油断して魔女は窮地になる
二回戦目、次からは審判が付いた。
最初の予定ではなんか流れでやろうとしていたみたいだけど、馬鹿だよね。
因みに、幼女にされたオッサンはお爺様に慰められている。
微笑ましいな、子供たちが仲良い様子ってのは……
二回戦目、私の奴隷がブラフで実は奴隷を使って戦うと思わせて魔法を使ってくるという作戦を敵は一回戦目によって見抜いていた。
その結果、警戒心を煽ってしまったのかビクつきながら出てきた。
黒いローブを着て、以下略。
テンプレなのか流行っているのか、黒いローブに禍々しい杖の姿で出てきたのは骨と皮で痩せこけた魔女って感じの魔女だった。
老婆か、強そう。
「はじめまして、マーレローニと申します。死霊術師です」
「これはご丁寧に、セレスティーナ=アーク……いえ、オーウェンです」
姓を伏せているのは勘等でもされたのか。
まぁ、死霊術師なら両親どころか同僚にも嫌な目で見られるから分からなくもない。
素晴らしいと思うが、死とか穢れの印象が強いのか不当な評価を受ける魔法だからな。
禁忌に触れるのも多いのが特徴だしね。
「準備がありますが、お待ちいただいてもよろしくて?」
「あぁ、どうぞどうぞ。大丈夫です、待ちますよ」
「それはありがとうございます。すぐに終わらせますので」
うん、私はこれでも淑女。
女性には優しくするよ、特に幼女にはね。
あと、老人への尊敬の念はちゃんとあるから敬ったりもする。
マーレローニはローブから小さい壺を取り出した。
何だろう、梅干でも入っているのかな?
「この日の為に作った特製なんです。魔力の高い胎児を、ふふふ」
「こ、こわ!この人怖っ!」
ふふふの後は何ですか?
魔力の高い胎児に何したんですか?
「肉の楔から解き放たち、汝が魂を我は狂宴の贄としよう。汝が為すべきことを、我は導く光となろう。汝が敵は眼前の生者なり、死者の悲鳴を持って愉悦の宴を開け!」
儚げで白い光、まるで綿毛のようなそれは小さな壺の中から複数現れた。
マーレローニの周囲を漂っている。それは闇の中では実に映える幻想的な光景だろ。
常に赤ん坊の泣き声が聞こえていなければ。
「可愛い泣き声でしょ。やはり赤子の方が扱いにくくても強力ですからね」
「へー、そうですか。やべぇよ、やべぇよ……」
「さぁ、可愛い私の坊や達。お友達と遊んでいらっしゃい」
今まで聞こえていた泣き声がピタッと泣き止み、白い光が静止する。
その光景が逆に不気味で狂気的だ。
マーレローニが慈愛の満ちた目で此方を見ているが、恐怖しか感じられない。
「セレスティーナさんは今でもお美しいですけど、死んだらもっと美しいと思うの?ねぇ、そう思わない」
「あはは、遠慮します?」
「そう、残念だわ。新しい死体が欲しかったのだけど、じゃあ死んでからまた聞くわ」
どうして怖いのか分かった。
私を見る目も死霊を見る目も、等しく同じだからだ。
コイツ、相手が生きていようが死んでいようが関係ないんだ!
白い光が恐ろしい勢いで加速した。
アレが赤子の死霊なのは分かるけど、何が起きるのか分からない。
「お前達、誰か一人行きなさい」
「う、うおぉぉぉぉ!」
内心はビクビクしているが、ここで冷静さを失わない。
魔法はイメージ、魔法は感情に左右される。
死霊にビビるな私!死霊なんて怖くねぇ、野郎ぶっころしゃぁぁぁ!
奴隷の一人が私の命令で、前に出る。
他の奴隷は私の顔を窺うが、凛としている様子を見てなんだかホッとしているようだ。
そして、私の作った防具と武器を持ったリュックを背負った奴隷が白い光を切り裂く。
「あへっ?」
「馬鹿な、呆気なさ過ぎる……」
白い光は霧散した。
ゴーストタイプだが、物理が効いたのか消え去った。
だが、相変わらずマーレローニはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
何か見落としている、一体何を……
「う、うわ!うわぁ!?」
「何だあれは!?」
「ホムンクルスだ!」
その答えは奴隷達が騒ぎ始めた瞬間に分かった。
リュックの中から細く小さい手が、奴隷の首を絞めるように動いていたのだ。
「ホムンクルスの中に入られた!?お前達、リュックは下ろしなさい」
「ご主人様、アイツは」
「それなりに調整したホムンクルスよ。人間の筋力の比じゃないわ、諦めなさい」
まさか、殺した後に入れようと思っていた幼女ホムンクルスを利用されるとは思わなかった。
視線を戻せば、最初に飛び出した奴隷の首がへし折られている事から既に手遅れだった。
最悪だ、この場に死体と霊魂が出来てしまった。
ホムンクルスは、リュックから這い出して無造作に倒れた死体を蹴り上げてマーレローニの元へと転がした。
「あらあら、うふふ。早速、一人友達が出来たのね?まぁ、プレゼントかしら」
「敵のペースに乗せられるな。魔を払う光をお前たちに!」
光の粉が奴隷たちに降りかかり薄っすらと光に包まれる。
魔除けの効果をイメージしたので、光っている間は死霊系の攻撃に耐えられると思われる。
問題はホムンクルスだ。
「霊魂を退ける結界よ前へ」
言葉に従うように、リュックの周りを四角い結界が包む。
これで他のホムンクルスは利用されなくなった。
その中には私がおり、リュックと私が四角い半透明の結界に包まれた形である。
そこから私はルミーナと奴隷に指示を出す。
「ルミーナは私の護衛、お前達は連携しながら前へ」
「は、はい!」
「よし、行くぞ……」
「やってやらぁ!」
両手で剣を持った四人の奴隷がジリジリと前へと進んでいく。
その様子を対して気にした様子無くマーレローニはナイフを片手に笑っている。
おいおい、死体に何かする気か?
