第二話 第二章
「何処だ、ここは?」
呼び出されて、まばゆい光が収まると、そこは黄色だった。一面の黄色。そう、砂だ。どうやら、俺はフェルニア城ではなくこんな砂漠に呼ばれちまったようだ。
「何だよ、何だよ。なぁ、カズ。一体ここは何処なんだ?日本に砂漠なんてあったか?」
目の前の砂漠にも驚いたが、こっちにはさらに驚かされた。なんたって、ここに居てはいけない人間の声が聞こえた
のだから。
「おい、ちょっと待て。何でお前がここにいるんだよ!?」
錆び付いた歯車のように、ぎこちなく横を向くと、そこには、何食わぬ顔で驚いている猿が居た。
「んなこと言われても、俺はただお前を掴んでいたら、いつの間にかここに居たんだけど。」
やっぱり、問題はあの時か!?となると、おそらくこの砂漠に召喚されたのもこのせいなのか?
「うーん、どうしたものかな」
エルフィとの連絡手段も無いし、ここが何処でどこに行けばフェルニア城に着くのかもわからない。唯一の希望は姫がここに居ない事だ。おそらく姫は、ちゃんと城に召喚されたはずだ。もし、姫は姫で違う場所に召喚されていたら最悪の事態だ。
「・・・で、いい加減答えろよカズ!ここは、何処なんだよ。口ぶりからして、何か知っているんだろ?」
こ・・この馬鹿猿が!こっちは色々考えているっていうのに、うるせぇ奴だな!
「ったく、わかったよ。そこまで言うなら、説明してやる。一度しか言わないからな、しっかり聞いてろよ!」
結果的にはこいつを巻き込んじまったんだから、説明するぐらい、いいよな?
説明中
「それじゃあ、本当にここは異世界なのか!?」
はい、予想通りの驚き、ありがとうございます。
「でも、もしその神具ってのを俺も手に入れれば、俺も助け人になれるのか!」
いや、ないない。・・・ないよな?
「まぁ、そんな事より、これからの事だ。」
こんな砂漠にいたら数時間でミイラだ。現に、もうすでに俺の喉はカラカラになってる。
「ところでカズ?なんか近づいてくるぞ。」
何?もしかして人か?それならフェルニア城への道のりを聞きたいのだが。
「って、なんだよあれ?」
「俺だって聞きたいぜ。」
俺達が目撃しているのは、高速で近づいてくる砂埃。だが、よーく目を凝らすと。
「どうにも俺には、サメとかに付いてる背ビレに見えるんだけど、猿、どう思う?」
「奇遇だな、カズ。俺にもそうにしか見えない。」
時折、砂埃から見えるのは、魚達特有の背ビレだった。おっかしいな、魚って砂漠も泳げたっけ。
「あ!潜った。」
なんだ、帰ったのか?てっきり襲ってくるものだと、思っていたのだけど。
「ん?」
そう考えていると、地面から地震のような振動が伝わってきた。この事からして、もしかして。
「まさか!まずいぞ、走れ猿!」
「え?お、おお。」
何かよくわからなそうな顔をしていたが、強引に走らさせ、その場から一目散に逃げ去る。すると、俺達の元いた場所に大穴が空いた。
「ガアアァァァ!!」
全長三メーター強の、砂色のウロコを纏ったサメが大口を開け、俺達を飲み込まんと、飛び上がった。
「うおおぉぉぉ!走れ!とにかく走れ!ぼさっとしてると、食われるぞ!」
「うわああぁぁぁ!何なんだよ、ちくしょおおぉぉ!」
やっとことの重大さに気づいた猿も、全力疾走でサメから逃げようとする。だが、ここは砂漠。当然地面は砂、その砂に足を取られてうまく走れない。
「うわああぁぁ!って、うおおぉぉぉ!?」
砂の地面に苦戦しながら逃げていると、目の前に居た猿の姿がふっと、消えてしまった。
「え?何処いった、さ・・・るっ!?」
砂漠っていうのは一面砂だから、なかなか段差がわからない。なので、俺たち二人はその段差に足をすくわれ、ゴロゴロと坂を転がっていった。
「いてて、大丈夫か猿?」
「大丈夫だけど、大丈夫じゃないぞ、カズ!ここは蟻地獄だ!」
蟻地獄?どうりで、体が沈んでいくと思ったらそれのせいか。このままだと、ふたりして砂の中だ!
