ちっぽけな世界
「世界などというこのちっぽけな世は、我『黒き支配者』様が滅ぼしてくれる! この世界を終わらせたくなければ『彼女をつくれ!』期限は明日までだ! ガッハッハッハッハッハァ!!」
……ハッ! ゆ、夢か。
今日は6月14日。東京での修学旅行2日目というとても楽しい日だというのに、俺はなんという非現実
的な夢を見ているんだ?
ガサゴソ
物音に耳を傾け、音がした方向(つまり現実)に目を向ける。肌に感じられるぬくもりがとても温かい。
…あることに気づいてしまった時にはもう遅く、湯気がでるような勢いでアゴからアタマにかけ、一気に顔が赤く染まっていく。
「ん? おはよぅ、新太。どうかしたぁ?」
「ブッシャァァァァーー!! ……な、なぜに裸ー!?」
沸騰した水が、やかんから水蒸気として噴出されるかのように、鼻の穴から一瞬で沸騰して水蒸気になれなかった液体(鼻血)がものすごい勢いで噴出された。
そんな俺とはうらはらに、彩は何もなかったかのような表情でコチラを見つめている。
―― 狩野 彩。小さい頃からの俺の幼馴染で少し天然。部活は、内面からは想像できないがバスケ。外見は…モデルかと言うくらいの文句ない可愛さだ。髪型は、セミロングだ。 ――
ここまでショートカットの似合う女性は、今まで一度も見たことがない。彩だけだ。まぁ、紹介はここまでとして。何故、裸の彩が俺と一緒のベッドに寝ているかというと……
―― 6月6日 修学旅行、一週間前
「えぇ~、来週の修学旅行ですがホテルの部屋のグループは、どのようにして決めたらいいと思いますか? 意見のある方は挙手してください」
「はいっ」
「では、靖志さん」
「くじ引きでいいと思いまぁ~っす」
「はい。他の意見はありませんか?」
誰か手を挙げて男女別でと、付け足してくれ! 女子と同じ部屋なんて俺はゴメンだ。
「はいっ」
「では、泰伸さん」
よっしゃ! ナイスだ、泰伸。お前はいいやつだ! …絡んだことないけど…
「靖志さんの意見に賛成でぇ~す」
…いいやつだと思ったのに。一瞬仲間だと思った俺がバカだった。一気に心が冷める。
「分かりました。くじ引きという意見が出ていますが、他の意見や反対の意見はありませんか?」
俺には手を挙げる勇気も気力もない。
「いないようなので、くじ引きにします」
まぁ、いいだろう。女子とグループにならなければいいだけだからな。頼みます、神様! 僕ちゃんいい子だから。ね?
…いよいよ俺がくじを引く番だ。順番は…後ろから数えて4番目だ。残り物には福があるって言うしな。
そしてついに俺の番が来た。残っているくじ(紙)は、4つ。俺は迷わずおなじみの歌を唱える。
「どれにしようかな天の神様の言うとおり!」
神様は天命を告げる。そのくじを開く。中に刻まれている数字は『5』。同じ数字の付いたくじを持っている人を探す。
それが、彩だったのだ。しかも二人のグループになってしまった。――
…という訳で今に至る。
「ねぇ、どうかしたの? って聞いてるじゃん」
「あ! ご、ゴメン。それは、え~っと……って、やっぱだめだぁぁ!!」
そう言って彩に服を投げつける。また顔が赤くなっていく。裸の女性をこんな間近で見るなんて、俺の性にあわない。彩から目を背け、深呼吸を1つ。
彩はゆっくりと服を着終わるとこっちを向き、
「それで?」
「ん、なんでもないよ」
「うん。そう」
ひとまず嵐は過ぎ去った。
そういえばいま何時だ? 朝食は7時からだ。そしていまの時刻は6時33分。
「朝食の時間までは余裕だな。さ、顔でも洗ってくるか。彩は少し待っててくれ」
彩はこくりと頭をさげる。
鏡越しに顔を洗い、髪も整える。髪型は…完璧だ。思わず自分に惚れてしまった。自分がイケメンすぎるのがいけないんだ。そんなことを考えながら、彩のもとへ。
「おわった?」
「ああ。じゃ、朝食を食べに行こうか」
「うん」
部屋を出て一階の食堂に足を運ぶ。みんな、既に食べ始めていた。
「俺達も早く食べて仕度をしよう」
「うん。今日はどこにいくの?」
「う~ん、そうだなぁ。神奈川方面に行きたいなと思うんだけど、彩はどっか行きたいトコある?」
「沖縄」
「それは困ったな。東京付近にしてくれ」
「う~ん…、スカイツリー」
「うん。それならいいよ」
「うん」
少しだが、嬉しそうにしているような顔に見えた。
…その後はなにも話さず、もくもくとご飯を食べている。俺が食べ終わる頃には食器を片付けはじめていた。俺も食器を片付けて部屋に戻る。
仕度を済ませ、ホテルの外に出る。空が黒い。いや、黒いなんてもんじゃない。まるで世界が闇に包まれているかのようだ。
そこで俺は、朝の夢を思い出す。
「「世界などというこのちっぽけな世は、我『黒き支配者』様が滅ぼしてくれる! この世界を終わらせたくなければ『彼女をつくれ!』期限は明日までだ! ガッハッハッハッハッハァ!!」」
彼女か…。俺に彼女ができるはずない。でも、このまんまだとほんとに世界が終わってしまいそうな気がしないでもない。つくったほうがいいのかな? …彼女。
そんな気持ちが心の隅にとどまる。
「ねぇ、早く行こうよ」
「あ~、そうだったね。ごめんごめん」
世界が終わろうが終わらまいが、今、このときを楽しまなきゃいけない気がする。…とりあえずスカイツリー行くか。
これから行くところにはある恐怖がまっている。だが、そんなことは知る由もなかった。