ケープラナ国の終わる日
ケープラナ編最終話です。
翡翠の瞳は切れ長で、朱の混じる金髪は肩を超え。藍色のマントを肩から掛け、銀色の王冠は手元で玩ぶだけ。
気だるげで疲れた表情だが、それでも気品は感じられて…。
夢の中の人物を思い返し、ある扉を開ける。
移住の準備で走り回り慌ただしい城内で、此処だけは別世界の様である。
扉の外には、ローマネが控えている。
部屋に入り、他の部屋より調度の少ない室内は白を基調とし、落ち着いた雰囲気である。
手近の椅子に腰掛けると、目の前の3人に目を向けた。
金髪に巻き髪の外見は美少年といった所だろう、大官ハンニエル。
深い藍色の髪の上背のある、ケープラナ国国立軍総将軍ファウル・グラウンド。
切れ長の理知的な瞳を持つケープラナ国側近モリス・フェルトニア。
ケープラナ王の事で話があると言えば、モリスはハンニエルとファウルにも同席させたいと望んだのだ。
静かに紗季の話しを待つ3人に、紗季は言葉を選びながら口を開いた。
「…私の夢に翡翠の瞳と
朱の混じる金髪の男が現れたのは、キリスを拾った三日後。最初は可笑しいと思ったわ。」
上級役人以上は、簡単な方法では死ねない。
しかし、彼は神に頼んだと…命を終えると。
そこで、確信したの。
男はキリスの居た国の王だと。
紗季の話しに、ファウルが眉を下げ小さく唸る。
「…失礼致した。続けて下され。」
ええ、と少女王は頷く。
「…男は言ったわ。『100年はがむしゃらに頑張った。そし たら、何もしなくても国は回りだした。 …その後は好きに生きた。臣下に政を全て 任せて、美しい妃を集め、色とりどりの財 宝に目を向け、娘や息子を甘やかした。 そ れでも、国は強大になり、臣下からは褒め そやされた。国民に祭り上げられた。』
ハンニエルは悲痛な面持ちで、唇を噛み締める。
『そして、見向きもしなかった臣下に身 体を貫かれた。 そこで分かった。 自分は間違っていた。 そうだろ?俺を刺した臣下は泣いていた。 そこまで俺は臣下を、民を、国を追いつめ ていた。』
違う、とハンニエルは頭を振り俯いてしまう。
「男は、後悔はしていないけれど、民には申し訳なかったと言っていた。」
口を閉ざす紗季に、ファウルは口元を押さえ肩を震わせていた。
「…陛下が、その様に思われていらっしゃられたとは…何と拙は自分が情けない…。」
ハンニエルは、涙を浮かべ流れるもそれを拭いもしない。
「…僕など、何も知らず陛下に仕事をなさるように、言ってしまった。」
悲嘆に暮れる二人に、口を閉ざしていたモリスが顔を向ける。
「…二人共、陛下はきっと悲しまれるのは望んでおられませんよ。…陛下の望みは、民を救う事。お二人はそれを成し遂げた。…心残りはもう無いでしょう。」
これからは、陛下のご冥福をお祈り致しましょう。と微笑むモリスに、二人は涙を浮かべながらもゆっくりと頷く。
「…ウォーター国王陛下、お話しして頂き感謝致します。」
モリスの言葉を受け、落ち着いた二人は紗季に礼をし部屋を出ていく。
二人は最後の挨拶をするのだろうか。
ハンニエルは、育ててきた部下達に。
モリスは、今生の別れとなる妻や子孫達に。
二人が去った後、紗季の瞳には額を覆うモリスの姿が映る。
そっか…二人が居なくなって、気が抜けたのかな。
確かに、先ほどのモリスは普段通りに見えた。
しかし、あまりに落ち着き過ぎた様に見えたのだ。
紗季と目が合うと、モリスは今にも泣き出しそうにさえ瞳を揺らし、手を下ろす。
「…あの二人にも、キリスにも、ケープラナに住む者達にも、何の罪はありません。…咎められるべきは、私です。」
ケープラナ王が亡くなった後、モリスが最も尽力したと聞いたが。
「…私だったら、貴方が臣下であれば怠惰になったと思えない。…なぜ、罪を背負うの?」
悲哀に染まるモリスを見れば、紗季さえ思わず胸を抑えてしまう。
「私は、王の為だと、王に楽をさせたいと…王がすべき事柄でも、全て進んで行いました。」
「…100年過ぎ、200年過ぎ、玉座に座り楽しそうに笑う王に、私はこれで良いのだと満足していました。」
紗季はまるで物語の様に語るモリスを、ただ見つめる。
何でこんなにも、相手の瞳は暗いのだと。
「…300年は過ぎたであろうある日、王は私と二人きりの時言いました。自分が王である意味など無いのでは?と。一官吏の方がよほど役に立っているのでは、と。」
私は、それはただの軽口だと思いました。
モリスは自嘲した。
「…その時私は、王が玉座に着いているからこそ、ケープラナは栄えるのだと返しました。今思えば、あの後から王は壊れていったのでしょうね。」
「…王は、政務をしなくなり、後宮に篭り、官吏に何を言われても『モリスに言え』としか仰らない。王を知らない官吏からは侮られ、民からも興味を失われ。」
モリスの頬を、透明の滴が伝う。
「追い詰めたのは、私でしょう。…それでも、国の為玉座に居て下さった。実は、王が崩御され私は安堵しておりました。…やっと王は、解放されたのだと。」
言いたい事が言い終えたのか、モリスは深い溜め息を吐いた。
紗季の瞳には、働き疲れた老人が浮かび消える。
「解放されたのは、貴方もでしょう。」
「…え?」
「貴方は、王がいる間逃げなかった。官吏として、するべき事をしたわ。王が亡くなっても、一度も止まらずに国の為に走り続けた。」
立ち上がり、日の差す窓を開け放つ少女王は、光を受けて輝く。
「もう、休んでも良いんじゃない?」
輝く少女王に、モリスの心は震えた。
ケープラナ王の血縁者に継がれなかった王の意思は、ウォーター王の心の片隅にスルリと溶け込んだのだろう。
「…許されるでしょうか。」
仮面を被ったモリスの表情は、次第に剥がれ泣き笑いをつくる。
「許すもなにも、王が安心して行けたのは、貴方が居たからだと思うよ。」
声も無く泣き出す相手の背を、紗季は時間の許すまま擦っていたのだ。
身仕度を整えた紗季は、幾人かの官吏を伴いケープラナ国の門で見送りを受けている。
一年経てば、モリス、ハンニエル、ファウルは砂の様に消えるだろう。
ケープラナへは資材、物資を運ぶ者達以外は、戻る者は居ないだろう。
「…お元気で。ご発展をお祈り致します。」
頭を下げた3人を、幾人かは涙を堪えられずにいる。
「…ありがとう。貴方達は、ゆっくり休んで…。」
そこで言葉が途切れれば、紗季は直ぐに踵を返し足を踏み出す。
ケープラナの元官吏から見れば、冷たい印象を受けるが、紗希を馬上に乗せたレビュートには違った。
紗希を前に乗せたレビュートは、手綱を握り駆け出す。
狼人の胸元に顔を埋め、周囲に悟られない様に紗希は声を出さず嗚咽を洩らした。
17歳の少女にとって、死を待つ者との別れは辛いものとなったのだった。
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此処までお付き合い頂きありがとうございました。一つの区切りが着き、次回より新章になります。此処まで続けられたのは、読者皆様のお陰です。本当にありがとうございます。




