未定家族
その日の午後
僕は一人歩いていた
いつものよれよれのスーツ姿で
何処かの家の夕飯の匂いがするような夕暮れ時を
誰もが帰宅するようにも見えるにぎわう騒然としている中を
僕はコンクリートの道を歩いていた
僕の名前は斉藤 貴 どこにでもいる落語家だ
っえ、居ないって
そう言うなら良く探していないだけだ
周りを見れば見なすきに喋っているように見える
しかしその中には間があり、そしてその言葉をのどから発している
その時点でもう喋りのプロだ
別に話さなくてもいい
思う、書く
どれだって良いのだ
生きているだけで、それは人間だ
僕は電車に乗り
最寄りの駅で降りる
その時間30分
他のサラリーマンは何時間もさらに乗り継いで帰る人もいるらしいから大変である
それを毎日繰り返すのだから
ここで過ごす時間は一生でどのくらいになるのか
僕はそんなことを思いながら降りる
この町の中ではあまり人気がないのか
僕の降りた駅で降りるのは少数だ
僕はその少数のうちの一人になり降りると
そのまま改札口に歩く
中には急いでいるのか
少数人の人間を追い越してはしっていく奴の居る
しかし僕には取り立て急ぐ用事がない
逆に言えば
それほど暇なのでもあるが
僕が外にでると
辺りはすっかり暗く
街灯の明かりや
まばらについている住宅の窓から漏れる明かりが唯一の光源で
おつきさんや星は
この都会では珍しくもなく
曇り空のせいで見ることは出来なかった
僕はそれから30分ほど歩く
そこにあるのはさびれたアパートと呼べる代物で
そのとてものの裏手から
僕は明らかにさび付いている鉄筋の階段を歩く
そのたびに軋む音がしてどうも気味が悪い
僕はそこでようやく鍵を出して
二回の一番隅から二番目の部屋のドアの前に立つと
そのかぎあなに先程出した鍵を差し入れる
つまらない音を出して開いたドアを
丁寧にあけるわけでもなく
適当に開けて僕は部屋の中に入る
中は畳五条
それだけの空間
僅かにお勝手はあるものの
トイレや風呂はない
押入の中には
これまた僅かにある着物や洋服などが入っている
「さてやりますか」
僕は誰に言うともなくそう言うと
一人この部屋で唯一の家具といっても良いだろう
大きな縦長の鏡を前に
その前に座布団一枚引いて
向かい合う
今日やるのは饅頭怖いだが
しかしどうも江戸よりも上方、関西落語の方が僕は好きであり
師匠にその旨を伝えると
「勝手にすればいい」と
果たして認めているのか興味がないのか
それとも怒っているのか
いつもみたいなよくわからない顔でそう言うとたばこの火をつけて何処かにいってしまう
僕は良いと言ったのだからと
その稽古を始め始めていた
前々からこの話はその落ちではなく中間部分に入る
階段話が好きで良く聞いていたのだが
しかし、どうしても人数が数多く出演するため
人数ものが苦手な僕は敬遠していた
しかしそろそろやっても良いかなと
自暴自棄のいようなことをけさ突然思ったのだ
しかしそれをやろうと思っていたのは前々からであり
その行動を思い立ったのがたまたま今日であり
その考えが寄せ集まって
僕を動かしたに他ならない
「えーーー」
僕はとりあえずカセットテープを聞く
何度も聞く
幾人も聞く
そのたびにこれはダメだとか
もうこれ以上この人のを聞くと余りに上手すぎて自分が無くなると思ったり、しかし結局10本ほど聞き
その中で自分が好きなパーツ
そしてその大筋のあらを掴むと
稽古に移る
しかし正直それは稽古と言っていいものなのか
僕は師匠にはない所ではあるが
基本何も覚えない
でたらめで
その都度好い加減に演じている
昔はそれこそ努力していれば誰にも負けない天才になれると思っていた
しかしその思いを打ち破ったのは
落語ではなくその他の試練だった
その結果張り合うのは止めて
自分が今一番おもしろいと思ったことを
その場その場で
そのときの主人公たちまかせに
