薔薇の香りで。
薔薇の香りで、目を覚ます。
ここはどこだ、と畏縮する。
左うでだけ冷たくて、
不思議に見やれば、血の色だった。
ほの暗い、小部屋の底。
軋む木製ベッドの上で、
わたし右手に、剃刀にぎって。
力尽きて眠っていたのね。
雨戸の閉まった、窓は灰色。
刻んだような、レースのカーテン。
分厚い本の並ぶ書棚、
ここは、わたしの、わたしの居場所、
だったのに。
左の袖を、めくった記憶。
見れば、散らばる小さな錠剤。
どうしてここにいるんだろう。
ここにはもう、誰もいない。
傷口は薄く、血は黒く、
滅多切りに、する癖は、
ここに居た頃と変わらない。
はじめての時と変わらない。
立派な屋敷に住んでいた。
しあわせ似せた家族たち。
わたしがうでを切るわけを、
彼らは知らないままでいい。
(遺るは、薔薇の、香りだけ)