医師サーキュレの困惑
簡易休養所の臨時所長は、頭を抱えていた。
ケープラナ国の王城医師を勤め早600年。ケープラナが滅び、チェイダー国へ移住が決まっていたが、馬車を間違え新しいウォーター国に来てしまった。
間違えた事を言い逃し、病人や怪我人を看ていた矢先、呼ばれたのはウォーター国城。
恐ろしい顔の獣人に睨まれ連れられたのは、ウォーター王の寝室だった。
息を荒げ苦しむ王に、医師魂に火が点き疑問は消えていた。
普段通りに診察をし、始めは発熱と疲れだろうと考えたが、肌の温度と血抜きにより最悪の病名が浮かび上がる。
「…困った…真に困った……。」
「先生、ネツさましと血えきぞうせいを作りました。」
うろうろと室内を彷徨きながら唸る、見た目は老人の簡易休養所所長…ディエル・サーキュレは、入室してきた少女に気付き動きを止めた。
「…おお、すまんのうココ?早速、城に上がってくるとしようかのう?」
ココと呼ばれた少女は、心配そうに相手を見上げる。
「…王さまは、しんじゃうのですか?」
「!何を言う?誰が聞くかもしれんぞ…滅多なことは口にしてはならん。」
慌てて否定を返し、ココから渡された薬を鞄に詰め込む。
しかし、ココはまだ納得出来ず声を潜め口を開く。
「…でも先生、王さまはフッシ病かもって。」
その言葉にサーキュレは知らず頭を押さえ、溜め息を吐く。
「私の独り言を聞いておったか?」
「…すみません。」
仕方が無い、とサーキュレはココの肩をポンと叩く。
「王が沸死病だとは他言してはならんぞ?…それで、何処まで知っておる?」
城へ向かう最中、医師とココは沸死病の話を続けた。
沸死病…知られているのは、ヨッツア国での大感染。ヨッツア国200年目の時、高熱に倒れた国民3分の1が命を落とした。
その時、理由は知られなかったが、死体の全てに血液が無くなっていたそうだ。
長年研究されてきたその病気は、30年程前にクデルト国で感染が見つかり、やっと詳細が知られてきた。
沸死病と名付けられたこの病は、感染源として野獣と魔獣の血双方が体に入る事である。自由民と獣人、その他種族には耐性があるからか感染しない。
感染した者に発症3日以内に話したり、触れた場合感染する可能性がある。
沸死病の症状は、全身の血液が沸騰し蒸発する。一般の者は、1日持てば良い方。
上級役人、王は不老不死であり感染した場合の前例が無く、知られていない。
その情報を共有しつつ、城内に入りサーキュレは王の元に急ぎ、着くと直ぐに熱冷ましと血液造成剤を投与する。
昨日にあった意識も今日はほとんど見られず、現在は人間以外の看病が求められるので、鳥人のセラが行う。
セラは泣き腫らした目をしつつも、懸命に王の体を冷やし続けている。
サーキュレの処置が終わると、セラは王を見つめ体を震わせた。
「…医師様、陛下は…サキ様は治るのですか?…王は、亡くなる事は無いと、聞きます。…でも、顔は血の抜けた様に白くなって…お体は、温度がどんどん上がって…もう、返事もなさらない…サキ様は、どうなるんです?」
とうとう涙を溢す鳥人に、サーキュレは何も言えず、呼ばれた部屋へ廊下で待っていたココを連れて入った。
「…失礼致します。」
一礼し、促された椅子に腰を下ろし、後ろに立つ少女を手で指す。
「…この娘は、弟子のココリエル・ボックスート・マウンド。ココと呼んでいる者です。」
「その様な事はどうでも良いじゃろう。」
目深にフードを被る人物がピシャリと言い放ち、その隣の黒髪の青年が後を続ける。
「…それで、容態は?」
はあ、とサーキュレは冷や汗を拭い静かに語り出す。
「…さすが一国の主、とお見受けします。薬を服用し、処置を続ければ体を失う事は無いと存じましょう。…しかし、意識を保つ事、体を起こす事はこの先難しいかと。」
上級役人独特の気迫に怖じ気はあるが、医師としてあるがままを伝えるサーキュレである。
宰相アルバンドは思わず手に持つ書物を滑り落とし、キリスは顔から血の気を引かせた。
黙っていた魔術士ローマネは、見える口元だけを歪ませる。
「…やはり、沸死病か?医師よ。」
「…はい。」
聞き慣れぬ病にざわめき戸惑う周囲だが、普段飄々としているローマネの固い声に直ぐに静まる。
「…儂も魔術士の端くれ。思い当たり調べ尽くしたが、治療法は皆無。」
サーキュレも長い髭を忙しなく撫でつつ、ええと頷く。
「ええ。…更に皆様や、民達にも感染が懸念されるかと。」
その言葉に、叫ぶ様な口調で返したのは狼人レビュートである。
「そんな事どうでも良い!!どうせ王が死ねば皆消えんだからな?…それより早く王の治療法を見つけろ!」
激情に吼える狼人に、サーキュレは口をつぐみ恐れ戸惑う。
それに慌ててレビュートを抑え、頭を下げたのは魚人のルピアだ。
「…申し訳ありません。…レビュート殿は側近。誰よりも陛下を心配され、強い物言いになり。…しかし、彼の気持ちは私達皆も同じです。どうか医師様、我が国の陛下をお助けする助力をお願い致します。」
中性的で儚げな容貌の青年だが、不思議とこの魚人が話し出すと皆耳を傾けている。
彼の瞳の真剣さに、サーキュレは医師として、またこの新しい国がケープラナ国をどれだけ助力してくれたかを考え、どうにか助けたいと思う。
暗い思考に陥る医師の後ろで、小さな事が聞こえた。
思考に囚われた室内で、その声は思いの外通った。
「もしかしたら……。」
その小さな声に視線が集まった。
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少し注意書を。沸死病は架空の病気ですので、症状や感染方法に矛盾や疑問点が出てくると思います。作者は、医療の専門的知識を深く心得ておりません。もしも、その点でご不快に思われたら申し訳ありません;
ここまでお読み下さりありがとうございました。