でたらめに語り出したのだが
何の因果かそれが微妙に受ける
一生懸命やって褒められるのなら納得はいくが
手を抜くわけではないが
練習せずにやってそうなのは
いざ目を覚ましたとき
実は下手だったとなったときの恐怖は人一倍である
しかし
うける
喜んでいただくものを追求するならば
その道を進むべきなのか
ある人がこんな事を言っていた
練習は本番のように
本番は練習のように
練習では酷く本気でつまらない学校の授業のように暗記して
本番は好い加減に好きかってやるべきか
またある人はこう言った
滝に打たれて修行する人は
温泉で極楽極楽と言っているのと同じである
僕の今の行動はどちらかと言えばこちらのような気がする
がんばるのは結局は自分のエゴで
それならば温泉でそんなことを言っているのとたいして変わら無いのではないか
僕はそんなことを思いながら
休憩休憩に10分休んで
鏡相手に三回すると
もうなんか気が無く
そのまま布団を出すと
歯を磨いてその日は寝た
明くる朝
僕は目覚まし時計に起こされながら目を覚ます
時間は五時
僕はジーパンを履き上に軽く羽織るものを羽織り
そのまま、いつも持って行く手提げ鞄を持つと
寒い外に飛び出た
まだだいぶ暗くいく気が失せるが
しかしこのまま居てもしかられるだけだ
僕は足早に電車が来るホームに向かった
この時間は、何時来てもこんではいない
まばらな客は数人程度で
僕は中間ほどの席に座る
その中間ほどの席の
真向かい側に
いつも何をしにいくのか
壮年のご老人が
長い椅子の中央で
何やらいかがわしい本を読んでいる
しかし、ただ乗っている分けではなく
その老人の横には
もう一人分は座れそうな
大きな荷物がいつも置かれている
(果たしてあれは何だろう)
しかし聞くきにはなれない
いつも聞こうと思うが
その前に老人が人駅だけ乗り降りて
そして僕はその三駅次で降りる
僕はそんなことを考えていると
老人はかなりはやめに荷物を持ってドアの前にあるいていった
あと四駅
僕は軽い寝過ごさない程度の睡眠をとり
しばらくしてつくえきのお知らせを聞き立ち上がると
ゆっくりと焦ることもなくドアの前に向かう
それはそんなときだった
僕は一瞬よく分からなかった
それこそ何かにもつを背中に当てられていると思った
それこそ混んではいないが
揺れる電車の中ではそんなこともあるだろう
そして僕と同じ駅に降りたがっているのだとしたら
それも同じ事に思える
と言うか尚更当たる確率は高い
僕は何気なく振り返ろうとして少し考えた
・・・・・果たしてどうしたらこれほどまでに鋭利なものが僕の背中に
その感覚は少なくとも鞄などを押し当てられている感じでも
増しては肉体でもない
一点集注、千枚通し並みの一点集中であった
と言うことは
僕は振り返るのをやめろと誰かが言う
もちろん僕自身が振り返りそうになりながらもそう思う
しかしそれは振り返ってしまった
心と体の行き違い
空を飛ぶ夢を見ても
単体で空は飛べない
振り返ろうとして
振り返り終わろうとしながら止めることは難しい
僕は振り返る姿勢の中で声を聞く
「動くと死ぬよ」
僕の体というのはおかしな事で
自分の中にある言葉となると
なかなか思い通りにはいかないどころか妄想のたぐいだが
しかし、外部者が発した思想は
どうやら頭脳に直接届き
動きを支配してしまう電波らしい
どちらにしても師匠の絶対的政権の中では刃向かうことの出来ない僕は
その言葉にいち早く反応した
しかしだ、物事というのは実に不釣り合いというか
良くできていないもので
僕は彼女が声を発したのは分かった
しかし
その内容までは詳しく理解できなかった
要は
よく分からず頷くようなもの
僕は振り返った
「きいてなかったのか」
冷たい声がする
まるで首筋に
鋼色に光る細刃のナイフを突きつけられているようだ
僕は急いで後ろ向きのクビを前に戻した
