合議の12日目
「…祝立日?」
聞き慣れぬ言葉に、紗季は一度動きを止めた。
一晩泥の様に眠った夜を明け、朝早くから続く建築や農耕での外を目にし、アルバンドから声を掛けられ直ぐに向かう。
大きい長テーブルに果物やパン等の簡単に食べられる物が置かれ、紗季は茶器を持っていた。
首を傾げた紗季の他には、目の前のアルバンド、補佐シュラ、レビュート、外務大臣ナント、内務大臣エリリィアが椅子に腰かけている。
ドアの外には騎士団の者が控え、ドア近くにナディアが紅茶の用意をする。
「…はい。」
アルバンドが紗季の疑問に返事を返し、隣のシュラがそれを引き継ぐ。
「…恐れながら、ご説明を。祝立日とは、王が国に起ち、丁度15日目を差します。祝立日を迎えた国は、他国より祝いの使者が参る習わしでございますが…本国ウォーターは、今日で十二日経つ予定だと思われますが。」
ふむふむ。
よく分からないけど、あと3日で他の国から人が来るのかあ。
「そう。祝立日を迎える国は、何か用意をすべきかしら?」
胸中は表に出さず、とりあえずの疑問を投げ掛ける。
その疑問には、唯一女性で上級官吏のエリリィア
が口を開く。
「ええ。…私の経験から申しますと、使者を迎える国での準備はありませんわ。」
「…無い?」
少し驚きレビュートと視線を交わし、続きを促す。
「建国15日目ならば、どの国でも民や官吏を集め、基盤を作る最中…いえ、民一人すら居ない事が多い程。なので、祝立日と仰々しく言えども国は、使者を迎え言葉を交わすだけなのです。」
そう、と頷くが紗季は微笑を浮かべ茶器を置いた手を組む。
「では、王のする事はあるって事ね?」
さっきから、国はとしか言ってないし。
ちょっと引っ掛かってたんだよね?
紗季の素早い返答に、黙って座っていたナントは思わず舌を巻いていた。
(年若いのにしっかりとされていると思ったが、やはりご聡明の様だ。)
紗季にとって目まぐるしい短期間での経験は、本人の気付かぬ内に大きく変化を与えていた。
相手の思惑や思考を読み取り、結論へと導いていく。
エリリィアは表情を僅かに緩め、深く頷いた。
「…ご賢察の通り。陛下には、なさって頂きたい事が一つだけございます。」
「…ええ。」
「王としての振る舞いを。」
ん?
口を閉ざした紗季に、シュラが疑問に答える様に続ける。
「私はケープラナから、使者としてフラワ国とクデルト国に行かせて頂いた事がございます。…フラワの国王陛下は物静かで静粛と、クデルトの国王陛下は高圧的で威厳がおありでした。」
それからシュラは、ケープラナに戻り相手国の王の言葉や態度を報せ、ケープラナからは人手や物資を贈ったのだ。
「…ですが、ケープラナの国王陛下は、二国より古いヨッツアとチェイダーより贈り物を少なくなさりましたのですわ。」
エリリィアが苦笑を溢す。
思考を始めた紗季は、一人頷くと自身の役割を理解した。
「なるほど。…祝立日での王の振る舞いで、他国からの支援が変わる、という事ね。」
その通り、とシュラが恭しく頭を下げる。
確かに、10年の内に国を機能させていくには、他国の力が必要になってくるなあ。
クデルト国や、フラワ国は上手く出来なかった?
じゃあ、偉そうにしても、静かにしても駄目か…難しい~。
紗季が考え込んでいる内に、レビュートが呼ばれ出ていき、エリリィアが礼をし出ていく。
ナント、シュラが退室した時紗季も出ようと立ち上がるが、ふと呼び止められた。
「陛下、ご報告を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「…ええ。構わないわ?何かしら?」
緊張気味なアルバンドに軽く返し、また座りながらナディアの淹れたおかわりを口にする。
気を利かせたナディアがアルバンドのカップにも注ごうとするが、アルバンドは顔色を変え断る。
微かに震えさえ見られる相手に、ナディアは困惑し離れるが、それに紗季が耳打ちした。
「アルバンドは異性が苦手らしいの、ナディアだからじゃないわ。」
まあ、と目を瞬かせるナディアは、微笑だけで留め扉前へ戻る。
うんうん。
良い子で良かった。
あれ?待てよ?
紗季の瞳は正面のアルバンドを捉え、じっと少し不穏な光を湛える。
「…そういえば、貴方女嫌いでしょ?」
人数も減り口調も砕けた紗季の言葉に、アルバンドが石の様に固まる。
「………はい。」
「何で、私は近くにいても平気になったの?」
「…………。」
にっこりと笑みを浮かべる王に、視線を剃らしおずおずと口を開く。
「……あの、陛下は…王でいらっしゃいますので……女性として、意識をしない、というか…。」
「………。」
おい。聞き捨てならないぞ?
「…へえ。女ではないという事ね、私は。」
「っいえいえ!そういう訳では!陛下を女性として意識するのはご無礼ですし、自分としても意識すると支障をきたしてしまい…」
必死に弁解する相手に、紗季も思わず笑ってしまう。
「別に女として見られたい訳じゃないけど、最初の貴方を知ってるから、不思議なのよ。」
紗季の表情が和らいだ事で安堵したアルバンドは、生真面目に考えゆっくりと返答を始めた。
「…陛下は、俺の知る女人達とは違いますので。」
「ふーん。それは、良い意味で?」
「勿論です!」
強く頷くアルバンドに、紗季も深くは考えずまあ良いかと納得して置く。
さてと。
「…それで、報告って?」
.




