直談判して魔女は思惑に乗る
私達は未曾有の危機に瀕していた。
そう、それは予算がカットされるということだ!
「どういうことだ!実験が出来ないじゃないか!」
「前線の状況は芳しくなく、物価の高騰に伴い予算の削減が提案されました。私達の実験も資料や奴隷集めに資金を使っているだけでして、予算は要らないのではと判断されたみたいです」
「どうせ死ぬんだ、物資なんか送るな!兵糧なんか無くたって戦えるだろうが、それより実験だ!」
クソが、こちとら一発逆転の勇者様の実験だぞ。
成功したら異世界から技術者を拉致して文明開化だって出来るんだぞ。
どころか、アニメや漫画を手に入れることすら出来るのに何を考えているんだ。
平民だって金貰って死にに行ってるんだ、そこに余計な金を追加する必要があるのか。
「何が原因だ。畜生、予算がないとかふざけんな」
「魔王軍の侵攻と枢機卿の暗躍のせいでしょうね」
あと少しなんだ。
強い魂の定義さえ出来れば召喚することが出来る。
奴隷や異世界人の魂の劣化具合から、強い魂の特徴を特定することさえ出来ればすぐなんだ。
何百体かのサンプルから、強い魂の共通点は分かってきている。
劣化し難い、この世界でも適応できる魂を見つけられるはずなのにだ。
「そもそも、我々の実験を疑問視する声もあるみたいで」
「疑っているのか!順調だと言っているのに、信じてないと!何も分からない盆暗が何を言ってるんだ!」
「実験を中止して、戦場への投入も検討されているみたいです」
何を言ってるんだ、それを提案した奴は?
私は実験が出来ると聞いてやってきたのだ。
それも、勇者を召喚すると言う、異世界の証明となる実験だ。
にも関わらず、関係ない他国の私にタダ働きさせるつもりと言うわけか。
「自分は安全圏で、命令するとはいい度胸だな」
「あと少しなんですけどね。異世界人の魂を奴隷の魂でコーティングする方法も理論化できそうなんですけどね」
「そうだ、私の強い魂を見つける案が失敗した場合には、奴隷を大量に消費するがアマーリアの案でどうにかなる。次善の策まで用意しているのに戦場に赴けとは何を考えているのか」
こうなれば、直談判である。
たくさんいるから、一人くらい死んでも教皇も文句は言わないだろ。
最初に文句を言ってきた奴、見せしめに殺す。
「ちょっと行ってくる」
そう言って、私は教皇達がいる場所に向かった。
教皇達は普段、国会のようにみんなで集まって会議をしている。
それであーだこーだ、戦争も知らない素人が戦場の奴らに命令したり法律を考えたりするわけだ。
どうでもいいね、免罪符の値段とか難民対策とか私関係ないしね。
長ったらしく無駄に歴史のある廊下を抜けて、重苦しい扉の前に立つ。
慌てて見張りの兵士が静止の声を上げるが無視して、魔法で作り出した透明な腕でドアを開け放つ。
「何事だ!貴様、ここが神聖なる――」
「貴様、私に文句を言ったな!貴様は殺す、絶対にだ!」
「な、なんだと……そんなことをしてみろ!国際問題だぞ!」
「だから、どうした。私のせいで戦争が起ころうと、どーでもいいわ!」
そんなことより研究である。
最初に文句を言った爺は、サキュバスの群れの中に突っ込んで死んでもらう。
聖職者が淫魔に囲まれて殺されるのだ、さぞかし悔しかろう。
私は何か言いたげな奴らを見渡して黙らし、そして中央にいる教皇へと目を合わせた。
教皇は何も動じず、半開きの目で此方を見据えて何気ない動作でどうしたと物憂げに聞いてくる。
うむ、さすが教皇だな。肝が据わってらっしゃる。
「教皇様、実験の予算が下りないとはどういうことですか」
「無い物は無いのだ」
「それだったら、前線に投入する資金を此方に回せばいいじゃないですか」
「無理だ」
「実験が成功すれば、確実な成果が出るんです。このまま長期戦になるだけで、結果的には同じです」
「無理」
教皇は言葉少なめに頑なに意思を曲げなかった。
何だコイツ、人がこれだけお願いしてるのに聞いてくれんのか。
私に対する教皇の雑な対応に、今まで黙っていた奴らがほらみたことかと威勢を取り戻し一気呵成に責め立てる。
「何だ貴様ら、別に殺してしまってもいいのだぞ?」
「魔女よ、止すのだ」
「ならば予算を下ろせ、話はそれからだ!」
「全部、魔王が悪い。無理な物は無理だ」
無理ってそれしか言わないな、まったくどうしたら予算を下ろしてくれるんだ。
これもあれも魔王が悪いのか、クソ!たかが、知恵のあるモンスターの分際で世界征服とかほざいてんじゃねぇよ。モンスターに世界征服なんか出来るわけねぇだろ、カス!