「まもなくーー」
電車がホームに着くアナウンスが響く
その中でもまるで僕だけに聞こえているかのように
その声はしっかりと聞こえた
「駅のトイレに行け」
「っえ」
僕は聞き直そうとして後ろを振り替えそうとしたとき
背中に明らかに痛みが走る
「何を」
僕は後ろに聞く
もちろん教訓を踏まえ前を向いたままだ
「次喋ったら骨まで届く」
僕は無言で頷くしかなかった
しばらくと言ってもそれほどの時間ではない
本の三十秒ほど
しかし長く感じる
僕は駅のホームに続く扉が開く止まったきに外に出た
恐る恐る振り返るがそこには人混みとは言えないが
まばらな人の乗り降り
その中にあの声の人物を捜すも
どれが誰だか分からない
僕は悩んだ
果たしていくべきかどうか
しかし、そのとき師匠に最近遅刻が多いと
皆の前で、グチ混じりにいながら
「今日から一週間遅刻したものを破門にする」
などと言ったのだ
僕はそのとき間違った選択をした
破門ぐらいなんだと思えば良かったが
しかし
しかしなのだ
僕は破門が怖くて駅の登り口を駆け上がろうとした
本来ならば
奴が言ったトイレというのは
電車を降りて改札口とは反対方向にある公衆トイレなのだろうが
しかし僕は破門怖さに逃げるように改札口の階段を駆け上がる
「何で逃げてんだ」
僕は声が聞こえた
次の瞬間
またしてもあの痛みが背中にはしった
「う」
僕は思わず立ち止まって後ろを振り返った
「っあ」
僕はそれを見て固まる
それはチャラい若者風のキャップを被り
赤い赤毛を三本の三つ編みにして背中でまとめることで
方の下でブランコのように揺れている
そのジーンズのジャケットに
何処で買うのか
黒地にパッチパークが張ってあったり
張るべきところのはずなのに
ただ破けてすり減ってる場所もある
そんなよく分からない今風のズボンをはいた女
「赭猫」
それは僕の後輩弟子
「赭猫 夫銀」だった
その性悪の顔を憎しみを込めて無視して逃げようかと思うが
しかし、先輩弟子として
ここは先輩風を吹かせるべきだと昔は思ったが
しかし今は違う
ここで油を買っていたら
それこそ奴に火をつけられて自滅が関の山
僕は奴を振りきって階段を駆け上がろうとした
その脳裏には
破門を目の前にした僕にたいして
その裏でほくそ笑んでいる赭猫の姿が浮かぶ
僕は、奴が何を背中に突き立てたか何て後で良いから先を急ぐことにした
「先輩良いのですか」
妙に丁寧に話しかけられた
いつの間にか僕の先を先回りしてとうせんぼするかのように前にいた
「・・・・・」
僕は奴の股ぐらでもくぐり抜けてやれ追うかとも昔なら思っただろうが
しかしそんなことをすれば
この階段から蹴り落とされ
結果的に打撲捻挫骨折
さらには師匠からは破門とおまけに奴から痴漢容疑で訴えられかねない
僕は奴とは反対側
手すりをくぐり普段なら降りる用の階段を駆け上がる
「あっ」
それはそんな声を漏らすが
そっちに構っている暇はない
「ずるいですー」
何がずるいのであろう
しかし構っている暇はない
そんなことをしているうちに
もう時計の針は6時15分
あと15分以内に師匠の家の門をくぐり玄関に向かわなくてはならない
まるで干支を決めたときのあの大会を沸騰と思い出させるが
しかしそんなのんきなことも
またそんな栄光な事でもない
あるの入れなけれ僕という人間が破門されるだけである
少なくとも12年に一度でも祝われることはない
と言うかここ五年ほど誰かに祝われたことはあるだろうか
ささやかに自分をほめたたえることさえないような気がしてならない
僕は駆け上がろうとしたが
「先輩忘れ物ですよー」
無駄に黄色い声がそんな声が声援のような声量で僕の耳に入る
僕は仕方なしに振り返った
一体何を忘れたというのだろう
そこで僕が見たことは
いやみたものは
「何やってるんだおまえ」
そこにはスカートを翻してそれを露出させているわけでもなく
