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1-3

唯一の肉親であった母親に別れを告げ、天登は奏太たちのところに戻ってきた。

目元には涙をうっすらと溜めながら、それを皆に感じさせまいと隠しながら、天登は現れる。

外見上は今までとは変わらないその姿であったが、そこにいた人全てにその姿を大きく感じさせた。


「…もう大丈夫なのか、奏太?」

「…うん、もう大丈夫だから…。」

「無理はしないでよ…。」

「それは分かっているから…。分かっているから…。」

「…そうか…。」


皆は天登に声を掛けながらも、それ以上の言葉が出なかった。

誰もがこの状況を理解していた。

自分たちも天登の母さんのようになってしまうかもしれない。自分たちの親だってそうなっているかもしれない。

そして自分たちもそうなってしまうかもしれない。

今生きているものと死んでいる者。

それを分けるのは薄氷の差でしかないのだ。


「…そろそろいいか?」

沈黙が流れる奏太たちが後ろを振り返ると、自衛隊の人々と近くにいた住人たちが集まっていた。

「ええ、大丈夫です。」

「坊主、お別れは済んだか…?」

「はい…」

「そうか…。」

「ところで皆が集まっているということは…?」

「ああ…、いつまでここにいてもまたあのロボットがやってきて襲われちまう。」

「だから皆を引き連れて、港に行くことにした。本部とも連絡も命令も途絶したままだしな。」

「本部から命令も連絡もないって…、大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないさ。だから独断だが行動させてもらう。国民の命を守るのが俺たちの仕事だしな。」

