第二話 第一章
まるで何もないところからふっと現れたように、俺の喉元を目掛け肉眼では追えないような速度で、竹刀の突きが襲いかかる。
「ぐっ!」
目で追えないとわかっているので、体の条件反射だけを頼りに何とかその突きを弾く。だが相手は防がれるのをわかっていたように、次の手、次の手と竹刀による剣戟を続けていく。俺は襲い来る竹刀を、弾いて反撃をしようと思うが、相手が弾かれた反動を使って次の手を最速で放ってくる。つまりは、こっちは防御に徹するしかないわけだ。
「くっ・・・そっ!」
このままじゃジリ貧だ。ここは一旦距離をとって、こっちから初撃を当ててやる。
「まじかっ!」
俺が、後ろに飛ぶ事まで読まれていたようで、俺が飛ぶと同時に相手も踏み込んできやがった。だがそれなら好都合。踏み込みの着地に足払いをかける。これなら、俺の考えが分かっていてもよけられないだろ。
「甘いぞ。」
だがそこには足はなく、足払いは虚しく空を切った。正確には、空を切る前に竹刀を俺の足に突き刺してきた。それどころか、そのまま逆に足払いをされた。結果、俺は見事に、そして綺麗にぶっ倒れた。
「ふむ、こんなものか。」
そう呟きながら、俺の喉元に竹刀を振り下ろし勝負の決着がついた。
「どうした和也、全然先読みが出来ていないではないか。」
「そんなこと言ってもよ、やろうと思って簡単に出来る訳ねーだろ、親父!」
そう、今まで戦っていたのは、いつもどおりの渋い顔をした親父だったのだ。
何でまた親父と戦っていたのかというと、シンフォニアから帰ってきて二ヶ月。俺は自分の弱さを知った。初めての実戦ということもあったのだが、それでもゲルマン戦は正直、姫がいなければあぶなかった。
という訳で、これからも悪魔達と戦っていくためにも、次にシンフォニアに呼ばれるまで修行をしようと思い、親父に頼んだのだ。親父は、助け人の前任者。悪魔との戦いはお手の物だろう。そう思ったのだが。
「そんな事言っていたら、簡単に殺されるぞ!前回は私と乙姫さんが戦力の大部分を削っておいたから良かったものを、お前にはこの世界のためにも、もっと強くなってもらわなくてはな。」
このスパルタっぷり、本音言って逃げ出したい。
「もっとしごいてやりたいところだが、もう遅い。今日はこれまでにするか。」
時刻は午後十時、明日も学校があることだし、さっさと風呂に入って寝るとしよう。
「うーん、いい朝だ!」
カーテンを開けて快晴の空を見てひと伸び、さて今日も毎朝の日課をこなすとしますか。今朝の日課は、ジョギング三キロと、竹刀の素振り千回。いやぁ、朝から体を動かすと気持ちがいいね、うん。
「よし、今日は余裕を持って学校に行けるな。」
むしろ少し早いくらいの時刻だが、制服へと着替え、いつ呼ばれてもいいように、竹刀入れに白百合を入れて背負い、家を出た。
家を出て徒歩一分、八雲神社へと到着。毎日のごとく、その門前に幼馴染の姿が。
「あれ・・・居ない。」
いつもは俺が来るのを待ってくれていて、遅いって怒ってくるはずなんだがな。
「あら、和也くん。そんな所で何をキョロキョロしてどうしたの?」
人様の家の前で泥棒のように辺りを見渡していると、境内の方から巫女服姿の乙姫さんが出てきた。しかし、巫女服が映えるな。とても、一児の母とは思えない美しさだ。
「いえ、姫のやつはどこかなぁーと。」
俺の予想だと、早く来てしまったので、まだ家の中にいると思うんだけど。
「それなら、姫なら先に行ったわよ。なんでも今度、学校の発表会に出す資料が出来上がってないとかで。」
「なん・・・だと。」
そういうことなら、連絡の一つくらい入れろよな。
「あれ、あれ~?もしかして姫に会えなくてがっかりしてる?もう、二人共お熱いんだから!」
乙姫さんが、体をくねくねさせながら、からかってくるのを、華麗にスルーして、別れを告げ一人、通学路を歩き出した。
と、そこへ、俺を呼ぶ声が背中からかかった。
「おーい、カズ!随分と今日は早いんだな。」
俺の悪友である猿からの呼びかけだった。こいつ馬鹿なくせして、何げに学校行くの早いんだよな。
「・・・なんだ、野郎か。」
このバカへの受け答えは、これで十分だ。姫に会えなくって、さらにはこんなむさ苦しい、野郎の顔なんかを拝まないといけないなんて、今日はついてないな。
「何だよカズ!口でも心でも俺を罵倒しなくてもいいだろうが!」
何!こいつ俺の心を読みやがった。エスパーか!?
