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短編集<そこから物語は生まれる>文学編

夢のつま先

作者: papiko

 確かにその村の外れに鬼がすんでおりました。名を(あかつき)と申します。炎のように燃えるような髪の色とくせ毛のために、そのように呼ばれていたと伝え聞いております。暁は、これといって悪さもいたしません。ただ、村の鎮守に何やら懸命に祈りを捧げていたそうです。

 何をといわれましても、そこまでは伝え聞いておりませんので、わかりかねます。

 暁の住まいですか?

 村はずれの洞窟だとか。今は落盤の恐れがあるので立ち入り禁止になっていますよ。

 どうしても行かれるとおっしゃるなら、クマよけの鈴をお持ちください。


 変わった娘がいるものだ。若いのに蔵王の山奥の廃村に一人で行こうなど正気だろうかと、旅館の女将は(いぶか)った。


 葛城(かつらぎ)ミワコは、民俗学を専攻している。夏休みを使って蔵王のある廃村を尋ねることにした。道路などない。ただ、細いけもの道があるだけましだ。だが、夏草の勢いにおされて、それも途中で途切れている。それでもミワコの足は迷いなく進んだ。


(夢のとおりの風景ね……)


 幼い頃、場面緘黙症という不安障害を発症したことがあり、その期間に毎日のように見ていた不思議な夢。その夢は、赤い髪の男と白い髪の子供が仲良く暮らしている夢だった。娘は口がきけず、男は鬼といわれていた。村はずれの洞窟で生活する二人は異端者として扱われていた。男は農繁期になると、村に行って手伝いをし、実りをわずかばかり分けてもらう。それ以外の時間は、娘と手を繋いで山でとれる山菜や木の実、きのこを食して命をつないでいた。

 だが、ある日。

 娘が女になった日。

 悲劇が起きた。

 

 その日は夏の盛りだった。暁は山で拾った白い髪の娘、白がしゃべれるようにと、村の鎮守に毎日お参りしていた。山で採れたわずかな食べ物を供物として備えた。それが幸いしたのか、幼かった白は病気ひとつせず、美しい少女になった。けれど、声はでない。真っ白な髪は黒くもならない。それでも、暁も白も幸せだった。暁は白といるときは、いろんな話をした。自分の中に流れている異国の血の話やお化けの話。キツネの嫁入り……知っている限りの話を何度でもした。そんな風に仲睦まじく生きていた二人に襲い掛かった悲劇があった。

 

 はじめて熱をだした白のために、暁は薬草をとりに山に入った。ようやく見つけた熱さましの薬草は断崖近くに生えていた。暁はなんとしても採らねばと、手をのばす。

 そのころ、洞窟で臥せっていた白にも危険が及んでいた。村の若い連中がこっそり白を見に来ていたのだ。そして一人で寝込んでいるのをいいことに、若者たちは乱暴を働いたのだ。

 そんな時に、熱さましの草をつかんだ暁の体は、ぐらりとかしいで崖から落ちてしまった。そのまま、谷底に落ちて暁は死んだ。それを知らない白は、身を穢され、なぶりものにされ、裸のままぼろ切れのように洞窟に残された。

 夜が来ても暁は帰らず、白は泣きながら鎮守の社に行き、声の出ぬのどを鎌できりさいて死んだ。


 ミワコの夢はいつもそこで終わった。悲しみで涙を流しては起きる日々。それでも、周りは医者のいいつけにしたがって、ミワコがしゃべれないことを責めたり、しかったり、からかったりしなかった。おかげで、ミワコが初潮を迎えると、だんだんと言葉がでるようになって、あの不思議な夢も遠のいた。

 その代り、無性にその場所をさがしたくなったのだ。昔話の鬼とは異端者である。民俗学を専攻すれば、何か手がかりがみつかるだろう。そう考えて、すたれかけた学問の戸を叩いた。

 ミワコが卒業論文のテーマに「鬼」を選んだのは、自然な流れと言えるかもしれなかった。

 そして、どうやらこの廃村が、あの夢の世界であることを、ミワコは一目で実感した。記憶にないはずの村の佇まいがはっきりと脳裏に浮かぶ。貧しくても、働く人々。ときおり、まざる赤い髪の男。


(間違いないわ)


 ミワコの足は自然と村の鎮守へと向いていた。社はぼろぼろでご神体はうつされたのだろう。壊れた戸の向こうは空っぽだった。ミワコは不意に首に痛みを感じ、かがみこんだ。強烈な痛みに目がくらんだが、しばらくするとすっと痛みは消えた。なんだったのかわからないが、今度は足がかってに動き出す。ミワコはなんとなく勘付いていた。きっと、自分は洞窟へむかっているんだと。


 そして、そこには赤い髪の青年がいた。立ち入り禁止のフェンスに、もたれかかり誰かをまっているようだった。

「ああ、やっと来た」

 青年に見えた彼は、まだ十代の少年だった。高校生ぐらいだろうか、それにしても大人びた雰囲気のある少年だった。

「今でも声はでないのか?」

 少年は遠慮なくミワコに話しかける。

「いえ……あなたは……アカツキ?」

 少年は笑る。そうかもしれないし、そうじゃないと。

「あんたが白のようであって、そうじゃないのと同じことだ。俺の言ってる意味わかるだろ?」

 ミワコは息を整えて、わかるわと答えた。

「俺の名前は蔵元アキラ。あんたは?」

「葛城ミワコよ。はじめまして……でいいのかしら」

「いいんじゃねぇ。実際はじめましてだし。夢は夢だしな」

「そうね……蔵元くんの髪って地毛?」

「まさか、染めてるんだよ。夏休みだからさ」

 ミワコはそうねと笑った。夢の中の暁がそのままそこにいるような錯覚が、ゆらりとほどけていく。蔵元少年の目に、ミワコはどう映っているのだろうか。幼い白として映ったのだろうか。

「日が沈む前にここを降りよう。そうしないと足元が危ないからな」

 そういって少年はミワコの手をとった。

 その瞬間、一気に何かが体を突き抜けて行った。それはどうやら蔵元少年も同じだったようだ。ふたりはお互いに涙する顔を、見つめ合っていた。

「どうやら、俺たちの役目はすんだみたいだな」

 一歩先に蔵元少年は、我をとり戻し、涙を拭いながらそういった。

「そうみたいね」

 ミワコも彼の言葉に相槌を打って涙を拭いた。

「さあ、行こう。もうここには、暁も白もいない」

 ミワコはうなずく。そして、蔵元少年に手を引かれて村を後にした。


【おわり】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 丁寧な文体で、とても読みやすいです。するりと飲み込める、綺麗な文章です。 [気になる点] もったいない。設定や状況も何もかも素晴らしいからこそ、もう一歩何かが欲しい気がします。 [一言] …
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