単純に僕の衣装ケースがあった
衣装ケース=着物鞄
僕はその物を見たとき急いで奴の行る場所まで向かうが
誰が何時場所を変えたのか
僕は奴とは反対側に
手すりを隔てて立っている
「それを返せ」
僕はその手すり越しに
奴の居たところまで駆け下りて
手を突き出す
しかしその横暴とも取れる態度の裏には
目を赤らめるほど血走らせた
そんな迫力があって良いと思う
と言うか迫力があったと思いたい
僕はとにもかくにも真剣にそんなことを言う
しかし奴はと言うと
無駄にかっこよく
そのフードの下の目に手を当てると
「ベー」と
下を当ててそのまましたのか居段に駆け下りて行く
「待てコラー」
僕は人間として尊厳も忘れて奴の後を直走るのであった
その後よく見ると僕の鞄は僕の右手に最初からあることに気がつき
それならあの電車に飛び乗ったのはでれだと
と言うかあの鞄はと
閉まるドアを前に焦るが
しかしよくよくよくよく考えてみたら
奴は、プリンを食品サンプルにして冷蔵庫に入れるような奴である
僕だけ和菓子が配られたとき
どうやって入れたのか
ワサビ入りにしたような奴でもある
そして最近では
僕の定期券を
わざわざ、何処にそんな金があるのか
自分の乗らない
僕の、師匠の家の近くまで行くそれを
回数券に入れ替えたのだ
そのせいで僕は
いつも渋滞に巻き込まれながらも
いつもなら定期券というさほどの
時間の食わない行為を
わざわざ切符を見せ
そして確認された後行かなくては、なら無いことになる
そしてそのせいで二度もの遅刻を電車に乗れず起こした結果
僕の起因する遅刻
僕を遅刻させる手はずで何も遅刻しなかった奴以外
たまたまそのほかの弟子の遅刻が重なったせいもあり
(その裏には全てあいつが絡んでいると僕はにらんでいる)
あの、あの師匠による「遅刻=破門」ルールが誕生してしまった
そのことについて
僕は悔やんでも悔やまれる
どちらにしても
とんでもない悪魔を生まれさせてしまったものだ
その結果不眠症の増加
暴飲暴食
過度のストレスに引き起こされる歯ぎしりのよる顎関節症
それにより発覚する虫歯、親知らずをヌケという宣告
さらには、その前に入れた銀歯のしたの神経がもう限りなく0に近いという事実を、何気なく笑いながら話される屈辱
歯のことに関して
僕は誰を恨めばいいのだろうか
このことに関して僕は本気で自殺未遂を考えた
あくまで死なない程度に死ぬことを
しかしどちらにしても
・・・苦しい
その僕を救ったのは
「結局歯なんて抜けるんですよ」
と
事もあろう事にアイツであり
そして過去にどうやって何があったのか
奴は全て総入れ歯だという
もし僕の目が節穴で
それこそ誰かに向かしくり抜かれて捨てられて
銀紙でも、突っ込まれていなければ
それは少なくとも二十歳前後に見え
事に寄らなくてもそれ以下の高校生と言っても誰も疑いはしないだろう
しかし、しかしなのだ
実際奴から年齢を聞いたこともなく
そしてしようにそんなことを聞くほどのものではないように思われ
そしてその何でもないようなことを聞くことにより
何かしらいちゃもんを付けられ
いじられかねない
と言うか機嫌を損ねかねない
「あのねこかわいいですね」
そう言っただけで川に沈められそうになった奴を過去に僕はしっている
あの人はむちゃくちゃなことをする
そしてそれが何かだったのか分からないようなことなので
触らぬ神に祟りはない
それが師匠と言う人間なら尚更だ
人間は完璧ではない
だからこそ余計あやふやであるのだ
それが特権を持ったとたん
それは非常に危険だ
どちらにしても
アイツの年は分からないし
それがどんなことをしていたか何て
正直探偵事務所に頼むようなこともしたくないし
と言うか出来ないし(費用的な意味合いが百パー)
どちらにしても僕は急いでいた
奴がこの際何歳で
それで果たして男なのか何てどうでも良い
