見つけて魔女は試される
変わらぬ景色、明けない夜の山中、今度は下って行くことにした私は再び異界に突入する。
次の場所は、平原だった。巨大な大木が一本だけある、平原であった。
雲一つない青空、緑の絨毯のように隙間なく広がる植物、そして遠くにも関わらず普通のスケールに見える巨大な木。
離れているのにすぐ傍にあるようにすら見える。
ヤバイ、見上げても天辺が見えないぞ。
「おぉ、凄い!」
「何が凄いんだ、それより説明しろ」
「ここはお目当ての英知の神ムムの神域ですよ、よく引き当てましたね」
マジで、と思わず声が出る。
なんでもここは、ハイエルフ達の思う死後の世界らしい。
エルフの中でも高貴で知識人であるハイエルフ、一応種族は違うらしいのだが人間からしたら同じエルフにしか見えないらしい。
ただ、ハイエルフは寿命がとても長く病死した者は一人もいないくらい長い寿命を持っているらしい。
そんな彼らの思い描く死後の世界は巨大な木の一部となる事らしい。
これは生物が死んで分解されて土となり、それを糧に植物が育つ、そういうサイクルから見出された信仰であって、彼らは自分達の知識が死後一つとなると考えているらしい。
で、その木が英知の神ムムなんだとか。
要するに英知の神ムムってのはハイエルフの脳味噌が集まった存在、顔のある人面樹と考えれば良い。
大丈夫か、体の中に蜘蛛とかいないだろうな?あとはリンゴを落として攻撃してきそうである。
「取り合えず行くか」
「遠いですね、あっ転移してズルい!」
後方で声が聞こえたが無視して、私は転移を繰り返して移動して行く。
視界の中で遠い地点に転移して、転移してから同じように転移して、その繰り返しで瞬間移動しながらどんどん先へと進んで行ったのであった。
それでも、辿り着くまでには時間が掛かったと思う。
理由としては私の魔力がなくなったからだ。
普通に使って無くなることが無かった為に、自分でもびっくりである。
転移ごときで魔力切れとは、恐らく一日以上は掛かっていると思われる。
不思議と空腹にならないことが幸いであった。
「ハァハァ……」
「大丈夫ですか?」
「グリム、お前三つ子だったのか!?」
「大丈夫じゃないですね」
グリムの姿が三重にブレる。
そして、三人になったように見えて私はそれが正常な状態のように思える。
数秒後、いやグリムは一人だと正気に戻るが今度は本当に一人だったかと疑念が湧く。
魔力切れの時によくある一人しかいないのに周囲に人がいるように感じるやつだ。
そのうち殺意が湧いてきたり、グリムを好きになったりと明らかに狂っていた状態から元に戻る。
危なかった、特に最後のグリムを好きになるとか、何がショタならいいよねだ。
ダメに決まっているだろう。
何だか精神的に疲労を感じて、私は空を見上げる。
どこまでも広がる青空、目を覆うほど眩しくない不思議な太陽、髪を撫でる微風、独特の植物の匂い。
ポカポカしていて思わず伸びをしてしまうほど快適な場所だった。
「何しているんですか」
「ちょっと寝る」
「えっ、唐突!?」
「今日は一番いい気象設定な気がする」
「何言ってんだこの人」
気付けば、昼であった。
あれ、夕方じゃないんですけど……多分ずっと昼間な世界なんだと思う。
何故か私の横で寝ていたグリムをクリスタルの杖で叩き起こしてから、私は再び大木を目指した。
あとすこしだ、頑張ろう。
「死神に暴力を振るって来るなんて貴方が始めてですよ」
「私がグリムの始めて……キモイこと言ってんじゃねぇよ、死ね」
「うがぁぁぁぁ!」
頭を両手で掻き毟るグリム、ストレスが溜まっているのだろう。
まぁ、私みたいな美少女といるとずっと緊張するもんな。
因みにナルシストじゃないよ、前世基準だから客観的に評価出来てるよ。
なんやかんやあって私達は英知の神ムムである大木まで辿り着いた。
その巨大な幹の下だと言うのに、影は無く明るい場所であった。
大木には人の形のように洞があって、なんだか能のお面みたいな顔があった。
般若とかじゃなくて、おじいさんの笑っている顔である。
良き哉、良き哉とか言いそうな顔だ。
「これが英知の神ムム?おーい、ムム様やー」
「――――――?」
待てども声は聞こえないので、喋ってるとグリムに確認する。
グリムは、喋ってますけど聞こえないんですよと笑って言った。
「神様ですから送れる情報量が違いますよ。下手したら発狂します」
「おーい、聞いて無いぞ!」
「はい、言ってませんでしたから」
恐ろしいカミングアウトをするグリム、その笑顔は非情に胡散臭い物であった。
コイツ、私を殺そうとしてないか?
