自覚して魔女は弟子を取る
世界には独自の神話が根付く。
それは人が紡いで織りなし一つの物語として確立した共通認識である。
誰もが知っているならそれは、認識の中で型作られた世界である。
そんな世界はすべての人に繋がっており、人が知る限り維持される。
「つまりは、私の素晴らしさとかあることないこと刷り込んだらそれが神としての不滅となる訳よ」
「どういうことでしょうか?」
「私の神話を知っている者がいなくならない限り、私は不死になるという訳よ」
私が死ぬことについての条件を考えるならば三つの条件を満たす必要がある。
一つ、肉体の死を迎えること。
二つ、神として人々に忘れられること。
三つ、二つの条件を同時に達成されること。
魔王退治なんていうのも口実で、限られた世界の資源を奪うのが目的だったりする。
信仰の奪い合いこそが、神々との戦いである。
うん、魔王なんて倒したら絶対邪神とかの裏ボスが出るに決まってるもん。
「フフフ、これで絶対死なないぞ。死なないで好きなことするんだ。引きこもりたいのに働き過ぎなんだよ」
「セレス様セレス様、そういう企みってバレると思うんですけど」
「うぐっ……な、何とかなるはず」
世界規模で考えたら、一国の一部しか知られていないマイナー神な私だけど出世するのだ。
世界に魔王を倒した神としてメジャー神に駆け上がり最終的に上から指示を出してきた神を蹴散らして神のトップに立つのだ。
「フハハハハ、さてと寝るか」
「はい、おやすみなさい」
翌日、改装した家の前で黒猫がにゃーんと鳴いていた。
猫の身体を与えてやったローグである。
ローグの後ろには子供が五人、それも全員女の子である。
年齢は恐らく十に満たないくらいで、たぶん農奴かなんかだと思う。
服が、奴隷とかが着る襤褸だからね。
「おはようセレス、もう昼だけど僕が頑張って信者を作ってきたよ」
「うーん、夜になったらまた来てくれる?」
「駄目だよ。だいたい、君以外は先に進んでるんだから遅れると面倒になるよ」
ローグの言葉に自分がどうやら寝坊したことに気づく。
いや、起こしてくれも良かったと思うんだけど……まぁ、追いつけなくはないけどさ。
「さぁ、早く彼女達にも魔法が使えるようにしてあげてよ」
「うーん、ちょうど昨日思いついて試したいことがあるんだけど」
「信者作ろうって言ってたのに実験するのかい?君は考えがコロコロ変わるな」
失礼なことを言われたが、本当にそうなのか横にいたルミーナに確認するとルミーナは首を縦に振った。
えっ、そんなに私の考えってブレブレだろうか。
「当初の予定では、勇者とアマーリア様だけを送り込んで魔王の目の前で置き去りにして殺す予定でした」
「そういえばそうだったわね。でも、結局殺すのだしついでに魔王を倒して信仰ゲットにしてもいいと思うの」
「お好きなようにすればいいんでは?」
「えっ、なんか呆れてません?ちょっと、そういう態度ムカつくなー」
「然様ですか」
まぁ、魔王の前から直前に逃げ出して二人だけで戦わせるという方法も考えたけどそれで確実に殺せるかも分からないし、私が手を降した方がいいかなって思ったりしたのだ。
さて、それは置いといてちょっと弄るとしよう。
「はーい注目、これから皆さんに実験もとい魔法が使えるようにします。反対は受け付けません、というか貴族に口答えと手打ちでーす」
「私達はどうなるの?」
「目論見通りならば、カタログスペックの高い魔女になれるでしょうねぇ……失敗しなければ。私の一部と魂の一部を入れ替える。極少量だとしても質は違う魂だから、それはなんていうか水に砂糖を溶かすような物よ。味、溶かしたら変わるでしょ?人としてのレベルを数段階上げられるはずよ」
ただし、魂が耐えられるかとか何が起きるかは分からない。
まぁ、私の知的好奇心が満足できそうだから問題ないけど、例え私にも危険があろうとも魔法の研究の為なら仕方ない。
私の言葉に五人のうち、四人は無反応であった。
ただ、一人だけ此方を強い眼差しが射貫いていた。