僕は一キロの距離をもうダッシュでかけると
そのまま師匠の家の門の前にいた
居たのだが
そこで目にしたものは
いつの間にか居るアイツと
まるで鰹節を頭をはねてとっかえたような
そんな渋い顔の師匠
僕はそのまま門から入り玄関のとの前で止まる
急いで腕時計をみた
ギリギリ15秒ほど間に合っていた
「先輩アウトですよ」
「・・・しかし」
僕は今6:30になった時計を見せた
すると奴は自分の腕でにあるチープでポッップな地味な時計を見せた
どうせ百円ショップとかで買ったとか見せかけて
実はべらぼうに高いものなのだろう
しかし奴が毎日、ものすごく高い漢方薬を常用していたり
そしてその出所がこいつの親なのか
それともこいつかは知らないが
どちらにしてもその細腕を僕に見せ
その腕時計を見ろと指で指す
そのガラスの表面を軽くたたくので見てみると
なんと15分遅れていた
何て事だ
僕は自分の時計をみた
6:31
急いで奴の腕をみた
「変態」
そう言われたが見た
6:46
どう言うことだ
この時計が遅れているのか
それとも奴の
僕は師匠に言う
「・・遅刻ですか」と
それはニコリと笑って頷くと
「引っかかったな」と言った
何をどう言っているのだろう
どちらにしても不味いことになっているのは状況的に見て間違いはない
笑うはずのない人間が笑っているのだ
基本笑いなんて言うのはよろしいものではない
それこそ劇場やテレビ以外で笑うのは
実に危険
楽しくもないのに苦し紛れで笑ってしまうようならば
その人間は誰かに今まさに殺害されているようなものである
自分自身を自分で笑い
そして見捨てる
それを強要しておいる人間
僕はその人間について
あいつを見たが
しかし師匠に指図できるとも思えないし
大体師匠が自ら笑っているわけで
僕が笑っているわけではないので
この場合は当てはまらないだろう
しかし今師匠は笑っている
と言うことはどう言うことだ
僕は師匠をみる
すると師匠は僕を見て
そのまますたすたと自分だけ家の戸を開けると
何ともいやな笑顔で僕を手招きした
その狐面のような張り付いた笑み
僕はうすらさぶくなり
しかし行かなかったら
後で何が怒るとも限らない
僕はそれに従い玄関にはいる
中は五月の陽気な天気とは裏腹に
どこか寒いような気がする
いつもなら暑いと思っていたのは
気のせいだったのだろうか
僕は師匠の進む廊下に続く
その一戸建ての離れにしようの部屋があり
そこに師匠自慢のお宝カセットやビデオ
それ全て落語であり
まるで英国図書館の一角だけ切り取ってここに埋め込んだのでは
と言うくらい天井高く重圧のある本棚に置かれ
その中には「柳亭 痴楽の幽霊歌クシーのカラー映像」があるとかないとか覚酔笑の元本があるとかか無いとか
「死人酒屋のネタ帳及び、カセット」があるとかないとか
「遊郭の遊女の書いた三枚起請のもとになった起請」があるとかないとか
とにもかくにも
その空間には
時代の産物か
または時空卯を越えた黄金か
どちらにしても
端から見れがらくた部屋としか思えず
ここに入りたがるのは落語に興味のない人間にはないだろう
しかし普段なら厳重に二重に鍵で縛られている場所が
その日は何か不幸があるのか開いていた
そこに入ったのは弟子入り当日
その日師匠がはじめにその場所に招き入れて
一枚の紙に名前を書かせた
最近では何かと根性がない
だから紙に書かせるという
そう言うものかとかいたのだが
いざ入って後々それを聞いてみたら
僕以外にだれもそれを書かされていないと言う事実
そのことについて未だに師匠には聞いていない
聞いて怒って破門になるかも知れないと
そのころの僕は何の因果か運なのか
どちらにしてもその師匠の気の難しさを知っていたから
聞くに聞けなかった
そんな時に奴が来たなと僕は思った
それは雨降る日だった
その日僕は廊下を掃除していた