そんな疑念を抱きながら、言われて見ればと私は考える。
神様と出会うと発狂するとか、普通によくあることに思えてきたのだ。
天使とか悪魔とかにあったことがあったから普通の感覚だったけど、神様って言えば不定形であったり形状出来ない冒涜的な何かだ、うん発狂するね。
見るだけで発狂しないレベルで良かった。
『これで聞こえるかね?』
「コイツ……脳内に直接!?」
「うわぁ、不敬だなぁ……」
グリムと話していたら、ふと突然声が聞こえた。
頭の中からはっきりしない男の声が聞こえたのだった。
それは本などを読んで、文章を頭の中で読み上げ、声を想像した時に似ているだろう。
男の声を聞いた記憶があるが、ハッキリとはしない感じだ。
脳内再生、無理矢理されてる感じである。
『我は英知の神ムム、我に何のようか人の子よ』
「おぉ、神様感パネェ」
「ぱねぇ?」
今まであった中で一番尊大な感じがした。
これは期待値が高まる。
私は今までの経緯を話した。
その横では何かいいたそうな顔をしたグリムがいたが、ここで言ったら話が拗れると分かっているのか黙ったままであった。
私の言葉を相槌交じりに聴いた英知の神ムムは厳かな風に聞こえる言葉で語りかけてくる。
『用件は分かった。では、去るのだ人の子よ』
「えっ、協力してくれないの!?」
「まぁ、エルフならまだしもヒト種ですからね。人間には風当たりキツイですよ、ハイエルフの集合意識ですから」
「いやいや、狼王ウルの紹介だよ!」
『だからどうした、我は人が好かん』
超個人的な理由で、私はあっけなく断られていた。
まるで意味が分からんぞ、ここは話が通じる感じだったじゃないか。
「何でもしますから、お願いします!神様、お願いしますよ!」
「うわぁ、跪いてるよ。この人プライドないのかな」
「おい、グリム!テメェ、頭が高いんだよ!お前も跪け!」
「すごいなー、ここまで来ると何も言えなくなるなぁ……」
きっと誠意が無いと思ったので土下座でお願いである。
プライド、ないよそんな物はない。
生き返るためだったなんでもする、痛いのとエロいのは遠慮したいけど我慢するよ。
そんな真摯な気持ちが聞き届かれたのか、英知の神ムムからお声が掛かる。
『よかろう、哀れで無力な人の子よ。ならば条件次第で助けてやろう』
「わぁ、ありがとうございます。何でもします、どうぞどうぞ」
「さっきと逆の構図だなぁ……」
何だか呆れる様子のグリムの横で、私は身を正して言葉を拝聴する。
因みに、聞きたい事を聞いたら攻撃してやろうと思う。
一度、神様とやらを分解してみたかったんだ。
『我は全知である。故に我の知らない知識を披露してみよ。無理であろうがな』
「分かりました、少しお時間を戴けますでしょうか?」
『よい、愚鈍な人の子。貴様の生が終わる瞬間まで考えるが良い、我にとっては刹那である』