「よし、じゃあ魔王軍を滅ぼしてくればいいんだな!そしたら、予算を下ろすんだな」
「待て、どういうことだ?」
「一時的に戦線が落ち着けば予算を下ろすと言うことだろ、いいよもう!お前達の思惑に乗ってやるよ!」
「出来るのか?」
出来る出来ないじゃない、やるんだよ。
たかがモンスター、安全圏から強力な攻撃ブッパし続ければ余裕である。
利用されるようで癪だが、百歩譲って思惑通りに動いてやるのだから予算をその時は下ろしてもらうからな。
「金を用意して待っているんだな」
「待て、枢機卿を持っていくな」
「コイツは殺す、これは確定事項だ」
「そうか……枢機卿、さらばだ」
教皇がしょぼーんと落ち込んだ顔で枢機卿を見る。
最初に文句を言った枢機卿である。
他のやつらは目線を逸らし、私によって逆さまで宙に浮かされている枢機卿は暴れている。
「貴様ら、私を見捨てるのか!えぇい、離せ!離さぬか!」
「お前はサキュバスに搾り取られて死ぬのだ」
「なん、なんだと!?ま、負けぬぞ!私は、淫魔などには屈しない!」
急に大人しくなり、黙った枢機卿。
どうやら覚悟を決めたらしい、死ぬ覚悟は出来たようだな。
実験室に帰ってきた私は無言で枢機卿を縛り付けた。
そうして、アマーリアに悪魔の世界に繋げて貰い、その中にポイである。
この時点で、自分がどういう状況になるのか分かったのか再度暴れだしたが遅い。
どうせ、サキュバスに囲まれてエロエロなことを考えていたのだろう。
馬鹿め、サキュバスの他にインキュバスだっているわ。その他の悪魔もな!
「上質な聖職者の魂だ、それなりの奴を呼べるぞ」
「悪魔さんはその点ビジネスライクですからね。強い悪魔は召喚できるでしょう」
生贄に捧げた枢機卿の魂を元に悪魔を召喚。
その悪魔を使って、魂のコーティングを施すのだ。
魂と言えば悪魔や天使の専売特許、冒涜的な行為は悪魔の得意とする所だ。
「それじゃあ、後は任せる。私はちょっと魔王軍に嫌がらせしてくる」
「任せてください。悪魔との交渉は得意分野です」
私が戦場に赴く間、アマーリアは魂を対価に悪魔と交渉するようだ。
この交渉、知識の無い者は悪魔に有利な条件で契約を結ばれたり騙されたりする。
その点、アマーリアは昔から悪魔などを使役しているのでプロフェッショナルだ。
何週間も掛けて根負けさせて、有利な条件を得ることができることだろう。
私だったら、痛めつけて無理矢理服従させるけどね。
実際、ルミーナの中に入れた悪魔なんかは原型を留めないくらいボコボコにして無理矢理契約したからな。
「さぁ、そろそろ枢機卿が死ぬ頃ですね。契約書と悪魔の法典の準備をしなくては」
「やめろ!インキュバスなんか嫌だぁぁぁ!」
哀れな老人の声が、魔法陣を通して聞こえた気がしたのだった。