「他のやつはみんな連れてきた。あとはお前たちだけだ。さっさと準備しな!」

「そこまで言うことないのに…」

「仕方ないさ。お前たちだって死にたくないし、俺たちだって死にたくないさ。だからこそ最善を尽くしたいんだ。」

そばにいた自衛隊の隊員が話しかけてくる。

「あなたは? 」

「ああ、越前という。よろしくな。」

「こちらこそよろしくお願いします。」

「ああ、よろしくな。」

奏太たちは元々荷物も少なかったため、移動の準備はすぐに終わった。それを見た自衛隊の隊長は号令する。

「それじゃ、移動を開始します! 皆さんついてきて下さい! 」


奏太たちは、東京都近郊から港に移動しようとしても、崩れたガレキが道を塞ぐ可能性も十分にあったため、線路上を歩く。

普段高圧電流が流れているときは厳禁だが、電気もストップしており、電線等に触れなければ問題ないということになった。

その列は自衛隊が先頭と後方と中列に別れて付き、長蛇の列になっていた。その中列の中に奏太たちの姿があった。

歩いていく時にもあたりには放置された電車や散乱した荷物、そして遺体が転がっていた。

奏太たちの近くにいた大人などもその惨状を見て、吐いてしまう人や思わず座り込んでしまう人もいた。

さらに線路から目を離してみても、辺りにはNORNで破壊されたビルや家などがあちこちに見え、火災も発生していた。

「みなさん、このあたりは煙が立ち込めているので、ハンカチなどを当ててください。」


周りの人たちが口にハンカチを当て始める中、奏太はハンカチを探すが、なかった。

「ハンカチ持ってる? 」

友里奈が右からハンカチを渡してくる。

「ああ、ありがとな、友里奈。」

「奏太もいろいろ悩んでいると思うけど…、悩み過ぎないように、ね?」

「分かっているさ。でも…、今何もできない自分が嫌なんだ…。こうして守られているだけなのが嫌なんだ! 」

「奏太…。」

「自衛隊の人たちだって戦ってる。僕たちだっていつ死ぬかも知れない。だからこそ守るための力が欲しいんだ! 誰も悲しませたくないために!! 」

「…今まで平和に、普通に大人になって、結婚して、子供が生まれて、ごく普通に暮らせればいいと考えてた…。」

「でも…、そんな当たり前に暮らしていくこともできない! 戦争が無ければ、ここにいる人たちだって暮らせていけたんだ…。」

「だからこそ、戦争が憎い。こんな戦争を早く終わらせたいんだ! そのための力が欲しいんだ! 」

「奏…」

友里奈が何かを言おうとしたところ、周りの人が急に騒がしくなった。

「…おい、あれがまたこっちに来るぞ! 」

「また、巻き込まれるの? もう嫌だ! 」

パニックになりかかっている住民たちを自衛隊が沈静化しようとしているところ、上空に4機のNORNの小隊が迫り、銃を向けようとしていた。

自衛隊も勘付き、急いで命令する。

「急いでこの場から避難してください!」


一方、前方と後方にいた自衛隊も動き出す。

一部の歩兵を残し、戦車が中列に急行する。

「くそ、こっちには戦車しかないのに! どうやって対応しろって言うんだよ!」

「…いちかばちか戦車砲を当てるしかない…。装填手仰角はどこまでいけるか? 」

「10度までなので地上に迫ったところに当てるしかありません! 」

「よし、ではその時を待とう。砲手必ず当てろよ。」

「了解です! 」


後列にいた戦車の方が前列よりも早く到着し、戦闘準備を進める。

戦車が黒光る120mm砲を回転させ、NORNに砲を向ける。

NORNの編隊もそれを確認し、あたりの空に散らばっていく。

小隊のNORNの腕が戦車に向けて、40mmを向ける。

銃口は砲塔の上を向き、一瞬の静寂が訪れる。







一瞬だが、永遠のように感じられる時間。







そしてガレキが崩れる音が聞こえた瞬間両者は動き出す。

NORNは上空から40mm砲を撃ち始める。そこから落ちる薬莢がガンガンと線路のレールに当たる。

一方、戦車も移動しながら砲塔を向け、撃ち始める。

戦車も応戦しようとするが。次々やられていく。

空を取られ、満足に反撃もできないという状況にじりじりと押されていく。

多くの避難民も避難を開始しており、奏太たちも動こうとしていた。


「みんな、ここから離れよう! ここは危険だ!」

「そうね! みんな行きましょう! 」

奏太以外はみんな戦闘区域から離れようと動き出す。

しかし、奏太は拳を握り締め、動こうとしない。

「奏太? 早くしないと…」

友里奈が声を掛けようとしたが、奏太の様子がおかしいことに気づく。

「…して、こんなことをするんだ。」

「奏太…?」

「なんでなんだよ!  」

そして奏太は今まで来た道を逆走していく。

「奏太! みんな奏太が! 」

友里奈が奏太を心配している声も聞かず、奏太との距離も離れていく。

「…くっ、仕方ないか…。ついていくぞ!」

「おいおい、マジかよ…。」

「心配なら皆避難してくれ。俺だけでも行く。」

「母さんを失ったままで、奏太が死ぬところなんて見たくない。早く連れ戻さないと。 」

「友里奈たちはどうする? 」

「…私、奏太がどこか遠くに行きそうで怖い…。だから、私も付いていく。」

「…意見は決まってる…。」

「そう言われたら付いていくしかないでしょうが! 俺も行くぜ! 」

「…皆奏太が心配みたいだな…。それじゃ、いくぞ! 」





奏太が戦闘が起きている場所に近づいていくと、耳に響く砲声が少しずつ大きくなっていき、それと共にガレキの量も大きくなる。

奏太はあたりに見えるなくなった人たちの姿を見ることもなく、一人線路を逆走していく。

そして、自衛隊とNORNが戦闘しているところに到着する。

やはり空中を取られ、自衛隊の人たちは苦戦しており、少しずつではあるが戦車の数も減っていた。


「小僧、なんでここに来た! さっさと逃げろ!」

「俺にだってできることをやらせてください! 」

「なにもできない子供がここに来るな! 越前!無理矢理でいいから逃げさせろ! 」

「でも俺にだって…」

奏太が痛いところを突かれながらも、それでも、と思った。

それでも何かできることはないのか? 

