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12◆焦り

中2のはじめ。東京から転校してきたとき。


祖母が口うるさかったとはいっても、あたしはこの地方都市のコたちより進んでいたと思う。


ファッションも、持っている小物も、そして男の子との関係も。


お母さんには照れくさくて言わなかったけれど、東京にいたころ、彼氏といえる男の子はいた。


同じ学年で、遊び友達だった彼とは、キスまでだった。


早熟な彼はもっと先まで進みたがったけれど、あたしは許さなかった。


遅生まれのあたしは中1当時まだ12歳で、さすがに早すぎる、と自制していたのだ。


倫理的な理由だけでなく、実際やせっぽちだったあたしの体は胸もまだぺったんこで、そんなことをできるとも思わなかったのだ。


こっそりと交わす柔らかい唇の感触だけでも、十分大人な気がした。





だけど。


こっちに来てから、わずか2年のあいだに、まわりはあたしを追い越して行ったらしい。


あの厳しい祖母の元で暮らしていたら、彼氏なんてできるはずがない。


ほとんど家と学校を往復するだけだった中学時代。


ハルナと特に仲良くなったのは……彼女も同じだったから、というのもある。


ヤンキーが多い地元公立中を避けて、私立の女子中にいってたというハルナは、本人こそ言わないけれど、結構いいうちのお嬢様だと思う。


女子中だから彼氏もつくれなくて『暗い青春だった〜』とぼやくハルナは、あたしと同じく処女だ。


『エスカレーターの女子高になんかぜったいに行かない!……と思って、わざわざ共学の公立高校を受験したのに、落っこちちゃった』と明るく打ち明けた。


おしゃれで可愛いし、性格も悪くないからすぐに彼氏くらいできそうなのに、男の子の前に出ると構えてしまうらしい。


『これも女子中の後遺症だよ〜。きょうだいも妹だけだし』


と頭を抱えるが、男っけのない中学後半をすごしたあたしもいつのまにか、後遺症になっているんだろうか。


東京にいたころは、もっと男子とも気軽に話せたのに、その時代からみると、昨日のあたしはあきらかに緊張しすぎだ。







「今度誘われたときは、絶対にいきなよ」


ハルナは念を押すと、ジュースのストローを吸った。


「バイトで彼と一緒になる日は新しいパンツはいていかなくちゃ」


ときわどいことまでいうから可笑しい。


経験もないくせにハルナはときどき突っ走ったことをいうのだ。


「てゆかー。あっちもそういうつもりか、まだわかんないし。……それに、正直なところ、あたしも山上さんのこと好きかどうかわかんないし」


「なにその消極的な考え。しり込みしてたら、いつまで経っても処女のまんまだよ」


説教するやり手ババアみたいな口調になってるハルナがおかしくてあたしはつい笑ってしまった。


「そこ、笑うところじゃないし」


ハルナは唇を一瞬とがらせたあと、声をひそめて


「付き合ってみたら、それから好きになるかもしれないじゃん。……でさぁ、やったらどうだったか、教えてね」


とささやくことは忘れない。


そうだ。


まだのあたしたちは、参考にするべきリアルな経験談に飢えていた。


すでに処女ではないコたちは、むしろえっちなことについてあまり具体的にはしゃべらない。


処女のコのほうが積極的にえっちについての詳細を聞きたがるが、それについて


「それは……ねえ?」


「だよね」


と非処女どうし目配せをしてごまかす。そして


「してみればわかるから」


「そうそ。すればわかる」


と言ってほほ笑む。


そんな様子は、すごく大人に見えて。


なんだか焦った。









放課後。


あたしは、ハルナとわかれてバス停にいた。


今日はバイトではないけれど、昨日の雨のせいでバイト先に自転車を置いて帰ってしまった。


自転車がないと明日困るだろうから、あたしは今日のうちに取りに行こうと思ったのだ。


本数が少ないので、あたしはぼんやりバスを待っていた。


と、横を自転車が2台、並んで通り過ぎた。


同じブレザーを着た、あたしと同じ年くらいの男の子と女の子。


近くにある共学のコたちだろうか。


自転車を並べて笑いながらしゃべりあっている。


たぶん、カップル――。




――いいな。




あたしは、バスを待つふりをして彼らの背中を見送っていた。


あたしの頭の中にある、理想の付き合い。


同じ高校生で。


自転車を並べて帰る放課後。


少しずつわかりあうのと比例して、自然に少しずつ進んでいく関係。


早く処女を捨てたいと思いつつ、そんな爽やかな関係にもあこがれていた。


それに比べると、大学生で車にまで乗ってる山上さんは、恋の相手としては少し大人すぎる気がした。


山上さんは、あたしの知らないことをいっぱい知っている……女の人のことも、きっと。


そう考えると、少し怖くて。


ハルナに話した通り、あたしは山上さんのことが好きなのか、自分でよくわからなかった。


あんなにドキドキしたくせに、だ。


『狙われている』という事実に心が過剰反応したのかも、と冷静に考えたりもするくせに、昨日の夜のことを考えると甘酸っぱいもので胸のあたりがきゅんとする。


もちろん。


彼氏はほしい。


できれば、早く経験もしたい。


そんな焦りはあった。たぶん人一倍強く。


なぜなら、祖母ババアはあたしによく言う。


『嫁入り前の娘が外泊なんて。とんでもない』


「嫁入り前」と祖母が言うのは、たぶん「処女」という意味。


祖母はあたしが処女だと信じている。


それをこっそり捨てて大人になることは……祖母の呪縛から解放されることでもあるように思えたのだ。





『付き合ってみたら、それから好きになるかもしれないじゃん』


ハルナの声が蘇る。


付き合ってみるのもテだろうとは思う。


実際、あたしは好きかどうかもわからないけど……山上さんが決して嫌いではない。


目が細くて、笑うとスヌーピーみたいな印象になる山上さんをいい人だとは思う。


きのうはすごくドキドキしたし。


誰でもいい。


あたしを祖母から解放してくれるなら。


できれば、そのまま連れて逃げてほしい、とさえ思うあたしの頭の中には、夜の駅の情景が広がっていた。


どこかのドラマで見たのだろうか。


手と手をとりあって、逃げる二人。


ロマンチックな想像に入り込んだあたしは、近づいてくるバスの姿に我に帰る。


山上さんは。


これから、人生のすべてを賭けるほどの人になるんだろうか。


あたしは、バスの車窓から見える、金色に輝く午後の街に彼の面影を描こうと努力した。




彼が好きなのか。


それとも……。


いずれにしても、次の誘いを、あたしがひそかに待っていたのも事実だった。






だけど。


梅雨が本格化したのに。


山上さんは、あれ以来、


「送っていこうか」


といってくれなかった。



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