泥酔して魔女は眠る
酔っ払いに頭からゲロを掛けられたような憂鬱な気分で私は帰宅していた。
絶対の自信を持っていた魔法と言う手段が、無効化されてしまったからだ。
そして、死に掛けたと言う経験にぞっと恐怖が湧き立つ。
沈静の魔法で、恐怖心を消すがそれでも恐怖は再び湧いてくる。
「最悪だわ、あぁ、最悪だわ」
「セレス様、飲みすぎです」
帰宅した私はドワーフ娘達の所に突撃して片っ端から酒を飲む。
こういう時は酒が一番、嫌な事を忘れるには飲むしかない。
最近は漬け酒に凝ってるとかで、色々なフルーツが沈んだ果実酒が豊富だった。
私に言わせれば度数の高いチューハイみたいな物でエールやワインよりも美味しく感じる。
普段、自由にやらせてるからか構ってと私の世話を焼くのでどんどん酒が進む。
あぁ、もう外は嫌だ。何で魔法が無効化されるんだよ。
世界が歪んでいく、歪んでぼやけて頭に声が響く。
『警告、状態異常を感知。修復します』
「はぁ……」
酔いが醒めて、再び世界が元に戻る。
これで私はまだ飲み続けられる。
「ローグ様から手紙が来ました」
「なんて」
「明日、此方に来るようです」
貴族として、誰かの所に行く為には先触れと言う物が必要になる。
お前の所に行きますみたいな事を予め、言っておくのだ。
私みたいに突撃する場合もあるけど普通は先触れをする。
そうか、明日くるのか。
「あれ、でももう外は明るくなってきてるぞ?」
「セレス様、明日って今です」
「マジかよ、もう夜が明けたのかよ」
既に山の向こうから日が上っていた。
あぁ、ローグが来る。
準備を、しなくては……いや、待て。
私の中に疑問が生じる。
どうやって手紙を送って来た?ネズミ、一匹入る余地なんぞないのにだ。
「どこからそれを手に入れた?どこにそれがあった?」
「いつの間にかポケットに入っていました」
「あぁ、そう、そう言う事ね。随分と、手の込んだことをするのね、ローグ」
私の言葉に続くようにそれは起きた。
手紙が独りでに浮かび上がり、勝手に開いて広がっていく。
そうして、紙は壁と同じほどに膨張して捩れ、人の形になっていき、白と黒の人型に色がついてローグの姿となった。
「お早い解答で、いやぁ流石にあの結界には骨が折れるよ」
「私達を監視していたの?」
「いや、入れなかったからね。方法を考えていたら君から出てきてくれたから、助かったけど」
待ち構えて手紙に姿を変えて、忍びこんだと言うことか。
あれ、じゃあどこから知ってるんだ?
「うん?あぁ、話しはルミーナから聞かせてもらったよ。いや、スターク様にも困った物だね」
「私はどうしたらいいかしら、奴が私を狙っているかもしれない」
「そう、かもね。うん、事実だ。彼は既に特記戦力を味方に付けてしまった」
「特記戦力?」
それって、私の他に二人いる何か凄い奴だっけ?
うわぁ、本当にヤバイ奴だな第一王子。
「錬金術師、ニコラスバートン・エールリッヒ、魔法嫌いが何故かアチラに付いてしまった」
「おーい、何やってんだよ」
「いや、もう一人の暗殺者を探してたら先に動かれたよ」
いやぁ、魔法嫌いが動くとは思わなかったとにこやかにローグが笑う。
動かれちゃダメでしょ、と思わずに入られない。
「彼の目的は君の持っている情報の抹消だ。勇者の召喚と言う方法を第二王子のヴァン殿下に渡さないことが目的のようだね」
「おいおい、私の命が狙われてるって事じゃないか!」
「そうとも言うね。仕方ないよ、技術ってのは正負の感情が伴う物さ」
あっけからんとそうは言うが、たかが召喚魔法程度で命を狙われるとか洒落にならない。
しかも、魔法を無効化出来る手段を持った相手にだ。
つまり、結界すら無効化し私の攻撃すら防ぎ殺せるということだ。
私から魔法を取ったら、何にも出来ない女の子になってしまうじゃないか。
「私は少し考えがある。だから時間を稼いで欲しい」
「いや、それは出来ない」
「何を――」
全身の血の気が引いていく、腹部に熱さが集中する。
思考が、痛みだけを認識して警報を鳴らし続ける。
痛みは熱を孕み、血が意識と共に流出していく。
どうして、コイツは私の腹に手を突っ込んでいるんだ?
「――貴様ぁ、何故……」
「君を救うためだ。さようなら、セレ――」
薄れゆく意識の中で、目の前にいた男がルミーナによって肉塊へと変わる姿を最後に見るのだった。
意識が浮上していく。
寒い、ここは一体何処だろうか……って死後の世界か。
「目覚めよ」
「…………」
薄っすらと目を開ける。
ここは、山?外?
私は死んだはずなので死後の世界か、いや私くらいだとゴーストになっていることだろう。
手を見る、相変わらず白くてスベスベで美しい。
幼い肉体ではないが、これはこれでエロイので好きだ。
私の身体だな、生前どおりのだ。
「目覚めよ、亡者よ目覚めるのだ。あっ、ちょっと」
目の前にはちっこいローブを着た何かがいた。
まぁ、どうでもいいのでローブを引っ張って奪い取る。
ビリビリって破けたけど、物の寿命が来てたんだろ。
「あぁー!?何してるんですか、わぁー!」
「うるさい」
「うるさいって、支給品がぁー!」
ちょっと破けたぐらいでうるさいなと思いつつ破ったローブの切れ端を魔法で大きくして毛布のようにする。
ちょっとゴワゴワしてるが、これで寒くない。
「って、二度寝!?普通、疑問を覚えるはずでしょ!」
「死後の世界だろ、死ぬほど疲れてるんだ寝かせてくれ」
「死んでるよ!死ぬほどっていうか死んだんだよ!」
知ってる。知ってるから、寝かせてくれよ。
あぁ、ローグの野郎。イライラするな、よくも殺しやがって滅茶苦茶痛かったぞ。
魔法の修行で死に掛けるのは覚悟してるから良いとして、いきなり殺されるのは覚悟してないから我慢できない。
つうか、アイツも殺されてただろ。どこにいるんだよ。
「起きてくださいよー!もー、怒られちゃうでしょ!」
「うるさい、ショタ」
「ショタ!?こう見えても貴方より年上ですよ!」
ロリジジイの方だったか。
改めて私を揺さぶる存在を見る。
モノクロな子供、黒いローブを纏って生気に満ちていない。
ナイフを装備した、スラム出身の冒険者みたいな格好だ。見たことないけど。
フッ、初期装備か。
「な、なんですか?何で馬鹿にしたように見て来るんですか?」
「うるさいわよ、三下」
「なっ、三下ァ!?僕が、三下ァ!信じられない暴言ですよ!」
あぁ、もううるさいな。
どうせなら幼女が良かった、クソが……
静かになんねーかな、あぁそうだ。
いいこと思いついた。
「確かに、まだ僕は、あっ、ちょ!?」
「……冷たい」
「ンンッー!?胸が、胸に殺され、助け――」
うるさい存在を抱きしめる事で黙らせて再び私は眠りに入る。
こら、暴れんなよ寝難いだろ。あぁ、冷たいけどひんやりしていて気持ちいいな、これ。




