予言されて魔女は達成する
動けないことをいい事に、火炙りの刑にしてやった結果、世界が夜になった。
不思議な事に、奴が死んだとたんに日が沈んだ。
奴の体は炭となるや否や光の粒子となって消えていき、残ったのはボーリング玉程度の球体だった。
手に持って見れば熱さはなく、しかし炎のように揺らめくそれを私は魂と実感した。
エルフ達が詳しく知っていたお陰で、奴は動けない木であったのだ。
動ける木もあるんじゃね、と思われていたら反撃されていただろうから動かない木になる信仰があってよかった。
「取り込む?食べる?食べてみるか」
私はそれを掬い上げ、口元へと運んでいく。
すると、するりと口内へと入っていき口の中へと質量を無視して入った。
噛めば、味はしないが感触があり、豆腐に近い触感かもしれない。
無味、こんなものを悪魔達が食べる理由が分からない。
「んんっ……んくっ、はぁ……あぁ、そういえばローグが何で私を殺したか聞けば良かった」
まぁ、今更考えても過ぎたことである。
奴は言って無かったが、魂を取り込むと言うことはすごいことのようだ。
今までよりも魔力が滾ってくる気がする。
最大値が倍になった感じだ、ゲームで言えば一気にレベルが倍になる感じか。
格上だから経験値が美味しいですっていう。
どうせなら、星の神ケルルピルリってのも食べてしまうか。
とにかく予言に従い西を目指す。
あっちの方かと私はその方角を見て、転移する。
今までよりも長距離を一瞬で移動することが出来るようになった私はすぐさま異界を見つける事が出来た。
なんでもない二本の木の間、そこに異界があると確信したのだ。
なるほど、あれでも入り口となるならば普通は気付かないだろう。
地上に降りた私は、その木の間を半身になって通り抜ける。
胸が邪魔で、なかなか通れなくて普通なら通ろうとすら思わない場所だ。
そうして、通り抜けると景色が変わる。
そこは夕焼けの世界だった。
「誰?」
鈴を転がしたような高い声が聞こえた。
続いて、ミルクのような匂いに気付く。
声の先、そこには雲に座った小さい女の子がいた。
「ここは」
「あぁ、可愛そうに迷ってしまったのね」
小さな女の子、白い前髪で目元は見えない。
見た目は羽に包まれるように、白い羽毛のようなドレスを纏っている。
その下にはフワフワでモコモコな少し肌色に近い雲があり、彼女を乗せている。
良く見れば、夕焼けに染まる世界の大地は雲であった。
私の立っている所も雲、地平線も雲、見渡す限りの雲に太陽と月が見える。
高い山から見下ろした光景に近いかもしれない、前世で飛行機に乗った時に見た景色に似ている。
「貴方は星の神ケルルピルリで間違いないのか」
「あら、私を知って――」
私の目の前に女神がいた。
しかも幼女、幼女神である。
ドレスを捲れば、そこには白い壁が広がる。
ド、ドロワーズ!スゲェ、いい匂いする!
「――ななな、何をするの!?スカートから手を離しなさい!やぁ……」
「よいではないか、フヘヘ」
「ぶ、無礼者!やっ、そこは、馬鹿っ!捲らないで、ダメなのぉ!」
ペチペチと小さい手が私を叩く、可愛いなおい。
なんだかぐったりしていても、生命力に溢れるボディーからは神の畏怖のなんたるかが伝わってくる。
スゲーな、神様ってスゲーな!私、星の神の眷属になりゅぅぅぅ!