「バカ野郎! この戦争に子供をこれ以上巻き込んではいけないんだよ! 」

「それにな…、お前は若いし、未来だってある…。 」

顔を苦しそうにして奏太たちその場にいる人たちに越語りかけてくる。

「俺たちにだってカッコをつけさせろよ…」

奏太から顔を背け、そう語りかけてくる。

そして戦車の中から越前という男が89式小銃を持ち、戦車の中から出てくる。

「早く来るんだ! 君まで危ない。」

奏太が呆然として、連れて行かれようとしたところその場にNORNが突撃してくる。

「敵大型機接近! 」

「くそっ…、地上に近づいたら撃て! 」

今も近づいてくるNORNが線路の電線に近づいてくるところで10式戦車の砲が火を噴く。

その弾は運良くNORNの足に当たり、NORNの体勢は大きく崩れる。

さらに当たり所が悪かったのかパイロットも搭乗口からパラシュートを開きNORNとは遠ざかっていく。

そして操縦手を失ったNORNは自衛隊と奏太の近くに墜落していく。

「急いで離れろーーー!! 」

その場にいた誰もが全速力で墜落すると思われる地点から遠ざかる。

そしてNORNは奏太たちが元々いた所に落ちる。

あたりに土埃が散らばり、視界を奪う。

土埃を防ごうと腕で目の辺りを塞ぎ、視界が晴れるのを待つ。

空にはうっすらとNORNの編隊が見える。

今墜落したNORNの仲間だろうか、2機のNORNが見える。

「越前さん! 空を見てください、他にさっき飛んでいたのが! 」

「なんだって!? 少し飛んでいたのが来たのか! 」

「…やっぱり放っておけない…。行かなくちゃ! 」

「奏太君? 奏太君! 」

護衛としてついていた越前を振り切り、奏太は今度は墜落したNORNの元に走って向かう。



そして奏太は墜落したNORNの元にたどり着く。

NORNの足からは度々火花が出ていたが、コクピットは空いている状態だった。

(少し危険だけど、なんとかなる…。)

奏太は少し危険だと思いながらも、NORNの中に乗り込む。

正面には画面モニターや多くのボタン、左右には複数のレバーがある。上には計器が搭載されており、後ろには非常用の食料や発煙筒がある。

画面には電源が入っておらず、何も表示されていない。

奏太はシートに座り、いろいろなボタンやレバーを操作してみるが、反応はない。

その様子を見て、今まで隠していた気持ちを発露させる。

「これでもダメなのか…。誰も救うことはできないのか…! 」

右手を強く握り爪が皮膚を圧迫し、血が流れながらも、画面に向けて握りこぶしを下ろす。

「…みんなに死んで欲しくないのに! 誰だって死にたくないのに! 」

コクピットの中で奏太の声が響く。

悲しくも響く独白。それはただ、ただ、火をまとった空に響く。

「たとえ今だけでいい! もう誰も死んで欲しくない…。ただみんなを守りたいだけなんだ! だから動いてくれーーー!!」

その時、どこかから声が聞こえてくる。



(あなたは誰かを守りたい? )



奏太はその時声を聞いた。

優しげに中に響く10代の女性の声。

その声に不思議に思いながらも答える。

「俺は戦闘に巻き込まれたんだ…。あの爆発の中、たくさんの人が亡くなるところを見た…。」

「ついさっきだって友達の母さんが亡くなったんだ…。今回の出来事に巻き込まれて…。」

(……。)

「今も自衛隊の人たちが戦っているんだ…。友達だって近くにいる…。」

「もうなにもできないのは嫌なんだ! 大事な人を守る力がないのは嫌なんだ! もう誰にも死んで欲しくない! 」

奏太が今まで貯めていた気持ちが溢れ出す。今までの辛いことは未熟な少年の中に抱えきれるものではなかった。

この戦闘の中で何もできない自分。ただ逃げることしかできない自分。そして人の命が次々と消えていく戦場。

その気持ちを感じた少女は奏太の思いに答える。



(いいよ。だから君も大事な人を必ず守り抜いてね…。私はできなかったから…、君にはそうなって欲しくないから…。)

「あなたは一体…?」

(…今は言えない…。 でもあなたのその気持ちを大事にして欲しい…。あなたは…)



全てを言おうとしたが、その声は消えていく。

その声が終わると正面の画面にNORNの起動画面が現れる。

足にはエラーメッセージが出ているがそれ以外には異常なく、弾薬等も問題ないほどにはあった。

「彼女は一体…? でも今は! 誰も大事な人を死なせたくないんだ! 」


奏太は左に据えられたレバーを動かし、機体を上昇させる。

機体の後ろに備え付けられたバーニアが火を噴き、推力を上げていく。

辺りには砂利が飛び散り、NORNが上昇を始める。

足を失いながらも、機体は上昇していく。




完全な翼でなくても空は飛べる。

雛鳥は子供から大人になるとき、飛ぶことを覚える。

たとえ何回でも失敗したとしても諦めることはない。空を飛ぶようになるまで続け、何度も何度も挑戦する。

そして初めて空を飛ぶ時はゆっくりと、しかしはっきりと。

その雛鳥は初めて空を飛んだ時から大人となるのだ。

その雛鳥と同じように、未熟な翼を持った少年は今、飛び立つ。

空に大翼を広げ、どこまでも行けるような気持ちと共に。

自分の叶えたいと思う願いのために。

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