夢うつつ
「…おい、サキから離れろ。」
獣人の少年サイラは、アルバンドの手を強く振り払う。
扉の外に控えていたナディアは、室内の不穏な様子に気付き初めはキリスを呼ぼうとした。
しかし、キリスの姿は見当たらず、偶然通り掛かったサイラにどうしたのかと聞かれ、なるべく遠回しに説明したが何を思ったか、血相を変えて掛けて行ったのだ。
ナディアにとって、獣人は嫌悪こそ無いが少し怖い存在だ。それは元の主の邸でレビュートの怒りを見てしまったからだろうか。
破壊された扉を見て、ナディアは激しく後悔した。
アルバンドは呆然とサイラに目を向ける。
狼人レビュートの弟だと聞いていたサイラという獣人は、兄より年若いが野性的な印象を受ける。
自分を鋭く睨む相手に、それより王と話さなければと思った。
「…サイラ殿。貴方が不穏に思う事などしておりません。お引き取り願えますか?」
その物言いを不快に感じたサイラはムッと眉を寄せる。
「は?信じられると思うかよ?」
苛立つ相手に出方を迷うと、黙っていた王がどこかしっかりとしない歩みで動き出す。
「…サイラ、止めて。アルバンドとの話はおしまいよ。少し、民の様子を見て、来ないと。」
「……サキ?」
サイラも紗季の異変に気付いた。
「……何?どうし……。」
本人がやっと気付いたのは、その体がその場に崩れ落ちた時であった。
「サキ!」
「…陛下!?」
サイラが抱き上げると、頬は赤く染まり苦しげな呼吸をする王の様子。
「凄い熱だ…早く寝かさないと!」
慌てて移動するサイラとナディアに、アルバンドは一瞬躊躇うも走り出すのだった。
寝台に寝かされ、ナディアが処置を始める頃には上級役人に王の様子が伝わっていた。
意識をかろうじて取り戻した紗季は、変わらず仕事を続けるよう伝えさせた。
その時は、ただの紗季の世界で言う風邪だと誰もが思い、あまり重く考えていなかった。
紗季の予定していた民の様子を知るのはアルバンドが請け負い、民の要望や必要な物を紙に書き写す。
夜になり、国が寝静まる頃、簡易休養所の医術の心得がある者が呼ばれ王の診察を行った。
先に王の様子を見ていた魔術士ローマネは、何故かずっと思案顔で書物を捲るのみ。
夜になっても紗季の熱は下がらず、時折意識は戻るも喋るのも次第に辛くなっていた。
私…どうなるの?
何故か、自分では風邪や他の経験してきた病気とは違う気がしていた。
代わる代わる様子を見に来る官吏達に、紗季は初めは気強く対応していたが、襲い来る高熱の倦怠感と吐き気に心を折られつつあった。
「……もう………むり。」
吐き出す息も熱い。
ふと気づくと額に乗せられた布が変えられる。
「……………キリ、ス?」
やっと絞り出す声に、相手はハッと驚き紗季の手を取りじっと見つめる。
「…はい。お加減は、如何でしょうか?」
大丈夫、と言おうとするが、体は正直で紗季は何も言えず知らず涙が頬を濡らす。
その様子にキリスは小さく肩を震わせ、此方が辛くなる様な悲痛な面持ちで紗季の手を優しく握る。
「…お辛いですね。…俺が、代われたら良いのに。…先ほどまでセラがいましたが、あまりに嘆くもので下がらせました。」
これでは、俺も同じですね…と泣きそうに微笑む。
何も言えぬ紗季に、キリスの胸は張り裂けんばかりである。
「陛下、何か欲しいものはございますか?」
キリスをぼうっと見つめ、紗季は小さく一度だけ呟いた。
「…側に、いて。」
キリスはしっかりと頷き、紗季の額に触れる様な唇を落とした。
「御意に…いつまでも。」
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