抜いて魔女は入れてみる
魔王うんぬんをどうにかして引き籠もるという状態に原点回帰したいと思いながら、馬車を盾に様子を見守る。
いや、私ってば魔女だし後衛職だから直接戦うのはちょっと……。
時間も掛かることなく盗賊達が到着して戦闘が始まった。
最初に動いたのは獣人達であった。
飛んだと思えば、敵の中へと突撃する。
それだけで、その獣人の周りにいた人が距離を取り集団の中に空白が生まれる。
そこから掴んでは投げ飛ばし、腕とか足とか痛めつけている。
なんか無力化が雑だな。
「何ビビってるんですか?普通に負けないですよね」
「いや、最近神殿の弱いのばっか相手してたし、私ってば魔法に対しては強いけど物理は厳しいって気づいたから」
「いやいや、今更だし気にするほどでも……いや、どこかでトラウマが刺激されて必要以上に怯えてる?もう、行きますよ」
「なんで掴んで、きゃー!?ちょっと、離しなさいよ!」
ルミーナは何を思ったのか私を担いで盗賊達の群れへと突撃を開始する。
なんで、こんなにいるんだよ刃物とか怖いから、何にも出来ない奴だから強気でいられるのによ。
「うおぉぉぉぉ」
「うわ、なんか来た!」
つい、反射で襲いかかってきた盗賊に向かって魔法をぶつける。
何の魔法をぶつけたのか分からなかったが、その効果はすぐに現れた。
「う゛ぁぁぁぁ」
「うわ、ルミーナ馬鹿じゃねぇのとか思ってたから馬鹿になる魔法が出来ちまった」
「ある意味無力化してますね」
ゲームで言うところのデバフになるのだが、モンスターと違って人間は無力化できるみたいであった。
モンスターは馬鹿でも暴れたら脅威だからな、人間は人によるし……。
あんまし、怖くないな、っていうか雑魚じゃん。
「ふ、ふふふ、盗賊がなんぼのもんじゃーい!お前らなんか怖くないわー!」
「おぉ、吹っ切れた」
「私の道を阻むとは不敬なり、万死に値するわ!」
「殺しちゃダメなんですけど、覚えてますか?」
覚えてるわ、とか言いながら魔法を連発する。
ちなみに、中身は弱体化系の魔法で攻撃力や防御力低下、混乱とか恐怖など感情に影響を与える魔法である。
「えいっ、やぁっ、そいっ!」
「お、重い!?」
「イデェェェ、イデェェェ!」
「アハハハハハハ」
「く、来るな!ぎゃぁぁぁ!?」
杖から放射線状に放たれた魔法に当たった物から様子が可笑しくなっていく。
武器を取りこぼしたり、いきなり骨折しまくったり、血走った目で笑い始めたり仲間から逃げたり、モンスターだと微妙な効果も人間には効果大のようであった。
意外とデバフって強いんだね……。
「ついでにバフも掛けちゃう。どんどん、やってこう」
「おわっ、急に身体が……姉ちゃん!感覚おかしくなるからやめろよな!」
「あー、バフだと逆効果なのか」
サービスでカーマインなどに力が強くなるとか早くなるとかそういう魔法を放ったら転倒する者が続出して逆に怒られた。
いや、自分の感覚とズレが発生する欠点とか知らなかった。
ゲームみたいにデバフが効かないようにバフも効かないんだな。
「しっかし狡いな、魔法ってのは、よっ!邪魔だぁ!」
「馬鹿、効果を高めたりするために知識が必要なんだから下積みが大事なんだよ。うおっ、こっち来た」
「そうですよ。理屈の通らない現象に対する理由とか知識の有無で効果に影響でますからね」
カーマインが剣を振りながら羨んでいた。
その剣圧で人が飛ぶという物理的に可笑しい光景が広がっているが、無意識に魔法を行使しているようだ。
まぁ、確かに端から見たら魔法少女みたいに杖を振り回しているだけだけどね。
一応、イメージしたり術式を思い浮かべたり演算とか色々感覚的にやっているんだよ。
魔法は変な法則の下に出来てるからね、理解してないと効果が弱いよ。
まぁイメージで私は出来ちゃうけどね、効果を強めるとかは流石にノー勉では無理です。
例えば新月の時に採取した植物でないと効果がないとか特定条件下で手に入れた物じゃないといけなかったり、採取する方法によって効果が変わったり、言葉だって組み合わせ次第では音の羅列から詠唱となる。
