あえて魔女は魔法を分類する
徒然なるままに手慰みに私は手紙を書いていた。
他愛もない内容を送る相手は、最近ストーカー予備軍だなと思う婚約者殿だ。
婚約者殿と出会ってから半年が経過した朝の事である。
「私の手紙に対して数倍の量を書かれると、読むのが辛いわ」
部屋は静かだった。
私が捲る羊皮紙の擦れる音くらいしか其処には無かった。
そんな中、私が愚痴を溢すと部屋の片隅から声が聞こえた。
「いいじゃん、愛されてる証拠だろ」
「愛が重い。こんな愛なら、愛などいらぬ」
その声の持ち主はいつの間にか部屋に侵入していた我が愚弟であるカーマインだった。
どうやら、私の持って居る本を読んでいたらしく窓際に本を積み上げて読書に明け暮れていた。
日差し……まぁいいか、魔法でどうにでもなるし。
「そういえばさ」
「何よ」
「手紙の内容ってどんなの?俺、婚約者とかいないから気になるわ」
「何それ、婚約者の有無関係ないよね?」
まぁ、別に知られて困る内容ではなかった。
魔法の話が八割、愛してるとか歯の浮く台詞が二割くらいの内容だからだ。
最近は、魔法の分類でもして体系化出来るかどうか議論していたっけ。
ひょいっと、私の横から手紙を取って得意げな顔をカーマインは向けて来た。
別に返して欲しいとか思わないから、無反応でいるとカーマインはつまらなそうに顔を歪める。
返してよ!と私が慌てると思ったのだろうか、馬鹿め。
「うへぇ、何だよ勉強の話しかよ」
「趣味よ、趣味」
「姉ちゃんの魔法は学問レベルだぜ。趣味のレベルじゃないからな」
「ふーん」
どうでもいいよ、と私が返すとカーマインはいいかと説明し始めた。
「趣味の範囲の魔法ってのは、しょぼい奴だ。姉ちゃんのは普通に戦闘に使えるだろ?もうそれは技術であって、普通は勉強しないと出来ないレベルなんだぜ」
「アンタ、誰に聞いたの?騙されてるわよ」
「っていうか、姉ちゃんの常識が間違ってるんだよ。独学で戦闘できるレベルまで魔法を使える方が可笑しいからな。なんのために魔法学校があると思っているんだよ」
魔法学校と聞いて、そう言えば婚約者殿が通っていたなと思い出す。
魔法学校か、組み分け帽子とかあるのかな。
「でも行く意味はないのよ。ただの馴れ合いと時代遅れの御高説があるだけの場所だから」
「何で通ってない姉ちゃんがそんな事言えるんだよ」
「ソースは婚約者」
「あぁ、ローグさんの手紙か。あの人意外と腹黒いよな、普段からそんなこと思ってるなんて絶対友達いないぜ」
愚弟よ、本当の事だからそっとしておけ。
我が婚約者殿は魔法が友達みたいな人だからな。
っていうか、魔法を取ったら何も残らないくらい気持ち悪い人間である。
「まぁ、少なくとも間違ってはないよ。属性を間に挟まないと魔法が使えないとか嘘の知識を教えてるしね。この間、無属性っていう物が発表されたのに勉強不足だわ」
「無属性ってローグさんが見つけた新しい属性か」
「私が普段使っている腕とかアンタの身体強化も無属性よ」
「へー」
自分で聞いていて、大して興味がないんだなと私は呆れ果てる。
しかし、魔法に関しては飛びぬけている婚約者殿が言う事なのだから強ち間違いではないのだろう。
世間じゃ神童とか言われてるらしいし、何それ恥ずかしい。
神童だとか天才だって子供の時だけだし、大人になっても言われてないし、っていうか黒歴史確定だよね。
「そういえばさ、姉ちゃんとローグさんどっちが強いの」
「私に決まってるじゃん。まぁ、私のは一代限りの変異らしいけどね」
「どういうことだよ」
困惑する弟に、私は最近議論していた魔法の分類を読み上げる。
魔法、この世界に存在する埒外の技は幾つかに分類できる。