「キシャャアア!!」
本来蟻地獄というのは、ウスバカゲロウの幼虫が獲物を捕獲するために作ると言われている。捕獲されるものがいるなら、捕獲する者もいる。ましてや、俺たち人間を飲み込むような巨大な蟻地獄なら、その主も巨大である。
「今度はなんだよ!」
その主の登場だ。パッと見は、昆虫のクワガタを何百倍もしたようなフォルムで異様に気性が荒い。このまま、じっとしていたら砂に埋もれる前に奴の栄養にされちまう。
「こうなったら、仕方ねぇ、ぶった切る!」
竹刀入れから、白百合を取り出し鞘から刀を抜く。
「白刀流、花鳥風月!!」
綺麗な半月状の斬撃が蟻地獄の主の眉間へと飛んでいった。
「シャャ・・アア!」
黄緑色の体液を迸らせ、そのまま動かなくなり、自ら作った蟻地獄へと飲まれていった。
「おお!これが、助け人様の実力か!さすがじゃねぇか!」
猿から嬉しくもない尊敬の眼差しをけながら、砂へと埋まっていく。
「・・・あれ?猿君、普通こういうのってお約束で、化物倒すと異常現象って止まるものじゃなかたっけ?」
「カズ君、いいことを教えよう。・・・現実は非常だ。」
そんな、泣き出しそうな顔で言うなよ。俺も泣きそうなんだから。
「「うわああぁぁぁ!!・・・」」
このまま砂の中で生き埋めになるんだ。そう覚悟をしたが、意外と早くに砂の海から解放された。
なんと、蟻地獄に飲み込まれた先には、遺跡のような作りの広間に出た。俺達と一緒に流れてきた砂をクッションにして地面に転がり落ちた。
「・・・何だ、この空間は?」
「ぺっ、ぺっ!うあー、砂が口に入っちまったよ。」
どうやら猿も無事のようだ。良かった、巻き込んじまって、さらには怪我までさせたとあっちゃ、合わせる顔が無かったぜ。
気を取り直して、ここがどういう所なのか確認するために、辺りを見渡した。まずは天井、さっき落ちてきた所からさらに砂が入ってきたら、結局は生き埋めになっちまう。
「ん~?」
おかしいな、穴らしき物が見当たらない。砂もあれから落ちてこない、まるで俺達だけをこの空間に入れたかのように。
「・・・ま、それはないか。」
だが、最後の脱出手段でもあったんだがな。
次に、ぐるっと一周、壁を見る。ドアらしき物は皆無。触ってもみたが、材質は石のようで、かなり古そうだ。
「おーい、カズ!よくわからない物、拾ったぞ!」
猿に、何か発見があったようだ。でも、よくわからない物って何だ?
「何だこれ?一見すると、ボロボロの布?にしか見えないけど。どこで見つけたんだ?」
猿が見つけものは一枚の手ぬぐいサイズの布切れ。いい布のようだが、長い年月で朽ちている。少しでも力を入れて引っ張れば簡単に裂けるだろうな。
「あっちの祭壇に祀ってあった、宝箱みたいのに入ってたぞ。」
宝箱ねぇ、もしかしてこれが脱出の鍵にでもなるのか?
ガアアァァ
「・・・今、何か聞こえなかったか?」
「へ?特には聞こえなかったけど?」
そうかな、確かに何かの叫び声が聞こえたような。
ゴゴゴゴ!
そんな事を言っているのも束の間、突然部屋が大きく揺れた。その揺れは、次第に強くなっていき、今度は、はっきり聞いた。奴の叫び声を。
「ガアアァァァ!!」
爆音の叫びは俺達が背後にしていた壁から聞こえてきた。
「猿っ、どけっ!」
猿を突き放して白百合を抜こうとして、壁が崩れた。正確には壁を食い破ってきた。
「ギャガアアァァ!!」
サメ特有の二列に並んだ歯が上下に開かれ、白百合を抜ききってない俺を食いつぶそうと、食いかかってきる。
「くっ!ヤバイ!」
何をすることもできず、なす術なく食われた。
ガチン!!
「って、そんな簡単食われてたまるかよ!」
抜けなかった白百合をつっかえ棒にして、口が閉じるのを防いで、何とか抗う。
「ぐうぅぅ!」
なんていう顎の力だ、このままじゃ白百合ごと食われちまうぞ。それでも今の俺にできるのは、ただ食われないように抗うだけ。
「くっ・・・そおおぉぉぉ!!」
俺がカズによって、突き飛ばされて反射的に振り向くと、そこには食われそうになっているカズがいた。
「おい!カズ、大丈夫か!?」
「こ・・れ・が!大丈夫に見えるかよ!!」
このままだとカズが!・・・でも、俺には何もできねぇ。
「くそっ!俺が付いて来ちまったばっかりに!」
そう、元はといえば、俺が付いて来てしまった為に、カズが危険な状態になっているんだ。
俺のせいなんだ!だから、俺が助けなきゃいけないんだ!だから、
「力が欲しい!親友を守る為の、絶対的な力が欲しい!!」
自分の力の無さと、親友を失いそうな絶望感を心に溜め込み、今の俺の欲望をぶちまけた。
それに応えたかのように、引きちぎる勢いで握っていたボロボロの布が光り輝きだした。
「な、何だっ!?」
光はしばらくして収まり、一瞬前までボロボロだったのに今はどうだろうか、汚れ一つない新品のバンダナへと様変わりしていた。
「・・・もしかして、本当にこれは神具なのか?」
だとしたら、これでカズを助けられるかもしれねぇ。
そう思い、これで何ができるのかや、どうやって使うのかも、わからないままに、とにかくバンダナの本来の使い方として、額に巻いてみる。
「・・・なるほど。」
何故だかわからないが、額に巻いた瞬間、この神具の使い方が、まるで初めから知っていたかのように、閃いた。
「Reproduction、ハンドガン、ガバメントM1911!」
このバンダナは、その形状を完全に記憶していれば、どんな武器でもリプロダクション。つまり、複製することが出来る。それがこの神具、Replayの力だ。
しかも、どうやらこの神具、相当融通が利くようだ。俺がもとにしたガバメントはもちろん実銃なんかじゃ無い、ただのブローバック式ガス銃だ。だが元はガス銃だが、弾は自分で創造出来るみたいだ。つまり、元はガス銃だけど実弾が撃てるという訳だ。
だが、いくら実弾が撃てても、ここは異世界。俺達の世界の武器が通用するのか?
