白銀の怒り
紗季の元に駆ける多くの官吏達。
「…陛下!」
一際大きく響いた声の主は、紗季の返事を待たずに地面に叩き付けられていた。
え?
紗季は瞬間、視界の状況に混乱する。
目の前には、銀鎧の男に殴り飛ばされ膝を着くキリス・トレガー。
「…お前っよくも、のうのうと生き永らえていたものだな!」
殴られた衝撃で動けぬキリスに、男は更に腕を振りかぶる。
しかし、それは二人の間に滑り込んだ人物により止んだ。
「…メーリング。」
銀色の瞳が細まる。
「どうか、これまでで…。一国の王の御前で暴力沙汰は…。」
年若い副団長は、相手の壮絶な怒りに微かに震えつつ真っ直ぐに視線を向けた。
「王か…。」
男の雰囲気に少し冷静さが生まれる。
男の瞳に、静観な狼人の背に隠される少女が映った。
銀鎧の男を警戒し、ローブで顔を隠す人物と狐人が、なんとなく少女の周囲を囲む様にも感じる。
男と目が合い、紗季は距離を取ったままレビュートを留め、一歩前へ進む。
「…先ほど、私を助けたくれた事は感謝するわ。けれど、どうして我が国の側近キリス・トレガーに手を上げたのか、教えて貰える?」
足を進め、メーリングを後ろを退かせると、キリスの前に立つ。
相手が王と聞いたからか、銀鎧の男は振り上げかけていた手を下げその鋭い視線を向ける。
「王…という事は、噂に聞くウォーター国の国王でしょうか?」
「…ええ。」
その視線を難なく受け止めたのは、ケープラナの並み居る大官と関わってきたからだろうか。
「私の名はセグナ・ブラッド。ケープラナで武官をしていた者です。」
ケープラナで…か
さっきの言葉『よくものうのうと生き永らえていたものだな』って事は。
キリスは立ち上がるも、はっきりと顔は上げずに居る。
「貴方のキリスに対しての対応だけど、悪いけれどそれは結論が出ているの。」
「……?」
セグナの眉が寄る。
「…我がウォーター国とケープラナ国で約定を交わし、民を移住させる条件の内に、キリスの罪を咎めずとあるのよ。」
それは、とセグナの表情が消えていく。
「それは、確かに守られる必要はある事でしょう。」
あれ?あっさり分かってくれた?
「…国同士では、ですが。個人の感情はまた、違う。」
なわけ…無いか。
相手の瞳に宿る暗い炎に、下がりそうな足を留めた。
「そうね、私も個人として、キリスをウォーターに望んだわ。ウォーター国に、彼が必要だから。」
キリスの表情に生まれていた陰が消えるのを、セグナは許さない。
「…国を破滅に導いた男をか?自分が刺される可能性を考慮しても?」
刺すような銀色の光に、王はただ静かに受け止めた。
「…そうね。知っているわ。でも、彼は私に全てを捧げると誓った。だから、私は彼の全てを請け負う。…その咎も。」
きっと、何を口にしたとして、この男には届かないだろうが。
「…甘いな。そんな甘さで国が続くか?ガキのおままごとじゃないんだが?自分に賛同する者を緩し、傍に置き安堵を求め…まるで仲良しごっこだな。」
王に対してのあまりの物言いに、レビュートは殺気を隠せず、ネルビアは武器に手をかけていた。
そんな中、当の紗季だけは、周囲を手を向け制しセグナへ更に近付く。
その距離、紗季の足で三歩程だろうか。
「そうね。もし、お遊びだったら、ケープラナなど放って置いて良かったかもね?」
紗季は口元のみの笑顔を向ける。
「キリスが必要だったのだから、キリスが見つかった時連れて帰って、10年遊んでウォーターで消えて終わり、ってね。」
クスクスと笑い、ふと真顔になった。
「…なわけ無いでしょ?キリスを探すまで、クデルト国で奴隷という人間の悪意を見た。王が居なくなっただけで滅びる国があった。私の一言で、生き永らえた命があった。」
全て、王の存在と意思が根幹にある。
「半端な覚悟で王として、キリスを請け負っては居ない。一人の人生を請け負った以上、彼を守る責任がある。」
だから、キリスから手を引きなさい。
紗季の口が閉ざされ、男の口が開かれる。
「俺は、主君を刺した謀反人を処罰として拷問を行い、山奥へ捨てた。それを拾ったのが、貴女か?」
「…そうね。」
「…そうか。別に、打ち捨てられた塵をどうするか構わないが、俺にも仕えていた者として意地はある。ケープラナは、俺の第二の故郷だった。滅びてはならなかった。」
紗季は、そうと頷く。
「…でも、過ぎた物は戻らない。貴方が求める物は、この世界の何処にも無い。たとえ、キリスを手にかけても。」
銀色の瞳が閉ざされ、男は僅かに視線を下げ踵を返す。
「…その通りだ。…………もう良い。邪魔をした。数数の無礼な言上も悪かった。」
紗季は何も言わず、銀色の鎧を追い抜き歩みを進めた。
次第に周囲も紗季に合わせ、歩き始める。
少し城が見えた頃、紗季はある事に気付く。
隣を歩くレビュートが彼にしては珍しく、小声で耳打ちする。
「…着いて来てるぞ。あの鎧の奴。」
「……うん。」
そうなのだ。
あれですっかり納得したと思ったら、自然と紗季の斜め後方を歩む銀色の鎧。
ケープラナの面々は、関わりづらいのか、気づかぬ振りを通しているが。
え?何処まで来るの?
そう思っている内に、木材や大量の土を運ぶ者すれ違い、城の門へ近付けば紗季にとって懐かしい水色の髪が目に移る。
「……ルピア!」
知らず、駆け出していたのだ。
.




