目覚めた13日目
ぼんやりとする視界を辿り、やっと目に入ったのは涙を浮かべる鳥人。
「…良かった、サキ様!今、どなたか…。」
「……セラ?私……ん、着替えたいかも?」
セラの姿に一瞬で状況を思い出し、汗臭い体に顔をしかめる。
「はい、直ぐに!」と笑顔で出ていく鳥人を見送り、動かぬ体に活を入れて窓の方を見る。
日が出てる。どのぐらい立ったんだろう?
バタバタと戻って来たセラから水を飲まして貰い、ゆっくり着替えを行う。そんな最中でも疑問はつきない。
「…ずっと、セラが居てくれたの?ナディアは?」
「サキ様の病は…獣人には移りませんが、人には感染してしまうそうで…ナディアは別の仕事を。」
そう、と頷き考える。王の住む所を内宮として決め、使える様にしておくように言ったから、それを進めているのかな。
黙った紗季に何か勘違いをしたのか、セラは慌てて両手をぎゅっと握り頭を振った。
「大丈夫です!直ぐによくなりますわ。」
す、凄い形相。
必死のセラに知らず笑う。
「ありがとう。貴女の事は本当に信頼してるよ。」
心からの賛辞にセラはポロリと涙を溢す。それを見て、紗季は不思議そうに首を傾げる。
「セラ?」
「…ごめんなさい。私、嬉しいんです。キリス様は大事にして下さったけれど…他の人間は、鳥人の分際でと軽く見てきて…。」
(サキ様は、ただの私自身を見てくれた。何の力も無い私を必要としてくれた。…だから、この方に誠心誠意仕えよう)
「…何言ってるの?鳥人なんてそこらに居るかもしれないけど、セラは一人だけよ?」
はい、とセラは何度も頷き微笑む。
「…そういえば、私どのぐらい寝てた?」
「はい。夜を一度迎えて、日が登った所ですわ。」
良かった…まだ一日か。
祝立日まで体調が落ち着けば良いけど。
この時点では、紗季は沸死病がどれだけ恐ろしい病か知らなかった。いや知っていたとして、大人しく寝られる状況だとは思わないだろう。
「…あ、何か変わった事はあった?」
ケープラナの元大官達も居るし、大きな問題はないだろうが。
「いえ特には…あ、そういえば。」
「何か?」
何か思い付いたか、少し戸惑う様子のセラに続きを促す。
「問題というか…私の耳に入ったのは、宰相とルピアの会話ですけれど…。」
アルバンドとルピア?
その意外な二人の名前に目を瞬かせる。
「はい。建設や、土地の配分を考える民達が、王の姿を見たいと言っていると。」
ん?
紗季の疑問を感じ、セラはあまり深刻そうでは無いかの様に頷く。
「今の国民は、ウォーターに救って貰ったと好意的ですが、移った時から1度も姿を現さないので、気位が高いのではと思われているそうです。…せめて、祝立日には声だけでも聞きたいと。」
「…そうだったんだ。」
本当はアルバンドと話したあと、外に出るつもりだったのになあ…不味いな。
「あれ?病の事は、もしかして知られてない?」
「はい。上級役人で話しあって、伏せたそうですわ?民が不安に思うからと。」
まあ、そっか。
てか…本当にまずいなあ。
体も指先しか動かないし。
溜め息を堪え、もう一つの心配を減らす為にセラに視線を送る。
「あと、キリスとレビュートに伝言お願いしてもいい?」
そう言って伝言を伝えると、首を傾げながらセラは静かに去っていくのだった。
(…フラワ国の使者が来たら、教えて欲しい?何故フラワ国なのでしょう…)
セラが伝言を伝えに行っている最中、紗季の元に新たな訪問者が訪れた。
「やっほ~。サキちゃん、気分はどう?」
相変わらず緩い口調で軽く手を上げた狐人に、紗季も気が抜ける。
「ネルビア。…うん。今は大丈夫。」
寝台の前で膝を着き「良かった」とネルビアは笑みを浮かべる。柔らかなブラウンの髪が揺れ、金の瞳が優しい光を宿す。
大丈夫と言うが、やはり紗季の体はほとんど動かず、ネルビアの眉が下がっていく。
「…今、狼とキリス・トレガーと魚人が治療法を探してる。宰相と他は国を見回って、国造りを進めてる。…だから、君は休んで?」
ゆったりと優しく言われても、紗季は簡単に頷けず小さな溜め息も出てしまう。
「私…死ぬの?」
「………!」
ネルビアが息を呑む。
「…キリスも、セラも治るとしか言わなかった。でも、自分の体だから分かる。…全く、体が動かないの?変だよね。…私、死ぬのかな?」
知らず体が震え、頬を何かが伝う。
それを見たネルビアは紗季が何か言う前に、その舌で水滴を舐め取る。
「…王は、サキちゃんは死なないよ?君の病は沸死病。最悪意識は失うらしいけど、きっと君は死なない。」
さも当然だと言うようにネルビアは、はっきりと告げる。しかし、紗季の顔は晴れないまま。
「…そんなの。分からない。…出来たばかりの国で、王が病に偶然かかったって…馬鹿みたい。…最初の日からずっと寝たきりなんて、おかしいよ?…やっぱり、私…王なんて…」
その後は続けられず、また涙が溢れてくる。
体調が悪いからか、嫌な考えしか浮かばない。ネルビアも災難だろうか…善意でついてきてくれたのに、うるさい愚痴を聞かされて。
そう思っていたのに、ふと背中に腕を差し込まれ起こされ、そのまま抱き締められる。
「…王を辞めたい?」
何の感情も乗らないネルビアの言葉に、紗季は瞬間思考が止まるが感情で返事をしていた。
「辞めない。理想の為に。」
理想…と言ったが、それは何だろう。
獣人が奴隷じゃない国?
モリスの様な官吏を出さない国?
誰もが笑顔で居られる国?
咄嗟の言葉は自分の心から出たものなのに、綺麗過ぎて落ち着かない。
ネルビアの抱く力が強まり、耳元に彼の唇が触れる。
「…それが君の意思なんだね。でも、もしサキちゃんが嫌になったら…いつでも殺してあげる。」
何か、凄い事言われた。
「えーっと。うん。分かった?」
戸惑いつつ言えば、離れたネルビアの嬉しそうな表情を見つめる。
この麗しい狐人は、何か大きなものを抱えていると思う。森で会った時、そんな風に思ったが…やはり。
狐人の生き残り…ネルビアは、どんな思いで生きて来たんだろう?
寝台に横にされ、ふとネルビアが冷たい雰囲気を纏う。
「…誰だ。」
もし1度も殺気を充てられた事が無い者なら、今のネルビアの視線だけで気を失っててもおかしくないだろう。
「失礼する。ウォーター国王陛下が、意識を取り戻したと聞き…少し話しがある。」
銀の鎧に、金髪と銀色の瞳が目に映った。
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