遂に魔女は部屋を出る
私には三人の兄弟がいる。
一人は長男アルトリウス、我が家の期待を一身に背負っていつも頑張っている兄貴だ。
コイツはお爺様の後を継いで、この領地を治める為に勉強している。
お父様じゃ使えないかららしいが、ようするに私を将来養ってくれる人間だ。
次は二男ヘルマン、コイツは長男の死んだ時の代わりで他所の婿養子になったりする予定の人間。
特に期待もされてないので必要最低限の勉強以外は自由に暮らしているだけのクズだ。
女遊びやダンジョンに潜ったり、奴隷を虐めたりまぁ好き勝手やる放蕩息子だな。
最後に、双子の弟カーマイン。
政略結婚の道具でも作ろうと思ったのか、やったら出来てしまった私のオマケ、要らない子。
もう男はいらないというのが両親の言葉であった。
家を継げる訳もなく利用価値もないから養う意味もない、と可哀想な奴である。
余りに惨めで可哀想だから、面倒見ていたら何か懐かれた。
両親に育児放棄され、兄弟に虐められていて、使用人に無視されて、明日の食事も儘ならない憐れな奴である。
「それで、何のようだよ。出てけよ」
「開口一番にそう言う事言う?」
「忙しいんだ見て分からないか?」
本当に忙しいのか疑わしい目で見てくるカーマインに、その辺にあった本を投げつけてやった。
何だよ、まだ読んでない本とか詰んであるだろ。
「今日はお願いがあるんだ」
「やだ、何のメリットが私にあるんだよ」
「まだ何も言ってないじゃん!ほら、ちゃんと杖持ってきただろ」
「ほう、お願いごとの報酬が杖と言う事か。流石嫌われてるだけあって考え方が小狡い奴だ」
「事実だけどさ。流石に言い過ぎだろ」
昔から妙に大人びた所があったが、贈賄とは考えることが最低だな。
まぁいいさ、これで奪われた杖が戻って来たのは良い事だ。
修行の合間に、魔力が足りてなくて使えない魔法が使えるようになったのだ、儲けものである。
「それで何だよ、お願いって?」
「魔法を教えて欲しいんだ」
「魔法?お前、本でも読めば使えるだろ」
「そんなの姉ちゃんだけだよ!」
いや、そんな怒鳴られても困る。
何で分からないのかが分からないんだけど。
「なんでこんな難しい内容が読めるの!しかも色々な説明がたくさんあって流派ごとに違うから分からないよ」
「あぁ、その本か。それってやたら説明多いけど回りくどく言い方変えてるだけで中身は薄っぺらい奴だぞ。っていうか、魔法を説明できる訳ないじゃん。説明できないから魔法なんだよ」
ファンタジー舐めんな、そんな理屈でどうのこうの説明できたらもう科学技術と変わらないっての。
さすおに!とか言っちゃうのか?魔法にシステム的な要素とか求めんなよ。
「まぁ、魔法が使いたいなら魔力の総量を上げれば解決するよ。基本的に信仰とか親和性とか属性がどうので出来ないって説があるけど出鱈目だから」
「そうなの!?偉い学者が言ってるのに……」
「百年後には引っくり返るような説を正しいと言うのが学者だよ。学者だって人なんだ、間違える時はある。現に太陽が私達の世界を中心に回ってるって言うけど、逆だからな。天動説とか異世界にもあるのかよって感じだけどな」
出来ないと思うから出来ないんだよ。無理という言葉は嘘吐きの言葉だからな。
正直な話、出来ないと思うとそういうイメージが魔法に影響を与えちゃうからダメだ。
向き不向きはあれど、努力次第で出来ると思わないと上達しない。
「まぁ、呪文あるだろ。アレとイメージがしっかりしてれば魔法は使いやすくなるけど、結局は魔力があれば何でも出来るから関係ない」
「えっ、じゃあ魔法学校は何を教えてるの」