そんなとき何か音がするから玄関に行ってみる
しかし何か聞こえたかと言えばそんな事なんてなくて
もしかしたら昼間から泥棒か
そんなことを思った
と言うのも
その日10:00頃に師匠が劇場に行き
その日は、新弟子の僕は掃除を言い付けられ
それをやっていた
帰るのは今夜の10:00頃だと聞いていたから
多分師匠ではないだろう
だとすると何もいわずに入ってくる人間がいるだろうか
少なくとも陰気な兄弟子はいるが
しかし兄弟子ならどうで陰気なことを言っているに決まっていて
しかしその陰気さがない
それなら
陽気な泥棒なんて言うものがいるかどうかは知らないが
どちらにしても僕はその玄関に向かった
そしてそこを目にしたとき
そこには雨に濡れ
そしてその雨に濡れた赤いフード月の合羽を深く被り
ただ立っている人間がいた
「・・どちら様ですか、師匠は今」
そこまでいって僕は奴が何か声を発していることに気がついたが
しかしその声があまり小さいもので
僕はそれが声だとは思えず
大体雨音が僅かに聞こえたが
そのせいで余計聞き取れない
「・・何でしょうか」
僕はクビを突き出すように
それを聞くように近づく
玄関の縁に足がかかった
そんなとき
それは合羽を脱いだ
まさか全裸
そんなことが一瞬頭をよぎったが
最近何やら裸になって喜んでいるバカがここら変で出没しているという
きっと、それらがいるビーチに行けば恥ずかしくて脱げないような人間だろう
そんなことがその合羽を脱いだ人間の行動とは別に
脳裏を回っていた
「弟子入りして下さい」
僕は首を傾げて聞き返す「はい」と
「あんた誰」
それは僕を見て開口一番そんなことをいった
どうやら余りにフードが深すぎて
顔を見ていなかったようだ
しかしどう言うことだ
弟子入りして下さいとは
一体
僕はいくら考えても分からない
もしかしてももしかしなくても
そうなると単なる焦りから来る言い間違いだろうか
僕は落ち着かせる意味を持って
「まあ落ち着いたら」
そう言う
それほどまでにその人間は若いように目に映った
「あんた誰」
それは絶えずまたそう言う
「五番弟子だが」
「そう・・・なら弟子になるってしように言づてをお願いしたいのだけど」
「・・いやそう言うのは・・手紙か何かはある」
「無いです」
「・・・・また明日、明日なら時間が」
「無いです」
「そう・・・・」
「・・それじゃあお願いします」
「ちょ・」
それはそう言って撫で脱ぎ捨てたか不明な赤い合羽を持って外に
いく前に帰着して出て行く
僕はただそれを見ていた
「・・・どうしろと」
結局僕はそれを師匠に伝えることにした
「あの師匠」
「何だ」
いつも不機嫌な師匠だが
夜はやけに機嫌が悪い
どうせ明日も仕事だとかそんなことを考えているのだろう
妙なところで子供である
・・絶対口には出さないがそう思った
「実は師匠がお出かけになっている間
弟子に希望する人間が訪ねてきて・・」
「まさか赤い合羽の」
どうやら知っているようだ
もしかしたらあの後
でまちをして頼んだのかも知れない
それで知っているとか
「それで弟子にするのですか」
「いや」
師匠は首を振り
「俺はあいつに弟子入りすることになった」
とんでもないことを言ったのだった
事の成り行きをほかの先輩弟子に聞くところ
何でも師匠と大勢の前で落語勝負をしたらしい
その結果恐ろしいことに
師匠は負けたという
「どう言うことですか」
それについて先輩弟子は
「世の中は不思議だ」と
実に自分勝手に頷いて僕の前から勝手にフェイドアウトした
一体何がどう起こってそんなとんでもないことに
と言うか
そうなると僕らは弟子に弟子入りした状態になるのか
しかし実際そんなことは起きず
それは僕らが入る場所に出入りを始め
そして僕のことを先輩と呼ぶようになるも
一行として師匠が稽古またはタメ口を聞いたこと
大体紹介もなく