それを記号化したり、意識の中で組み上げたり、必要な部分だけを使うようにする。
詠唱なくして転移が出来ない者がいて、詠唱しなくても転移が出来る者がいるとしたら、自分の中でどうしたら詠唱しなくていいか知っているかの違いしかない。
簡単に見えて、その簡単へと至る方法を知っている必要があるのだ。
「つまり、お前はバーカってことだよ!」
「おい、姉ちゃんいい加減に直せよ!その自分の中で考えたことを言った気でいる癖、いきなり何言ってんのかマジで分からねぇから!」
「お前が馬鹿だって脳内で自己完結したんだよ」
「軽く聞いただけでも馬鹿にしてるのだけは分かったわ」
まぁ、姉弟の雑談も終わる頃には盗賊達も全員倒れ伏していた。
それにしても、コイツらもようやるわ。
教会から食い物でも貰ってればいい物を、贅沢したくて盗賊なんてやるからこうなるんだ。
「盗賊は死罪、だから人権はない」
「やってることは同じなのに理不尽ですよね」
「文句があるなら法律をどうにかしてください」
同じ殺人も、人権がない奴らには適応されないんだよ。
さて、実験である。
指をどこかわかんない空間にヌプッと突っ込めば激しくのたうち回る球体を掴んでいた。
魂が集められてるこの世のどこかから動物の魂だけ抜き取ったらどうやら犬の魂が手に入ったみたいだ。
「おい、何してるんだ!」
「えー、なんでこの人絡んできてるの」
「盗賊にだって更生する機会は必要だろ!」
急にしゃしゃり出てきた勇者に私は思わず後退する。
だって、どの国だって滅多なことじゃそのまま処刑ですよ。
特に、娯楽代わりに公開処刑が多いです。
じゃあ更生する機会を仮に与えるとしたら、まぁ逃がすしかないよね。
逃がしたらどうせまたやるよね、もうしませんはバレるようなヘマはしませんって意味だからね。
そんなの被害者の方が可哀想だし、私の正義感が許しません。
本音は面倒なだけです。
「あーあー、聞きたくない。ルミーナ、押さえといて」
「なっ、話はまだ終わってないぞ」
知らないよ、そんなお前のルールを押しつけんなよ。
ここは異世界、お前の世界じゃない。
それにお前の世界にだって国によって法律や考え方だって違うはずだし、線路に塩撒いたら死刑とかね。
俺の国にある価値観に従わないとか怒るぞ、とかダメだろ。
うん、ようするに郷に入っては郷に従えって奴だと思う。
ということで、勇者を無視して近くにいた盗賊の胸に腕を突き刺し、中の魂と交換しておく。
抜いた魂は天に召されました、登っていく魂を見てこれが本当の昇天かと感慨深く思う。
「ってな訳で、犬の魂を入れてみました」
「マジでやりやがったわ。何で胸に腕が刺さって血が出ないんだよ……」
「魔法だから」
「その説明で何でも許されるとか、ドン引きですわ」
難しいことは考えてはいけない。
出来たからやった、物理的な奴じゃないから平気だった、つまり考えるな感じろ。
「わぁ!?あぁ、うぅ?うっ……」
変化はすぐに起きる。
まるで飛び起きたかと思ったら、犬の魂を入れられた男は四つん這いでジタバタし始めたのだ。
たぶん、身体と魂が違うからうまく動かせないとかそんなんだろ。
そのうち、白目向いて泡拭いて死にやがった。
犬にしてみれば、私みたいに気づけば転生して苦しくなって死んだって感じか。
小説だったら三行で終わったみたいな、お早い死ですね。
「犬に変身すると思ったのに、むぅ」
「子供みたいに膨れてるけど結構残酷だぞ、俺にやられなくてよかった」
「分かってないな。これが解明されれば喋る武器とか作れるんだよ、おでれぇたとか言うわけですよ」
喋る剣から喋る帽子まで、ファンタジーアイテムの定番です。
魂を抜いて、鎧に定着とかやりたいじゃないですか。
私がやったら、右腕とか犠牲にしないけどな。
「これ以上勇者に絡まれたくないから馬車に戻る。もう好きにしていいよ」
「じゃあ、最初から一人だけ生け捕りってことにすればよかったのに」
「分かった分かった、えいっ」
カーマインがうるさいので盗賊達の心臓だけ、どっかに転移させといた。
殺したように見えないし、勇者も騒がないといいな。