象徴魔術、文字や数字などの記号を用いる、それ単体に意味はないが意味を持たせる組み合わせによって発動する魔法。魔法陣や歌、装飾などで詠唱の代わりを行っている。
色魔術、色と言う存在の共通点から発動する魔法、炎なあら赤い布から水なら青い布からと連想できる色から現象を引き出す魔法。
付与魔術、魔法や概念を付与する魔法。そうであるように書き換える魔法である為、普通の剣は炎の剣であるとか重い岩は軽い存在であるとか、意味を付与して状態を変化させる。
使役魔術、魔力を糧に実体のない存在を操る魔法。
精霊魔法とか悪魔支配、天使召喚など此の世ならざる者に関する物は大体この魔法。
独自魔術、特定条件が必要で教える事が出来ないような魔法。
私のはこの分類に入る。
「俺が聞いているのより少ないけど?」
「魔法は曖昧で分類されてないからね、自分が魔法だと思ったら魔法なんだよ」
「それは極論じゃない?」
「使役魔術でしょと言って、精霊魔法だ死霊魔術と一緒にするな!とか怒る奴はいると思う。同じ精神生命体の使役でも存在が違うって言い張る訳だよ」
結局は同じだと思うけど専門家的には違う存在らしい。
魔術か魔法かの違いみたいな物である。
素人目に見て不思議な事に代わりないのに、それは魔法でこれは魔術と私達は分けているからだ。
魔術か魔法か、それは時代によって知名度があるかどうかでの違いでしかない。
ある地方でマイナーだから魔術と呼ばれていたら、ある地方ではメジャーな技術だから魔法と呼ばれていた。そういう風土とか歴史的な違いしかこの世界には無かった。
自分達が重視しているのが魔法、見下してるのが魔術という感覚で良いだろう。
「まぁ、俺からしたら天使も悪魔も精霊もおっかない見えない何かだしな」
「言い方なんてどうでもいいんだよ、ただ婚約者殿は別々の事を同じように語られたり同じことを別のように語られるのが気に食わないんだって」
「って、脱線してるよ。姉ちゃんの魔法の話しだよ」
「あぁ、何て言うかイメージが魔法に影響を与えるでしょ。独自魔術を使う奴等は人とは違う価値観って言うか常識を持っているみたい」
普通は独特の考えを抱いても周囲に否定されたりすると、無意識に違うのではと不信感を抱いてしまう。
それだけで、その考えは間違いだからと魔法に影響が与えられる。
この世界の人間で言うならば、魔法は詠唱もしくは詠唱の代わりになる物が必要という常識が影響を与えて無詠唱ってのは無理な事だと思われている。
無理だと思ってしまってるから、みんな出来ないのである。
「私のを無理矢理説明するなら、投影魔法に近い独自魔術だね。イメージを投影する魔法に原理は近いけど、その結果が実在する現象になるってのが非常識らしい。身体が剣で出来てる訳ではないよ」
「何言ってんのかわかんねぇ……」
「想像、流出、具現、固定、維持、こういう過程を得ていると推測してるけど。ようは考えた事が実現する魔法があると信じきった結果出来た魔法だと思えばいいよ。だから、まぁインチキだよね」
独自魔術は魔法として認められない、だから僕は負けてないと婚約者殿の言葉である。
たぶん、子供特有の負けず嫌いではないと思うよ。
分かったような分かって無い様な顔で、カーマインはふとした拍子にポンと手を叩いて納得したような表情を浮かべた。
「つまり、俺のスゴイ回復力と筋力は魔法なんだな!だって、魔力使うし!」
「それはどうだろうか」
「鋼鉄の身体、不死身の回復力、人外の怪力、すなわち英雄魔法!」
「どっちかっていうと、化け物?いや、つうか脳筋しか使わないだろうから脳筋魔法だろう」
我が弟の得意な魔法はダサいなと思う今日この頃だった。