襲われて魔女は傷を負った
第一王子スタークを殺した女は、冷たい印象を浮ける女だった。
黒い長髪、不健康そうな色白の顔、何だか半開きで幸薄い系の美人だ。
装飾品はなく、質素で利便性重視の白いローブを着ている。
返り血など付いていないことから特殊な処理を施した物なのだろう。
そんな彼女は私に向き直り綺麗にカーテシーを行なった。
「お初に御目に掛かります。ニコラスバートン・エールリッヒです」
「えっ、女だったの……」
「えぇ、今は女ですね。性転換薬を飲みましたので、元の性別は男で間違いはございません」
その割りに、綺麗なカーテシーだった。
アレは綺麗にやろうとすると練習が必要なので、何回も性転換していたに違いない。
「流石の私も、貴方が来ることは予想外でした。貴方の御兄弟のカーマイン殿が来るとは予想していたのでね」
「あぁ、そんな奴もいたわね」
「今頃、長男のアルトリウス様と下で争っている頃でしょう。まぁ、平民を守りながらカーマイン殿がどう戦うか楽しみですけど、それよりも今は貴方ですね」
胡散臭い微笑で彼女は私を見た。
その瞬間、何故か背筋に悪寒が走った。
嫌な視線と言う物を身を持って感じた気がした。
「私達の相応しい場に移りましょう。えぇ、有象無象など邪魔なだけですからね。強制転移」
「ッ!?」
景色にノイズが走る。
変わらないのは私とニコラスバートンだけ、それ以外の周囲は組み変えられるように変わっていく。
そして、いつの間にか私は大きなホールにいた。
それはダンスホールだった。王城にある、パーティー会場となる場所だ。
だが、そこには平民がいるはずだ。
「ここは、別空間ね」
「あぁ、その通りです。ここは位相を少しズラした異空間。平民達が今頃いる場所、でしょうかね」
「驚いたわ。魔法嫌いって聞いていたから」
私の言葉に小首を傾げて不思議そうにしながら、そうですよと彼女は応えた。
その言葉に、私は疑問を覚える。
何故なら、この現象は魔法だからだ。
「私は魔法が嫌いです。あんな法則も因果関係も無視した技術、美しくない。魔法使いなど、特に嫌いです。貴方、水が魔法でどうやって出来るか知ってますか?」
「えっ、いきなり何言ってんのかしら。水素と酸素が化合してるんでしょ?」
「貴方達はその程度ですよね。魔法で一時的に原子を生み出したり、熱エネルギーを発生させたり、貴方達が使う水は水ではない。水は魔力がなくなった瞬間に消失したりしない。そもそも貴方達は化学反応など起こしていないのに、さも起こしたとばかり言う」
「何が言いたいんだ?」
いきなり語られても困る。
空気中にある水素と酸素を混ぜて水を作っているって話じゃないのか?
あれ、でも水素も酸素も空気の中には一割もないよな。
ってことは、本当に原子を作ってたりするのか?自然界のバランスとか可笑しくなるんじゃないか?
「つまり、貴方達のような非論理的な存在が嫌いだってことですよ」
「あぁ、うん。私も何か、お前みたいな理屈っぽい奴嫌いだわ。水は水だろ、馬鹿かよ」
「やはり私達は相容れないようです。だから、死んでください」
その言葉と共に、私の背後から何かが迫ってきた。
『警告、攻撃を受けています。無効化しました』
振り向けば、それは火の矢だ。
これは、明らかに魔法である。
確認した私は視線を奴に戻す。
「なっ、いない」
「此方です」
「あぁぁぁぁ!?」
息が掛かるほど近く、耳下で囁くようにその言葉が聞こえた直後のことだった。
私の右腕に熱さに似た痛みが走る。
痛い、クソが、痛いじゃないか!
