水王と銀騎士
「馬鹿じゃないの?」
セグナの一言にネルビアの辛辣な声が返される。
銀の騎士セグナは「王と二人で話したい事がある」と言う。勿論、ネルビアは却下だ。
病に侵された王である以前に女人。一人で、味方とは到底思えない男と二人には出来ない。
確かに当たり前だろう。
紗季も、あれだけ言った相手だ。あまり二人になりたいとは思わない。
ネルビアの冷たい視線を受けるも、セグナの態度は変わらなかった。
少し考える様に視線を移らせ、やっと紗季に視線を戻す。
ん?そんなに言いたい事があるの?
「では、一つだけ聞きたい。」
その声には、僅かな焦りさえ込められている。
「……何?」
ネルビアを制し、紗季は頭だけなんとか向ける。
「ウォーター国王陛下も《地球》から来たのですか?」
アース……地球?!
一瞬呼吸が止まり、相手を凝視する。
その言葉など、この世界の者なら知らないだろう。セグナの表情にも、悪ふざけする様な感情は見えない。
「…ネルビア。ごめん、少し席を外してくれる?」
紗季の険しい表情に、ネルビアも躊躇うも最後は頷く。
「何かあったら呼んで。」
「分かったよ…ありがとう。」
黙って扉が閉められ、セグナが寝台の横で片膝を着いた。
「…貴方も、地球から来たのね?」
紗季の声が僅かに震える。他にも居るのかもとは思っていたが、まさか会えるとは…。
「はい」とセグナは一呼吸置いて、静かに語り始めた。
「…私が来たのは、十九世紀のイギリスでした。他国との戦争の最中、仲間を失い茫然自失の時に、気付くと見知らぬ場所に居たのです。」
そこで、セグナは既に死んでいたのかもしれない。
セグナの口調は特に悲しげでも苦しげでも無い。あくまで、事実を語っているだけ。
「…そこは、今より80年前のケープラナ国でした。俺は、運良くモリス様に拾われ、命を永らえたと。」
…不思議だなあ。神に選ばれた王以外にも、この世界に来た人が居たなんて。
セグナが言うには、異世界から来た新王の噂を耳にし、紗季に聞こうと思ったらしい。
「…そう。私は、東の島国から来たの。交通事故で亡くなり、気づいたらウォーター国に居たって感じだったけど。」
自分の事はサラリと言い、相手の反応を見る。
セグナは特に驚かず、小さく頷くと眉を寄せていた。
「…俺は、初めて地球から来た者と会えた。しかし、それは国王の貴女だ。…では、何故俺はこの世界に呼ばれたんだ?」
いや、私が知るわけないけど。
あの王だしな~。ふざけた事言いそうかも。
セグナの身の上を知り、思わず身震いしてしまう。
偶々来てしまったのが自分だったら、私は生きていけただろうか?と。
「…私なら、神に聞けるけど。」
ポツリと言えば、セグナの瞳が見開かれる。
「是非、お聞きしたい。…何故、俺が此処にいるのか。これから、どう生きれば良いのか。」
第2の故郷を失い、セグナの心は冷えきっていたのだろう。
紗季の言葉に、やっと力を取り戻した。
「…うーん。でも、私今は動けないし。」
はあ、と息を吐いた時、紗季の体がふわりと浮く。
「こうすれば、大丈夫ですね。」
「…………え。ああ、うん。」
気付いた時には、セグナの腕の中。
わあ。ええー?
驚く程にときめきは無く、されるがままになっている。
何でだろう?
セグナって格好いいのに、あまりドキドキしないんだよね。
誰にも見られぬ様に窓から出たセグナは、紗季を抱いたまま素早く神殿に向かう。
幾人かの兵士の目を潜り抜け、神殿に入り込んだ。
はあ。疲れた…。
あれ?
紗季は、そうっと足を下ろすと不思議と体が動き歩けている。
「…神殿の中は、体調が良くなるって事?」
驚くセグナに少し笑い、中央の水晶に手を翳した。
そして、目映い光に包まれる。
「いやっほ~!お、ひさしぶりだねえ。何何?ハーレム達成報告?すばらしい~。」
果てしなく殴りたい。
「違うっつーの。アンタに聞きたい事があるの!」
腕を組んで睨み付けると、やっとニヤニヤしていた神がセグナを見つけた。
それから、間の抜けた口調のまま思いも寄らぬ事を口にするのだった。
「あっれえー?君ってクデルトの王として呼んだ子じゃーん。どーしたの?」
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