それが果たしてどういうポジションに位置するかも分からない
ただ
そう
ただ僕の暫定的な不確定な座には
弟弟子と言うことにしてある
そんな奴と初めて会う前にいたただの廊下を渡りその扉があるところまで行き
僕は中にはいると
師匠がこっちに来いと
そのへやにやけに近代的なテレビ前に座らす
するとそこに移っているものが目に入ったのだが
そこに写っていたのは
そこに写っていた自分自身の姿を見て
僕は唖然とする
それは寝ていた
そして寝ている僕は徐々に巻き戻されて行っていた
その証拠に時計の針が逆方向に回り続け
ちょっと奇っ怪なデモテープみたいになっている
その奇っ怪な映像の中で僕は時間を巻き戻され
ついにはあの鏡の前で三回ほど練習した僕
軽い夕食を食べる僕
部屋から出ていく僕
そして・・
今度はいってきたのは
僕ではなくそこに写る不振人物は
師匠ではなくあいつだった
それは何やらポッケットから出すとつくえにそれをおいた
そしてそれには確実に見覚えがある
今朝方師匠の家に付いたとき忘れたと思った腕時計である
・・・と言うことは
あいつが何処でどうしたかは知らないが
それをとっていたとしたらなまじ納得せざる終えないかくしんてきな理由だろう
そしてその人影は僕の家の時計までいじくり出て行く
どうやらそう言うことだったらしい
「・・・・何がしたいんですか」
僕は師匠に言う
「・・・・時計くらい新しいものを持ちなさい」
師匠はそう言うとポッケットから時計を出した
それは僕の持っている時計にうり二つであり
そうなると
僕は腕時計を
自分の腕時計を見ることにした
するとそこには
全く同じものがある
「・・・」
「君は少し自覚症状がないらしい」
「何がですか」
「奴のことを君は知っていないのか」
奴とは一体誰だろう
「わしの師匠だ」
「・・・あれ本当だったのですか」
・・・・君は彼女を何時知った
「・・・あの、師匠の家で」
「・・本当か」
「と言うと違うのですか」
「わしが聞いているのだ」
「・・・・昔・・覚えがありません」
「・・・・・・奴はおまえに惚れたとは思えないか」
「・・・・・・・・冗談は寝ても言わないで下さい」
「・・・・・・」
「しかし、本当に師匠は奴と」
「師匠」
「師匠と戦って負けたのですか」
「・・・いやそれは嘘だ、師匠は元から師匠だ」
「何の師匠なんですか」
「・・・子供の師匠だ」
「子供」
「あの人は、わしが子供の役に力を入れ始めたとき血の傘と呼ばれたあの日の被害者の中の一人だった
そのとき、被災者演芸会などでわしもそれについていったのだが
そこで彼女と会ったわけだ」
「ちょっと待って下さい・・それと師匠と一体」
「そこで彼女の語った話は
何処までもわしの心をしびれさせたわけだ
これだ、これだと」
「子供がそんな話をしたのですか」
「・・・こころだ」
「こころ」
「面白いことが書いてあるから面白く言える分けじゃない
そしてそのとき聞いたのは
落語であり
また落語とは別のルートをたどった本当の話芸だった」
「・・・そこで師匠は師匠にあったと」
「そんなとこだ・・・でだ、どうしてお前が奴と会ったかだが」
「ええ」
「お前最近まで辛房に住んでいただろ」
「ええ」
「そこでお前を見たらしい」
「・・・・え」
「あの人は落語の師匠ではない、しかし今現在看護師として付いてきて貰っている」
「はぁ」
「それでまあお前に気を引こうと・・いる」
「・・・・・・」
かくしてその日の修行が始まろうとしていた
「あの破門のけんは」
「・・・・・」
それはなぜかとびらを見ていた
そして何となくその奥にはあの女がいるような気がする
今まであまりの怒濤さに気が付かなかったが
良く見るとかすかに雨の匂いに混じって
雨音がする
どうもあのときとにている
幽霊ではないと良いが
そんなことを思いながら僕は振り返って僕を見た師匠を睨み返したのだった