のんきな感じの山上さんの声が少しだけあたしを緊張から解き放つ。


「ヘルプ?」


あたしは振り返れないまま、訊き返す。


「うん。空港バイパス店の。なんか急に人が足りなくなったとかで。……俺、車持っとぉやん。だから店長に頼まれて」


なるほど、交通の便がここよりもよくない空港バイパス店のバイトはほとんどみんなマイカー通勤だろう。


「もうこきつかわれるわ、こきつかわれるわ、で。で、それが終わったら大学の前期試験だろ」


おそるおそる首を45度だけ回転させる……山上さんが大きく伸びをしているのが目の端にうつる。


「そうそ。やっと昨日で試験も終わって、夏休みだしー」


なんだ。


あたしを避けてたんじゃなかったんだ。


「そうだったんですかー」


振り返ったあたしは、山上さんと目が合ってハッとした。


あまりに安心しすぎて、緊張も演技も忘れてしまったらしい。


照れそうになったあたしに、山上さんは朝の光の中でにっこりとほほ笑んだ。


「だからさ。こんど、遊びにいこうよ」


罪のないスヌーピーのような笑顔で山上さんはあたしを誘った。


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