「いや、それぐらい顔を見ればわかるだろうが。そんな嫌そうな顔と、驚いた顔を見ればな。」
まぁ、出会っちまったからには、しょうがない。今日のところはこいつと登校するか。
程なくして学校へと着き、教室に入る。不意に教室を見渡して姫の姿を探すが、どうやらまだ課題を仕上げているのか。
仕方ない、早く来てしまったのでホームルーム開始まで時間がある。しばらく猿と駄弁って過ごすとしよう。
「・・・でさ、俺の撃った弾が、相手の頭を直撃してさ。いやーあれは爽快だったよ。」
駄弁ると言っても、猿が一方的に話してるだけで、俺は相槌を打つだけだが。ちなみに、今の話は、この前の休みにサバゲーをやってきたという話だ。正直、銃撃戦には興味がないから、退屈だけどな。
「ふぅー、良かった、間に合ったよ。」
勢いよく教室のドアが開くと思うと、姫の登場である。本当にホームルーム開始ギリギリの到着だ。
「よぉ、姫。今日はよくも、おいてってくれたな。」
出会って早々に、嫌味をぶつけてやりましたよ。そりゃもう、どストレートで。
「ああ、ごめんね。もうすぐ文化祭が近いでしょ、だからそのための資料の制作をね。」
わかっていたよ、どうせこれは俺の愚痴だって事は、だけど言わずにはいられなかったんだよ。みんなだって、そういうことあるだろ?
「よーし、ホームルーム始めるぞ。」
俺が愚痴をこぼした所で担任の先生が入って来て、また退屈な授業が始まっていく。
「授業は退屈だが、食事は最高の時間だと思わないか姫よ!」
今は食事の時間。皆思い思いの所で食事を取ることを許されているので、俺達三人は屋上へと、足を運んでいた。満天の青空の下、吹き抜ける風が気持ちいいね。
「確かに最高だけど、勉強も大事だと思うけどなぁ。」
ベンキョウ?何それ、美味しいの?
「同感だぜカズ!授業なんて、ただの睡眠時間だよな!」
猿も同じ考えのようだ。なんでか授業って異様に眠くなるんだよな。
「まぁ、それはさておき。早速、いっただっきまーす!」
俺は母親特製弁当の唐揚げをつまみ口に運ぼうとした瞬間、まさかこんな時に聞くことになると思っていなかった、二ヶ月ぶりの、あの声を。
「シンフォニアの王女、エルフィア・シンフォニアの名のもとに、助け人様!私にお力をお貸しください!」
声を聞くと同時に、体が光出し、異世界へと行く準備をしだした。
「姫!」
「和也くん!」
二人で確認し合い、二度目の戦闘の覚悟を決める。
「おい、お前らどうしたんだよ?なんか、体が光ってんじゃん?」
このメンツで唯一の部外者の猿が何気なく、本当に奴も無意識にだろうが、俺の制服の袖を掴んできやがった。
「おい、バカ!離せ猿!このままだと、お前までシンフォニアに行っちまうぞ!」
何で人間は、離せと言うと逆にさらに強く掴んでくるんだろう。おかげで、俺は猿を振りほどけずに、光が満ちていった。
「和也くん!猿くん!」
今回の意識か飛ぶ瞬間の最後は姫からの、心配の呼びかけだった。