呼び出して魔女は復活させる
「着きました」
先頭を行く馬車が停車する。
草原と轍の残る道の先、木製の稚拙な柵に囲まれた石造りの家々が見える。
そこは中継地点となる村であった。
村の中では井戸から水を汲み上げている最中に自分達を見付けたのか、桶を持ったまま此方を見る女の姿が見えた。
他にも家のドアを開けてなんだと村の外を見る男や、はしゃぎまわる子供の姿もあった。
そんな村の入り口で、アマーリアが横にいた勇者に話しかけるように今後の予定を話す。
「ここらで一度休みたいと思います。何日も馬車や野営では疲労が溜まりますからね」
「アマーリア、全員が泊まれるのかい?俺の時とは別のルートだけど」
「すべては教会で手配しておりますのよ、勇者様」
アマーリアと勇者は今日の宿屋の話をしていた。
勇者の疑問は、恐らく前に魔王に挑んでいた時の事を思い出しての発言だろう。
荷馬車に物資を搬入とかする為に、買い物計画まで立てているようだった。
魔法で用意すればいいと思うが、現地で買って地方にお金を落とすとかそういう深い考えがあるのかもしれない。
「一応、言っておくけど姉ちゃんぐらいだからな。魔法でなんでもできるの」
「こいつ、私の考えてることを……」
「馬鹿だなぁ、姉ちゃんは」
姉を馬鹿にするとは何事か、と腹パンしてやる。
馬鹿め、女のパンチだからと油断したな。魔法で強化しておるわ。
脂汗を掻きながら、私のパンチによってカーマインが崩れ落ちる。
そんなアホな弟は放っておいて、先に宿屋を探す。
なに、村には宿屋があるものではないのか?村人に聞いたら、宿屋なんてなかった。
しかし、教会で寝泊まりって大人数だし汚いしで嫌だったので、空き家がないか聞きだしてそこに向かった。
意外なことに、空き家は結構多くあった。家を建てるのも大変だから、基本的に人が死んだ場合は残ったりするみたいだ。
いわゆる、事故物件って奴だろうな。
「ルミーナ」
「はい」
私達がやってきた空き家は雑草だらけの畑が横にある石造りの小さい一軒家だ。
建て付けの悪い扉を開けると中は埃やクモの巣などが張っており、数年は人が住んでいないというのが窺える。
ただ、それにしては人の気配のようななんかいそうという雰囲気がする場所であったのでルミーナに探らせた。
「寝室らしき方に何かいましたね」
「なぜに過去形?」
「食べました」
ルミーナの背中から影の悪魔が出てきて、ご丁寧にナフキンで口元を拭う仕草をする。
なるほど、ゴースト的なものがいたんですね。
まぁ、邪魔なものがいなくなったならと指を鳴らして魔法を発動する。
それだけで、中の物が時間を巻き戻すかのように動いていく。
腐ったり倒れていた家具が独りでに動いて新品のようになり、埃やクモの巣などは自然と溶けるように消え去っていく。
私の足元を中心に床の色が古いものから新しいものへと変わっていき、いままで誰かが居たかのように暖炉の火が付き、キッチンに料理が出来上がる。
「こんなものかしらね」
「お見事です」
ついでに試したいことがあったので、革のソファーを呼び出し配置しながら本を取り出して読む。
その本を頼りに魔法で絵を描くように魔法陣を床に刻んでみた。
ちょっと、呼び出したいものがあるのだ。
「召喚陣ですか?あっ、猫ですね」
「猫ね、死んでるけど」
呼び出す際に魂が壊れるから禁止されている魔法だが、中身はいらない場合には適している魔法を今回は用いて猫を呼び出した。
結果、刻んだ魔法陣の上には死んでるんじゃないという感じで寝た猫が現れる。
いや、一応呼吸もしているし体温もあるので生きてますよ。精神的には死んでるけどね。
でもってそんな猫の中に空気中に散らばる原子の一個を掴んで混ぜる。
何を言ってるか意味不明だが、全部魔法でやってるのでできるからいいのである。
でもって、その原子を元に情報をインストールするように掻き集めると……
「わぁ、びっくりした。なんで猫になってるんだよ。というか、猫なのにしゃべれるって、声帯がおかしいだろ、絶対」
「猫が立ち上がって喋りましたよ」
「またお前か」
驚愕する猫の中の人、もといローグの完成である。
やったね、俺自身が魔法その物になることだみたいな状態から肉の体を得たよ。
正確には原子に記憶されるとかいう意味が分からない状態を、猫の体に記憶されるという状態にして存在の情報とやらをぶちこんだだけである。
大丈夫、発狂しないと思うよ実験したからね。
「どうして、猫になってるの?っていうか、普通夫を猫にするとか狂気の沙汰なんですが」
「猫に見えるけど調整したつもり、喋れるだろ?」
「あぁ、猫の体だと拒絶反応とかある感じか。じゃあ、猫型ホムンクルスとかそんなかぁ」
いや、呼び出した最初は猫だけど混ぜるときにちょっといじって調整したんですよ。
あの一瞬でそこまで、とか私ってばやるなぁ。
まぁ、これで四六時中色々なところに奴がいるとかいう事態の解決ができた。
気づいたらいるとかホラーだからな。
「あと、猫の使い魔とか欲しかったし」
「アマーリアさん、肩に鳥とか置いてますよね。一応、神様ですけど」
「そんな理由で、僕を猫にするなよ」
「僕、ログえもんとか改名するか」
不思議な魔法で叶えてくれる感じです。
なんやかんや文句を言う割に、猫みたいに伸びをしたりゴロンとしたり順応してやがった。
順応早っ、もうお前猫になってるで。
「まぁ、いいんだけどね。肉の体とか失ってからいいものだと気付けるよ」
「とりあえず、私の補助とか眷属を増やしてな」
「僕と契約して眷属になってよって言うんだね」
「おいやめろ」
私が喋ったネタとか使ってくるんじゃないよ、あと将来が洒落にならなくなるわ。
とりあえず、やってほしいことは伝えたので猫改めて死んだ夫ローグを外に出す。
この村にいる幼女とか女の子とか少女と契約してくるまでご飯抜きなと送り出してやれば、ニャーニャー言いながら仕事しに出て行った。
「ご飯はどうしましょうか」
「麦に野菜スープでもぶちこんでやればいいだろう」
「ねこですもんね。玉ねぎとか入ってますけどたぶん大丈夫ですよね」
本当は猫とかにネギはダメだけどね、最悪死ぬから。
でも、一応元は人間だし猫に見えるだけで猫じゃないからセーフです。
ルミーナがよそってくれた食事をとりながら、今後のことを話す。
予定などは全部ルミーナが聞いているからだ。
ルミーナは話しかけると一旦食事の手を止めて、人差し指を頬に当てながらそうですねと答える。
「確か、あと村を三つ、街を一つ、そして砦に向かってから魔王の処ですかね。ただ、砦以降はすごく距離もありますし、魔王の軍勢が広がる荒野しかないので、砦で終わりですかね」
「砦とやらに付いてからは冒険する感じか」
「恐らくは、ただ勇者達の時のように少数精鋭でないので絡まれるでしょうね」
そりゃ、軍勢が自分達の所に来たらすぐに分かるから当たり前である。
ただ、その方が早いというのもあった。
切迫した状況ではないが、私が楽をするためには早めに魔王には死んで貰った方がいい。
本当は関わりたくないけど、行軍するのは必要なことだろう。
「取りあえず、この村で布教することを今は考えておきましょう」
「そうですね」