そんな事を抱いたが最後、私の意識は暗転した。
「……ハッ!?」
「気がついたかしら?」
「ここは……あ、貴方は星の神ケルルピルリで」
「その流れはいいから!もう一辺、気絶されたいの!」
怒りを露にするケルルピルリ、可愛い。
名前からして、可愛い。
抱きしめたいな、銀河の果てまで。
だが、それは許されなかった。
踏み込みと同時に、私の両肩に重みが圧し掛かる。
上から大量の水を掛けているように、滝行の時にある水の負荷の様に圧し掛かる。
この感覚は、重力だ。
「な、何で歩けるの!?」
「フフフ、ハハハ、怯える姿も可愛いとは恐れ入った。流石は神だ」
「恐れる?恐れられてるように見えないのだけれども」
私の立っている場所に亀裂が走る。
星を担うだけあって重力すら操るとは、魔法で軽減しか出来ないその力量に驚愕を禁じえない。
全力で打ち消して、数十秒と言ったところか。
数十秒、十分である。
「はぁぁぁぁぁ!」
「馬鹿な、これほどの魔力で私の権能を討ち破るだと……しまった!?」
「えいっ」
胸の中に広がる、柔らかな温もり。
サラサラの髪からは乳のような香りがする。
「くっ、近距離なら使えないと思っているのかしら!でも、無駄よ!さっきの数倍にだって出来るんだから!」
「ぐっ、だが……」
「そんな、何故離れないの!?というか、なんなのこの状況!」
「私が一度手にした幼女を手放すと思うなよ!」
「自信満々に言うことじゃないわよ!」
例え体が押し潰されようとも、私はケルルピルリの身体を堪能する。
そう、これは使命で……あっ、魔力が……
「あれ、ど、どうしたのかしら?」
「うっぷ」
「ちょ、ちょっと、まさか貴方!?」
「オロロロロロロ」
この後、滅茶苦茶臭くなった。
吐瀉物だらけになった幼女神ケルルピルリに正座させられて、説教される事となった。
彼女の説教は一瞬のような永遠で、私が反省しない態度を見せればずっとしてくれるという素晴らしい物だった。
そのうち、殴る蹴るなどのボディタッチもあったけどダメージなど皆無であった。
そして、疲弊した彼女に私は優しく微笑むのだ。どうして震えているのかな、もっとしてくれと。
最終的に、何故か土下座されていた。
「お願いします。もう出て行ってください」
「何を言っているのですか!私はまだ反省してませんよ!貴方の言う通り、何万年でも罪を償いますよ!」
「もう許します!気持ち悪いので帰って!」
「気持ち悪い!そんな私のせいで、御身体に障りましたか!そうだ、私が御身体を触ります!」
「何を言ってるの!?もう話が通じないんだけど!」
「何を言っております、私達は意思疎通できてますよ。相思相愛ですね!ハハハ」
私の熱烈アピールも、神には通用しない。
流石、神様だ!一筋縄じゃいかないね!
愛が足らぬ、これが愛だと言うならまだ愛が足らない。
「転生させますから!うるさい、私に従いなさい!じゃあ、これどうぞ」
「おや、プレゼントですかな?中々、ホラーな物体ですね」
「本当は順番待ちなんですけど、特別に予約していた者達を消し去って貴方を優先します。一応、予言に従ってますし取り込んじゃってください」
随分とドス黒い炎、中からは複数の罵詈雑言が響いている。
怨嗟の声が篭った魂の塊らしい、私のせいで転生出来なくなった者達の魂だ。
なんと、私が予言を達成して現世にちゃんと行けて二度と死後の世界に来ないでいいように死の恐怖に怯える魂を提供してくれたのだ。
私が悪神になろうとサポートしてくれる幼女の優しさに全ての私が泣いた。
「ありがたく頂戴します」
「えっ、取り込むって飲むの?」
「あむ、むぐむぐ、ゴクッ……」
「うわぁ、うわぁー!マジかー!」
おぉ、力が漲って……は来ないな。
あれ、そんな私は悪神になれていない?そんな、まさか幼女の期待に応えられない?
「うわぁぁぁぁぁ!」
「えぇぇぇぇ……」
「ケルルピルリちゃんが私を見てる?ケルルピルリちゃんが、私を見て笑ってる?やった、世の中まだ捨てた物じゃない!」
「さ、錯乱してる!く、来るなぁ!私の傍に近寄るなぁ!」
「あぁ、待って!止ま――」
私の視界が黒く染まった。




