20年の間
「…この人が、クデルトの王?」
「………どういう意味だ?」
神の言葉に、紗季とセグナの表情には疑問が浮かぶ。
しかし、神はそんな二人など構わずに続けていく。
「うんうん。確かに、君は百年前に~王として呼んだんだよ。なのにさあ、神殿に来たのはクデルト・レプシェークだったから、何でだろーとは思ってねえ。」
ふらふらと神殿内を浮遊する神に、紗季は内容を理解しようと頭を巡らす。当事者であるセグナは、いち早く神へ顔を上げた。
「…百年前?私は80年前に来たのだが。」
「んー?」と神も曖昧に首を傾げる。
「だからさあ、僕の感覚だと百年前なんだよー?だからこそ、100年経って、そこの
ウォーター王を呼んだわけだし?」
ええ~?
何かぜんっぜんついていけないんだけど。
セグナの聞きたい事の答えは出た筈が、疑問しか生まれて来ない。
神の、独り言の様な話しは続いていた。
「もしかして君が来る時何か問題でも起きて、20年のずれが出来ちゃったかなあ?うわーお。それは、結構まずいかも~。だから、違う子が王になっちゃったんだー。」
え?まずいの?
紗季の疑問に気付いたのか、神は緊張感の欠片の無い態度を崩さず言いのけた。
「うん。何かヤッバーイ事があるかもね~。」
「いやいい加減過ぎるでしょ!」
もう嫌だこんな奴が神なんて。
げんなりする紗季の横で、セグナは意外に冷静である。
「では、私が王になった方が良いと?」
おや?と神が浮遊を止めて地に足を着けた。
「うーん。一回ずれた時間は戻らないからなあ。てか、今更王を変えられないしー。」
なら、と神がそれはそれは緊張感の欠片も無い口調で続ける。
「100年後の王にでもなる?」
かっる!てか何それ?
固まるセグナを横目に、紗季が素早く返答していた。
「てゆうか、そのタイミングで死んだ人だけじゃないの?」
ん?と神は首を傾げながら「まあ、本来はそーなんだけどねえ」とのんびりボヤいている。
「本来の時間とはずれてるわけって事で、セグナの時間は動いてないんだよねえ。だから、君が望むなら王になって貰って良いよ。」
やっぱり最低だ。
だからこその神だろう。人間とは、根本的に思考も価値観も全く異なる次元の存在なのだ。
人の生き死になど、端から息を吸う吐くのと変わらない物なのだろう。
はあ。期待しても無駄か。
内心溜め息を吐くと、それまで黙っていたセグナが口を開いた。
「…神よ。俺は、既に王に仕えた身。自分が王になりたいとは思わない。その話しは、断らせて貰おう。」
未練無くキッパリと言い切ったセグナに、神も特に気にしないまま軽く返す。
「そっか~。ちょっと残念だな。あ、じゃあ君何歳?」
「…?この世界で80年は生きているが。」
ふいの神の問いかけにセグナは訝しく思いつつ答える。
「うん。じゃあお詫びとして、80年は不老不死にして置くよ。その間にどう生きるか決めれば良い。」
へえ。
王になったり、何処かの国で上級官吏にならなきても八十年は自由って事か。
その言葉に、何処か暗い雰囲気のセグナは瞳に力を取り戻す。
「…了解した。」
何か考えているのだろう。セグナはあごに手を置いて目を細めている。
じゃあ、その間に私の質問でも聞いてみるか。
「ねえ、神。」
「ん?何~?逆ハー達成記念でもする?」
顔面へし折ろうか?
苛立ちを抑え、ニヤニヤと笑う神を見据える。
「ちがうから!…私の病気って治るの?」
そこで、始めて神の笑みが止んだ。ぞくりと紗季の背筋に悪寒が走った。
「…言った方が良い?」
笑みの無い相手は、荘厳で神聖な存在として目に映る。
「…ええ。教えて。」
それは、今までの言動を打ち消す程…
「いやあ。わっかんないな~。」
「…は?」
しかし、神の間の抜けた発言にそんな思いは吹き飛んだ。
「だってさー、王でも上級役人でもその病気でさっさと位を返上して死んだわけだよ?それなのに、君は意識を保っている。それこそが今の君は奇跡なんだよ?」
君ってやっぱり変だよね、との神の失礼な言葉だが、紗季の胸に僅かな希望が生まれる。
「じゃあ、可能性はあるんだ。」
「そーかもね。」
緩く返す神も、胸中は疑問で溢れていた。
(本当に何故ウォーターは生きてるんだ?ケープラナの様な死相は全く見えない)
「て事で~。君達また何かあったらいつでも来てね。」
そう言って紗季の制止も聞かずに神は消え去って行った。
あー。まだ聞きたい事あったのに!
それからは、またセグナに連れられて部屋に戻ったのだが、紗季の症状は此処から格段に悪化していくのである。
その夜、医師サーキュレの弟子ココがある人物を連れて帰城する事で、また状況が変わっていくのだった。
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