TS魔女は引き籠もりたい
話をしよう。
アレは全てが終わり、今が始まった時の話だ。
どのくらい昔だったか、今から数えれば一年くらい前の話かもしれない。
全ては、崖下から始まった。
「ルミーナ、魔王は!」
「多分、こっちの方から何か感じますね」
崖下に辿り着いた私達は、ゴツゴツした岩場に何とか立った状態で眼下の魔王城をどうするか考えていた。
そして、考えた末にルミーナと私の感知で場所を探し、そこ以外を魔法で吹き飛ばすということにした。
ルミーナは悪魔とか天使が居なくなった副作用か、何かが欠けているのか私よりも魔力のようなエネルギーに対して感覚が鋭敏になっていた。
その証拠に、ここら辺にと岩を退かせば死にかけた生命力の強いモンスターなどがいたりする。
なお、虫系が多いので全員トドメを差している。だってキモいからだ。
「虫ケラどもが」
「いや、本当生命力強すぎでしょ。というか、魔王どこだし!」
時間がなさそうなのに一向に進まない作業に苛立ちを募らせていると何かが聞こえた。
それはよく聞き取れない籠もったような声だ。
「おーい、誰かいるのか?」
「そこだぁぁぁぁ!」
私は声のした方に手を向けた。
瞬間、魔王城の瓦礫は弾け飛び何かの姿が露わになる。
それは、角の生えた男だった。
赤い長髪、白い肌、黒い爪は鋭く、肩パットが付いた変な鎧を纏っている。
そんな男が泥だらけで瓦礫から救出された。
「なんだと、人間だ!」
「いや、こっちのセリフだわ!」
「まさか、俺が身動きを取れなくなっている間にここまで接近されるとは……よく来たな人間よ!」
瓦礫の中で、魔王は仁王立ちしてそんな事を宣った。
因みに、そのセリフは魔王城の玉座の間とかで言う物であって、瓦礫の中で言う物では無い。
つまり、すごい場違い感である。
「いつカーマインが負けるか分からない。時間が無いわ、喰らいなさい!」
「フッ、良いだろう。俺は運命で死ぬことは無い。自らの無力差を自覚してから死ぬがいい」
「アンタみたいに舐めプする奴は、魔王軍の中では初めてよ」
こんなチョロい魔王で大丈夫か、まぁ王様だから慢心してるんでしょうけどね。
特大の魔法陣が展開され、魔王の足下を中心に広がる。
この私ですら、一瞬で展開できないような大規模な物だ。
正直、痛めつけてから使うつもりがこうも一撃入れさせてやるみたいなスタンスだと楽勝である。
ありがとう神様、日頃の行いが良いからに違いない……神様って私だった。
「喰らえ、ワールドトリップ!相手は転移する!」
「ほぉ、マグマの上にでも転移さ――」
魔法陣から発せられる光が大きくなり、周囲が目も開けられないほどに眩しくなる。
同時に、地面が大きく揺れ地震が発生する。
揺り戻しが起きようとしてるのだ。
この状態を、利用して私は同じ魔法を行使した。
「ワールドムーブ!」
「さっきと名前違う!?」
「雰囲気だからいいのよ!」
そして、私達は光に包まれた。
眉を顰めるほどに太陽が私達を照らし出す。
どこか懐かしいと思え、そして生まれて初めて耳にする虫の鳴き声が響く。
蝉だ、あの世界にいなかった蝉の音だ。
「うお、ろういー」
「いてうなぬやけいれや」
規則正しく音を鳴らし、早く行けと催促する信号の音。
排気ガスを出しながらエンジンを吹かして移動する走行車。
携帯を弄りながら、歩きながら移動する人々。
私は、戻ってきた。
懐かしき、元の世界にだ。
「こ、ここは一体……」
「ふむふむ、火よ出ろ」
手の平を掲げながら、そんなことを言ってみたら炎が出た。
凄い、魔法は継続して使えるみたいである。
この世界で使える魔力に限りがあるとかそういう感じになるかと思いきや、普通にこっちにも魔力はあった。
少し文字化けしているというか看板の日本語が読めないところがあるが記憶が薄れているからこんなもんなのかもしれない。
ちょっと座標がズレたんだろう。ホラーのパラレルワールド的な感じだ、多分。
「なんか銀色の服を着た変な人達が集まってきましたよ」
「座標設定忘れて、ちょっと違う世界に来たみたい」
そういえば、聞こえてきた言葉も可笑しかった気がする。
しかし、知っている言葉が銀色の服を着た人間から聞こえた。