「おっと、危ない危ない」
「お、お前!良くも、うぐぅ……」
「たかが腕一本で泣くとは、貴方はそれでも英雄ですか?」
私は片腕を押さえながら振り向き、魔法を使う。
瞬間、目の前に炎が溢れる。
空間に溢れた炎は私の意思とは関係なく消え去り、無傷の奴が現れた。
私から少し離れた場所で、残念そうに此方を見ていた。
その右手には血が滴り落ちる赤いナイフ、そう奴は私を刺したのだ。
「お前!魔法使ってんじゃねぇよ!嫌いなんだろ!」
「貴方は馬鹿ですね、私は魔法なんて使ってません。既存の法則を用いた、これは錬金術の応用ですよ」
「そんな錬金術があるか!」
「魔力素を用いて法則を捻じ曲げるか、それとも法則に則って運用するか。その違いが分からないとは嘆かわしい」
私が魔法で傷を癒す間、その様子をやれやれと言った態度で奴は見ていた。
そして、懐から試験管を取り出して床に中身をぶちまけた。
一体、今の行動は何なのか。いや、関係ないぶっ殺してやる。
「死ね!」
「即死魔法か、その情報は既に得ています」
私は杖を呼び出し、奴に向かって魔法を放った。
当たれば相手は死ぬ、緑色の閃光が杖から放たれた。
それは直進して奴に迫るが、後少しの所で床にぶちまけられた液体が壁となるように盛り上がって阻んだ。
防がれた、スライムのような液体によってだ。
「恐ろしい程の魔力。反魔力物質では防げないでしょう。だが、それは生物に当てれば防げる。スライムを放った直後に予想通りの行動とは、やはり貴方は馬鹿だ」
「お前!私に向かって馬鹿だと!」
「安い挑発におもしろいように引っ掛かる」
言われて、私は自分が冷静になるように試みる。
静かな怒りだ、怒ってはいけない。怒れば奴の思い通りだ。
クールだ、イライラするな。
「こんな馬鹿でも、人を逸脱出来るなんて魔法はナンセンスだ。さぁ、終わりにしよう」
「光よ、喰らえ!」
私は杖を掲げて半円を描くように動かした。
すると、杖の軌跡に光の玉が浮かび上がる。
そして、喰らえと杖を向けた瞬間、その光の玉が一斉に飛び出した。
「この程度……」
「燃えろ!」
「なっ!?」
間髪入れず、奴の立っている空間に炎を発生させる。
奴からしたら、いきなり全身が発火した状態になる。
だが、この程度の攻撃は防がれるだろう。
案の定、少し離れた場所に違和感を覚える。
「そこだ!」
「しまった!?」
違和感を覚えた場所に、魔法により石礫が空間より発射される。
恐らく、その違和感は転移の前触れ、ならば石礫の幾つかと重なった状態で転移して融合してしまえと攻撃を繰り出した。
しかし奴の方が速く、転移と共に目の前に迫り来る石礫に気付いて転がり避ける。
だが、それでも一部の石礫は奴に到達して完全に避け切ることは出来なかったようだった。
「チッ……」
忌々しそうに奴は私を見ながら右腕を押さえた。
その右腕は所々に穴が空き、紙切れのようにグシャグシャで止め処なく血が流れている。
「油断しましたね。腐っても英雄クラス、私が傷を負うとは」
「フハハハ!後悔して死ね、お前の負けだ!」
「たかが、片腕程度でいい気にならないで貰いたい。それに治せばいいだけです」
「なんだと!?」
奴はそう言って何処からか注射器を取り出して、右腕に刺した。
すると、右腕が赤い液状になって床に落ちた。
失敗か、そう思う間もなく右肩の断面から肉が盛り上がり歪な腕となる。
そして、それは独りでに整形されて綺麗な右腕となった。
奴はその腕を使って掌を閉じたり開いたりし、動作確認した後に私へとドヤ顔してきやがった。
「ホムンクルスが作れるのに、腕が作れないと思ってたんですか?馬鹿ですね」
「お前、馬鹿って言うなー!」
「さぁ、仕切りなおしです。といっても、策を弄しますけどね」




