ウォーター王帰国
駆け出した先の相手の手を取り、涙を堪え笑顔を向ける。
「…っただいま。」
少し尖った耳をピクリと動かし、水色の髪を揺らした魚人の青年は微笑む。
「おかえりなさいませ、陛下。ご苦労様でした。少し、お痩せになりましたか?」
目を細めて、何も聞かず労る相手に、小さく頭を振った。
「ルピアこそ、留守を守ってくれてありがとう。あ、サイラも元気?」
サイラという言葉に、少し離れて待っていたレビュートも寄って来る。
狼人でサイラより近寄りがたい雰囲気のレビュートに、ルピアも少し緊張するが紗季の変わらぬ対応に気を取り直す。
「はい。サイラ殿とは共に協力して、出来る事を行っておりました。」
そう…と頷くと、供に城内へ足を踏み出す。
城内では忙しく駆け回る人々。
うう…これから大変だなあ。
日も暮れ始めた城外には、テントの様な物がみるみると張られていく。
そういえば、町は直ぐに出来ないから生活の支援もしていかないと。
軽く米神を押さえ、内心溜め息を洩らす。
改めて背負う物の大きさを実感する。
そんな紗季に、ルピアが声を掛ける。
「…陛下、少しお話ししたい事があります。」
控えめな物言いに、思考を戻した紗季は直ぐに目を向けた。
「分かったわ。…では、内大臣と話をするので各々持ち場へ。」
紗季の言葉でそれぞれが別れ、キリスは下官に呼ばれ、レビュートは女官のナディアに呼ばれ離れた。
扉の外にはメーリングが控え、ルピアと紗季は近くの部屋へと入る。
その頃には銀の鎧は、紗季の視界より消え失せていた。
「……はあ、疲れた。それで?はなしって?」
椅子に深く腰掛け、気を弛めたのは帰国出来た事と、気心しれたルピアと二人だからか。
茶器を紗季の前に置き、ルピアもちょこんと椅子に座る。
「…いえ、実は大した話しではなくて…。」
眉を下げて苦笑するルピアに、紗季は勘づき笑みを浮かべた。
「ふふ。休憩させてくれたんだ?」
「…はい。勝手ながら。」
茶器に口付け、一口口に含み呑み込む。
「ありがと。…私、ね、クデルトに行ったよ?」
ルピアの瞳が揺れ、王を見つめる。
「ルピアの嫌がっていたのが分かったわ…人間以外への強い侮蔑と嫌悪。貴方が来なくて良かったと思った。」
陛下、と魚人が呟く。
「でもね、それでもクデルトは゛生きている国″だった。それはね、ケープラナに行ったから。」
紗季は強く拳を握る。
「ケープラナは終わっていた。入って直ぐに感じてしまったの。活気のある民の陰り、堅固な建物の僅かな綻び…。」
紗季の見つめるのは、窓の外の忙しなく動く民達。
「…それが王の存在一人のせいなら、私は自覚しなければって。自分の手足としての側近、頭脳としての宰相…。」
椅子から立ち上がり、ルピアの手を取る。
「私と官吏達と繋ぐ存在が必要だって。…勿論私が心から信頼する者。初めて神書に書いた優しい人。」
ルピアは俯き、紗季の手を震えながら握り返す。
「私は、何も出来ません…力もありません。書も読めません。」
ルピアの不安だった事。
多くのケープラナの官吏がウォーターに入り、自分は用無しになるのではと。
「…何にも出来なくて良いよ。待っててくれただけで良い。」
キリスが居なくなった時、心が折れなかったのはルピアが居たからだ。
「貴方は私の内大臣だわ、ルピア。」
ルピアは瞳から真珠の様な涙を落とす。
「…仰せのままに。陛下…。」
紗季は知らない。
この世界初、魚人の官吏がウォーター国初だという事を。
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