私はフフッと笑って至近距離から覗き込む。
すると、その視線は更に強くなった。
「いい目をしている。気の強そうな顔は好きだ。顔はガリガリ過ぎるが然るべき処置を施せば私の好みになるだろ」
「貴方は、人を見ていない」
「うん?」
はて、と小首を傾げながら発言を吟味する。
彼女は、最初に私に質問した一人で恐らくはこの五人組の纏め役だ。
そんな彼女が私に対して指摘したわけだが、その意味が分からない。
「小さな身体を震わせて、何を恐れているのかしら。いいわよ、好きなことを言って」
「貴方は誰でも良いんだっ!別に私じゃなくたって、誰だって!」
「それは君達農奴が代わりが効く存在故に感じている劣等感の類いだと思うけどね。私には君達が必要だよ」
「私は……私は特別になりたいっ!他の子と一緒なら、ま、魔女になんかっ……」
その姿は正直説得力がなかった。
顔を涙で濡らして、服を思いっきり握りしめて如何にも痩せ我慢していると言った感じだ。
なんだろう、魔法少女になりたいみたいなヒーロー願望的な奴なのだろうか。
別に誰でもって訳じゃないし、幼女とか少女とか女の子が好きってだけで……いや、確かに特定の個人が欲しいと思ったことはないな。
「あぁ、よく考えればフィギュアに近いのか。観賞用に手元に置いていて、個人を求めているのではなく幼女とかを求めてるのか」
幼女というキャラのフィギュアがあったとして、それが欲しいのではなく同じ物であれば別にいい。
それが手に入らなくても別の幼女であれば同じ種類だからと許容出来てしまう。
同じ物が二つあり、片方が汚ければ新しい方を選ぶような。
これじゃないと駄目、同じだけどこっちには思い入れがあるからとかそういうのはない。
確かに個人を見てはいない、よくよく考えれば私はルミーナ以外の名前を手元に置いている人間で覚えていないかもしれない。
「中々面白い審美眼だ。本質を捉えているのかもしれない」
「まぁ、セレスが駄目なのは今に始まった話じゃないよね。幼い女の子が好きって大人の女にコンプレックスでもあるのって感じだし、こじらせてるよね」
「うるさい猫ね、中学生あたりから性格が捻じ曲がってくのよ。私は綺麗な心が好きなだけ」
この世界はその点、精神的に純真な奴らが多い。
生きることに精一杯で余計な事に考えが至らないからかもしれない。
っていうか、年齢が高いと醜い感情を向けられる気がして生理的に無理なのかもしれない。
何アイツ……キモっとか思われたら、死にたくなる気がする。
「自分の事が少しだけ分かったから気分がいいな。よし、特別にすればいいんだろ。他と差別化を図って、でもって特別扱いすればいいんだろ」
「うわっ、逃げるんだ君達!アイツ、ろくでもない事を考え、むぎゅっ!?」
「よーし、お前達を私の弟子にします。お前達五人は特別に弟子にしてやる。さっそく、試練を与えよう」
自分の中にある魂を感じ取り、それを切り出すように捻り出す。
途轍もない喪失感に襲われるがそれは魂が損傷したからだ。
半分に切り出した魂を更に細断し、一割ほどの容量を手元に集める。
それにより、私の右掌の上には五つの黒い玉が乗っていた。
嘘、私の魂ってば真っ黒。
次に左手で一人ずつ指差し、軽く振るう。
「うっ……」
「えっ、何がっ……」
「あぁ……」
「…………」
「へぶっ!?」
振るうたびに胸からビー玉程度の魂が抜けて来て、私の口の中に入ってくる。
満杯のコップに注いでも零れるように、入れる分だけ減らさないといけない。
損失分を補填したが、やはり別の魂だからか違和感というか気分が優れない。
弱体化している気がしないでもないが、代わりにコイツらが死なない限り私も死ななくなった。
なんか、前世の映画でそういうのがあったようなないような、魂を引き裂いて他人に入れるなんて発想がある奴はいないと思うけどね。
「さぁ、願わくば君達の魂が押し潰されないことを期待しているよ」
そう言って、私は手に持った玉を彼女達に与えた。




