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ウォーター国創世記  作者: 雪香
4章―国造りと花園の国―
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政の書

揺れる王と揺れる宰相


「はい。民の名を全て書き終えた事の報告を。」


「………………は?」


アルバンドの報告に一瞬信じられず、しかし何とか呑み込み受け入れる。


「…一万人じゃなかった?」


「?はい。正確には、1万と28人でした。」


あまりの事実に紗季は開いた口が塞がらない。


「…一晩で書いたと言うの?」


思わず、アルバンドの顔を凝視してしまう。そうういえば、目の下にうっすらと隈が見える。


どうしよう…あまり聞きたくない。


「…昨夜はちゃんと寝た?」


「いえ。」


不思議そうな相手に、内心溜め息を洩らし続けた。


「…一昨日は?」


「…いえ。」


そこで、アルバンドが口ごもる。

まさか……。


「…最近寝たのはいつ?」


あー、とかうーとか誤魔化すが、結局はおずおずと口にする。


「………四日前に、少し。」


間髪入れず立ち上がり、紗季の手がバンと机を叩く。


「何やってんの!この大バカ者!!これから大事な時期に、体を壊したらどーすんの!」


声を荒げられ、思いきりしょぼくれ目に見えて落ち込む宰相。


「…申し訳ありません。」


途端に紗季の怒りも沈んでいく。


ここまで低姿勢だと、こっちが悪いみたいだなあ。

なんか…先行き不安だ。


扉の前に居るナディアに軽く手を振り、下がる様に促す。ナディアが出て行ったのを確認し、頬杖をついて相手を見据える。


「…ねえ?そこまで急ぐ必要はある?まだ出来たばかり、段々で良いんじゃない。確かに私は頼りないかも「いえ。」


のんびり語り出す紗季に、アルバンドは頭を振る。


「…あの時、俺は後悔しました。」


あの時?


「…陛下が国壁へ向かった時、俺は後を追ったものの、間に合いませんでした。」


急なアルバンドの話しに、紗季はただ頷いた。


「…陛下がいらっしゃった時、大勢の前に案内する失態をおかしました。」


俺は、とアルバンドの眉が寄る。


「俺は、休む時間すら自分などに勿体ない。努力をし続けなければと。」


真面目すぎるな、この男は…私なんか昨日しっかり寝ちゃったよ。


「…不味いわ。」


ポソリと呟き、小さく唸ると立ち上がり机に寄りかかった。


「…困るわそれ。少し力入れすぎ。そんなんじゃ、色んな大切な事を見落としそうだし。」


表情を硬くするアルバンドに、紗季は自分から普段の自分を出して見せていく。


「あのね?今のうちに、少し話してみない?」


「…え?」


「だってさ、国がもし上手くいかなくても最低10年、上手くいったら何百年一緒かもしれない…なのに、ずっとそれじゃあ絶対無理!」


「…申し訳ありません。」


「それもだめ。何ですぐ謝るかなあ。」


がっくりと肩を落とす紗季は、少し考える。

どうしてみるか?そうだ。


「…そうだ。二人きりだし、普段の言葉で話してみて?」


「えっ?…そんな、とんでもありません!」


絶対に出来ないという相手に、紗季は勿論許さなかった。此処で腹を割って話す必要があると感じたのだ。


「…命令よ。これから私が許すまで身分を忘れて話しなさい。それと、聞きたい事は今この場で聞きなさい。」


威圧を与えはっきりと言いきれば、アルバンドは最後には頷いた。

彼自身にも、何か思う所はあったのだろう。


「…貴女は…」


「紗季で良い。」


「………………さ、サキは、なぜ…モリス・フェルトニアを官吏にしなかった?」


やっぱり、そこだったんだ。一番のアルバンドの疑問は。


「…簡単な事。彼は頭から爪のさきまで、ケープラナの物だからよ。それだけの理由…。」


淡々と答えてみれば、何となく悲しげなアルバンドの表情である。


「…では、少し気になった事が。貴女…君は、一部の者に砕けた様子で接する。それは良くない。」


「…なぜ?」


確かに、レビュートやネルビアは付き合いが違うので、気軽に接しているが。


「今、初めの官吏の少ない中、皆が君に近付きたいと思っているんだ。それなのに、初めから態度を変えるのはどうかと思う。」


紗季は、そうとだけ返し寄りかかった机に少し乗り上げる。


「…勿論区別してるに決まってるでしょ?」


「なっ…。」


「私の信頼する者はキリス以外は獣人。私は獣人は人間より上とは言わないけれど、獣人の立場を押し上げたいの。奴隷という存在自体消えていくように…。」



それは…とアルバンドは何か言おうとし、躊躇するがまた表情を戻し、紗季に向く。


「それは分かった。…最後に、君のその高圧的な物言いは良くないと思う。」


高圧的?


「…どういう意味?」


スッと室内の温度が下がり、声に冷たい音を乗せる。


「…それだ!君は無意識に臣下に上からの物言いをしている。せめて上級官吏だけでも、打ち解けてくれないか?これでは、距離が縮まらないじゃないか?!」


必死な相手の言い分とは裏腹に、紗季の心は次第に離れていく。


当たり前でしょ?

ただでさえ、17の子どもが普通に接したら…王だと思えるの?


心が冷え、黙ったまま体を反転し扉へ足を進める。


「待ってくれ!」


紗季の足がピタリと止まる。


「やはり、元は他国の人間だから…気を許してくれないのか?」


諦めた様なアルバンドに、紗季の頭にカッと血が昇った。


「私のせいにしているけど…認めてないのはアンタでしょ!何だかんだ、貴方はレビュートやネルビアを避けているじゃない?ケープラナの話を何度も引き合いに出しているじゃない?…。」


私は、と息を吐いて続ける。


「…若い貴方だから、先入観も無くすんなり入ってくれると思ったんだけど。まだ一日や二日ではダメね。」


寂しげに眉を下げた王は、アルバンドに全く視線を向けず扉のノブを握った。


握ったと思った。


アルバンドは紗季の肩に触れ、自分へと向かせ王を強く見つめる。


「…お気を悪くさせ、申し訳ありませんでした。…俺は、ケープラナ王と一度も話した事が無かった。だから、このようにじっくり話せ凄く嬉しかったです。…俺は、故郷を躊躇わず救ってくれた貴女だから…仕えたいと思えたんです…」


しかし、アルバンドの言葉は続かない。

何故なら、突然の轟音に掻き消されたからだ。


轟音と共に消える扉ともうもうと立ち込める砂埃。


「大丈夫か?サキ?」


ニッと笑い尻尾を振るサイラと、後ろで戸惑うナディアが現れたのである。







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