ズガン!ガン!ガン!
試しに、あの巨体目掛けて3発、連続して撃ってみたが、巨体を覆う無数のウロコに45ACP弾は全て弾き返された。
「ちっ!なら、ここはどうだよ!」
体を狙って撃った弾が、弾かれるのは、ほぼ予測していたので、すぐさま次の狙いを付け引き金を絞った。
「ギガアァ!?」
弾は一直線に、サメの目を撃ち抜いた。弾丸をくらったサメは、目から血を吹き出し悶え苦しんだ。その拍子に顎の力がゆるみ、カズが口から脱出した。
「はぁ、はぁ、助かった。・・・しっかし、本当にお前が神具を手に入れるとは。」
カズが無事なのを確認して、さらに追撃のため引き金を絞った。マガジンに残っていた残弾を全て撃ち尽くすが、決定打にはならない。
「今度は俺の番だ!」
弾を撃ちきったのを見計らって、カズが飛び出した。刀を抜き、未だにもがいているサメの胴体に斬りかかるが。
「か、かてぇ。」
鋼鉄のウロコに銃弾と同じく、弾き返されてしまった。どうやら、今の俺達には奴を傷つける事が難しいようだ。それなら。
「カズ!一旦引け、考えがある!」
カズを引かせ、作戦を伝える。
「・・・わかった、それでいこう。」
カズもそれで了承し、二手に別れて行動に移る。そして、俺達が動くのと同じくして、サメも怯みから回復し、地面を噛み砕いて砂の海に戻ってしまった。勝負は次に奴が出てきた時だ!
ゴゴゴゴ!
奴が泳いでいると、また、地震のような揺れが起こる。その揺れに耐え切り、食らえきれなかった、カズの足元へとサメは顔を出した。
今度は、俺が足を引っ張らなかったおかげで、サメの噛み付きを間一髪で避けた。
そしてサメを引き付けながら、俺の方へと走ってくる。サメは地面を噛み砕きながら、その後を追いかける。
今のところ作戦どうりだ。そう、カズには囮になってもらっている。そして、そのサメを引き付けながら、俺の所まで連れてきてもらう。
「Reproduction、投擲、グレネード!」
サバゲーグッツの手榴弾を本物に複製しピンを抜き構える。タイミングを間違えれば、カズもろともサメの胃袋の中だ。
「猿!行くぞ!」
カズが俺の横を走り去り、サメが狙っているのは、カズなのに、まるで俺を食おうと口を開けているようだ。そんな、大口に俺はグレネードを投げ込み、目が潰れた方の死角を利用して、飛び退いた。カズもそれを利用して、サメの攻撃から逃れた。
「時間だ。」
グレネードのピンを抜いてきっちり三秒、サメの体内で鈍い音と地響きを立て爆発した。
「ゴガァァ。」
外がダメなら中からだ。これが、今回の作戦だ。それにまんまとかかった、サメは白目を向き倒れ、動かなくなった。
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったぜ。」
これでようやく、一息つける、そう思いながらカズに近づいていくと、ふと違和感を覚えた。どうしてだか歩きにくい、足元を見ると石の地面ではなく、砂の地面だった。
「猿!まずいぞ。サメのヤローが壁や地面を食い荒らしやがったせいで、数分もせずに砂の海の藻屑だ。」
この話をしている間にも、もう砂は太ももまできている。何もできないまま、腰、胸までどんどん、上がってくる。もうだめだ、そう思ったとき、澄み切った、美しい声が聞こえた。声だけでも美人な女の人だとわかるような。
「先程はごめんなさい。今度はフェルニア城へ召喚します。お連れの方も含めて。」
美声を聴き切ると、ここに来るときのカズがそうであったように、体が光りだした。体が砂に埋まっていく感覚が消え、そして意識が途切れ。砂漠の密室から脱出を果たした。