「そこ、からうご、かない、で、くださ」
「やっぱ違うわ、この世界」
私はルミーナの手を握ったまま走り出し、適当な通行人のオッサンの肩に触れた。
「えっ?」
「どっか行ってくれ」
同時に魔法を行使し、オッサンをどこかの異世界に飛ばしながらその反動で私は世界を移動する。
ぐにゃりと世界が歪み、それでいて近しい世界へと変っていく。
恐らく座標の数値のような物が一個ズレたんだと思う。
そこを私の記憶を基準に変数として当てはめて、移動をする。
オッサンは、どっかランダムに異世界に行ってしまうことだが私には関係ない話である。
「うお、レイヤーさんだ」
「暑いのによくやるよ」
同じような場所、路上には車や人がいてメイドさんがチラシを配っている。
店頭には沢山の扇風機が首を動かし、テレビには横にあるカメラの映像が映っていた。
看板は……私の知っている日本語で書かれていた。
「すみません、ここってどこですか」
「えっ、えっ?ユーキャン、スピーク、ジャパニーズ?」
「ここ、どこ、ですか?」
「秋葉原です、秋葉原オーケー?」
この外人に対する塩対応、そしてうろ覚えの日本語の会話が通じる。
どうやら、私は目的の世界にやって来たようだ。
そそくさと居なくなる通行人を見送りながら、私は小さくガッツポーズした。
「炎よ」
ボフッと、ちゃんと魔法は使えて問題ないことも証明された。
魔法で戸籍とかどうにかなりそうである。
「鳥よ」
「おぉー」
「瞬間移動!」
「すげー!」
手から鳩を出したり、一瞬でちょっと離れた場所に移動したり。
空中に浮いてみたりと、一通り魔法を試して大丈夫なことを確認する。
「えっと、なにこれ」
「セレス様、人が集まってます」
「帽子よ出ろ」
「凄いです、帽子に人がコインや紙を!おひねり何ですか、そうなんですね」
通行人が集まってスマホを向けたり、財布からお金を出して帽子に入れる様子を見ながら私は確信した。
私、マジシャンの才能があるのかもしれないと。
「よし、ルミーナ役所に行くわよ!そこで戸籍作って、マジシャンとして生活するわ!」
「すごい、よく分からない場所で今まで以上にセレス様が輝いてる」
「栄光の未来が私達を待っているわ」
そして、私達はスマホを持っている人に道を聞きながら役所に行くのだった。
誰かが揺するから、私は目を覚ます。
揺すったのは、晩ご飯が出来たことを知らせるルミーナであった。
随分と懐かしい夢を見たなと、あくびをしながら私は目を擦る。
「セレス様、ご飯が出来ましたよ。またゲームですか?もう、ぐうたらして」
「良いんだもん。グラビアとかテレビの仕事したから休んでも良いんだもん」
「ダメですよ。マネージャーとして、その発言は如何な物かと思います」
「アンタも、随分とこの世界に染まったわねぇ……」
クーラーがガンガンに効いた部屋で、タンクトップにホットパンツの私はベッドから落ちるように移動する。
あぁ、リビングまで移動が面倒だ。
そんな私にため息を吐きながら、ルミーナは席まで私を運んだ。
因みに晩ご飯はおでん、夜景が見える高層マンションで夏におでん。
景色を見ながら食べるなら、ステーキとワインとかだろう。
こういうチョイスは異世界だなと思わずにはいられない。
「おでんかよ……でも旨い」
「夏ですけど、食べたくなったんですよね。この部屋、寒いし」
「良いんだよ。だって、涼しいと引き籠もりやすいじゃない」
そんな事を言う、ルミーナに生返事しながら私ははふはふとおでんを食べるのであった。
魔王とか勇者とか色々あったけど、私が幸せなら問題ない。
きっと、カーマインの奴は勇者を倒して魔王も倒して幸せだろう。
確認する気はないが、気が向いたらあの世界に戻ってもいいかもしれない。
「働かない日に喰う飯ほど旨い物は無いな、休日最高だわ」
まぁ、今はわりと不満の無い生活だった。
「働きましょうよ。スケジュール埋めますね」
訂正、不満はあった。
「ルミーナ、私はもう貯金で暮らすぞ!貯金で、引き籠もる!」
「こらこら、どこかの吸血鬼じゃ無いんだから」
「働いたら負けだから!諦めて私を引き籠もらせろ!」