「同胞の魂を持って、汝が身は満たされん。さぁ、行きなさい!」
『うおぉぉぉぉ!何故、俺だけがぁぁぁぁ!』
「うわぁぁぁ!祟りだ!」
「落ち着きなさい、霊魂を利用されてるだけです!斬れば殺せます、二度目の死を与えなさい」
マーレローニの詠唱の後、死体から青白い生前の姿のままゴーストが現れる。
その姿に奴隷の一人が怯え、声を上げた。
そんな奴隷に叱咤激励し、敵を見据える。
敵のゴーストは、最悪なことに私の防具と剣を霊的な力か何か知らないが利用して立ち塞がる。
鎧と剣を持ったゴーストが、マーレローニを守るように前に出た形だ。
「凝って良い装備使うんじゃなかった。敵に利用されるなんて」
「ど、どうしましょうご主人様……」
「見てないで戦いなさい!指示はガンガン行け、変更はない!」
「は、はい!たぁぁぁぁ!」
返事を返すや否やへっぴり腰ながら奴隷の一人が掛けた。
剣を上段に構えて、声を上げて突撃である。
対するゴーストはギョッとした顔で、慌てて剣を構えた。
えいっ、という声と共にブレブレな剣が振り下ろされる。
ソレに対して、ゴーストからオラと声を出しながら迎撃するが、タイミングが早すぎて到達する前に振りぬく。
技量は生前とそのままってことか?
「ありゃ、素人だ行くぞ」
「おう、おりゃぁぁぁ!」
様子見に徹していた残りの奴隷も適当に振り回して戦っているつもりの奴隷近くへと駆けていった。
そして、三対一で戦い始める。
だが、恐怖心のないゴーストとビビッている奴隷達では分が悪く、三対一でも互角の勝負になっていた。
そんなことをしているいつの間にか、マーレローニの目前には骨とグチャグチャになった肉に解体された死体があった。
「ルミーナ、ゴー!」
「血肉を喰らいて、顕現せよ!裁け、汝が右手には神罰の剣!」
ルミーナが駆け出しタイミングで、ミンチになっていた肉が消えた。
しかし、強大な魔力を感じることが出来た私は肉があった場所を凝視する。
其処には、深い黒い穴が生まれていた。
「ルミーナ、警戒!」
「遺骸を喰らいて、顕現せよ!裁け、汝が左手には秩序の聖典!」
次に、骨が消えた。
詠唱から察するに、何かに対価として支払っているのだと推測される。
召還術の分野か、恐らく独自に考え出された物なのだろう。
所謂秘術、そんな詠唱は本に載ってないから知らない。
「あぁ、我らが父よ。哀れな子らに、死の祝福を」
「何が起きるの……」
マーレローニは何かを仰ぎ見る。
しかし、私には何も見えず魔力すら感じない。
妄想の類か、トランス状態にでも陥っているのか。
「全力防御!セレス様、守る!」
「えっ、ルミーナ!?」
だが、私は見えなくてもルミーナには見えているのか急いで私の前で天使と悪魔を顕現させた。
守るように、霞と影の翼がルミーナの背中から現れ、私とルミーナを包み込む。
瞬間、響く轟音。何かの潰れる音、嗅ぎ慣れた臭気。
「あぁ、素晴らしい……」
「クソ、奴隷が死んだ」
見なくても分かる。今まで戦っていた奴隷が死んだのだ。
その証拠に、戦っていた音が聞こえなくなった。
えぇい、なんだってんだ畜生。啓蒙が足りないのか、全然見えないぞ。
「ルミーナは見えてるの?」
「いいえ、でも感じます」
ヤバイ、本当にこのままじゃヤバイ。
クソ、何を召喚したんだ。
考えろ、何で奴隷を先に始末した?直接、私を攻撃しなかったのは何でだ?
ルミーナが守っていたからか、それでも攻撃は出来たはずだ。
ゴースト、贄になった肉体の持ち主が関係している?
「ルミーナ、分からないけどゴーストを攻撃!」
「させません、我らが父よ。哀れな子を御守りください!」
やっぱり、ゴーストが関係している。
ゴーストさえどうにかすれば、私の勝ちだ。
「成仏しろぉぉぉぉ!」
浄化をイメージ、輝く光をイメージ、成仏する瞬間をイメージ。
とにかく滅することを想像する。
倒されたときに消えてくゲームのモンスターをイメージ、消えろと念じる。
瞬間、それは魔法となって私の身体から光となり周囲を照らした。
『おぉぉぉぉぉ……』
「ここまでですか……」
光に触れて、ゴーストが消えていく。
そうして、完全にゴーストが消えた瞬間にマーレローニは敗北を宣言した。
後で聞いた話だけど、アレは死霊の恨みを晴らすまで冥府の神が顕現する魔法らしい。
本体は強い奴じゃなくて、後ろの弱い奴的なタイプの敵だったらしい。
気付けてよかった、神様じゃまだ勝てないわ。