「知らない。多分詐欺だな、独学で誰でも才能があれば出来ることを教えるとか、アドバイスするだけの場所だろ」
じゃないと、学校に通ってないのに魔法が使える野良魔法使いなんか存在しない筈である。
ようは魔力を持っているかいないかが、使えるか使えないかなのである。
「でも出来ない物は出来ないよ」
不貞腐れるカーマインがイライラするのか頭を掻き毟る。
汚いな、フケが落ちるだろうが。
しかし、ギュッとやってバーンと感覚的なアドバイスしか私には出来ないから困った物である。
「分かった、私が見てやるから魔法使ってみろ」
「いや、まぁやってみるけど出来ないよ、たぶん」
むむむとカーマインは唸った。
その身体からは、何かが抜けている感覚がする。
目には見えないが、魔力の流れ的な物を近くにいる私は感じ取っていた。
しっかりと、魔力のコントロールは出来てはいる。オンとオフという簡単な物だが魔法使いの入り口には立っているようだった。
「これで出来ないなら、イメージでカバーするしかないよ」
「無い物をどうやってイメージするんだよ姉ちゃん」
「じゃあ、ある物でイメージしろよ。アンタ、剣とかアルトリウスに習ってたでしょ。剣とか自分を対象にしたら出来るんじゃない?」
もうそう言う事で諦めろよと投げやりなアドバイスをしたら、カーマインは矢鱈と納得したように頷いた。そうか、今ので分かったのか。私はどういうことかさっぱりだけどな。
何が出来るかな?そのままの状態を維持しようとしたら剣が固くなったりするか、後は身体能力が強化されるとか。あれ、それって魔法使いって言うより脳筋じゃね?
「あっ、出来た!見て見て!」
「おぉ、出来たな……魔法?」
「スゴイや、流石は姉ちゃんだ……うっぷ」
其処には二メートル近く飛び跳ねる弟の姿があった。
そして、魔力切れでも起こしたのか死にそうな顔で口を押さえる弟を見て、アホだなコイツと私は思ったのだった。
「まぁ、出来たなら出てけよ」
「姉ちゃん、気持ち悪い」
「ほら、ポーションやるから。魔力が回復すれば治るから。勘違いするなよ、部屋を汚されたくないだけだからな」
「ありが、オエェェェェェ!」
「うわぁぁぁぁ!ふざけんなよ!うっ、オエェェェェェ!」
その後、泣きながらメイドさんを呼びに行って掃除して貰った。
部屋がゲロ臭くなって、死にたくなった。
家族で誰も追い出せなかった私を、部屋にいたいと思わせなくするなんて恐ろしい子カーマイン。
ゲロの匂いが無くなるまで、私は客間を使う事になったのだった。
「姉ちゃん、ゴメン」
「うっせぇ、死ね!」
「うえぇぇぇぇん」
「泣いてんじゃねぇよ、ガキかよ!泣いて許して貰えるなら何しても良いって事じゃ無いんだぞ!」
その後、謝りに来るカーマインに文句を言ってたら親に怒られた。
私は悪くないのに、屈辱だ。
そんな私に追撃を掛けるかのように、他の兄弟も文句を言うのだから全く酷い話である。
「いやいや、ムスッとしないの。流石にセレスは言い過ぎだよ」
「うわぁ、そうやって男同士の友情とかズルい!いつも仲が悪い癖にカーマインの肩を持つのね!」
「別に仲は悪くないさ。扱いが分からないだけでね」
アルトリウスがそう言って、困ったように私を撫でまわした。
まったく、貴様など深淵に取り込まれてしまえばいいのだ。
そんな長男のアルトリウスに賛同する様に、二男のヘルマンがニタニタしながら口を開いた。
何笑ってんだよ、殴るぞ。
「俺はアイツが嫌いだがソレだけはしない。流石に兄貴の言う通りだと思うぜ。股間に蹴りとか鬼だろお前」
「潰れても魔法でどうにかなるんだから良いじゃない」
「我が妹ながら本当に鬼のようだなお前」