表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウォーター国創世記  作者: 雪香
3章―ケープラナ動乱編―
83/100

引っ越しの11日目

ストーリーとしての動きはありません。



その日は、朝から国中が大忙しとなった。


まず、都市部の者は持てるだけの荷物を積めると騎士団に伴われ、チェイダーやヨッツアに旅立った。


かなりの距離と危険がある為、騎士団の精鋭達が供をする。


それが落ち着いて来る頃、クデルトに向け商業や工業を中心とした者達が準備を始める。

隣接した国の為、移る民もそこまでの緊張が見えない。


今回フラワ国への移住は無いのは、フラワの情勢が不安定だと言われているからか。


そんな中、国壁近くの民達は農具や作物の種などを馬に積め込んでいた。


野獣の騒動のおり、ウォーター国王自ら協力をしたと知っており、ミズハラ国王への印象は悪く無い。


更に、昨夜から何度もメーリング・グラウンドやナント・セクスハイムといった高官が訪れて、移住してからの衣食住について話をしに来てるのも安心感を持たせていた。


朝からは、宰相アルバンドが村々の代表者を集め政書に移住者の名を書き込んでいる。


「…いやあ、ウォーターの王はお若いそうだが、ケープラナの官吏様達をこれだけ使えてるんだ。相当な切れ者だねえ。」


「当たり前だろ?何と野獣を追い払ったらしいじゃないか。武勇にも長けた方なんだろうよ。」


荷造りをする夫婦の話に、今度はその娘が会話に加わる。


「…ねえ、おっかさん。あたし達は新しい国に行けるでしょ?じゃあ、王妃様達は何処へ行くの?」


娘の問いに母親は嫌そうに頭を振った。


「…さあねえ。昔滅びた国の王族は、他国へ輿入れしたりしたそうだけどね。国政をしない王族を欲しがる国なんてあるのかねえ?」


うーん、と娘は首を傾げた。


「…分からないなあ。王族の顔なんて見た事もないし?あ、でもウォーターの王様は綺麗な方だって、ナディア様が言ってた!」


「ああ、リケット様の娘さんだろう?ウォーター国では、女官長をするんだってねえ。リケット様の分も頑張って欲しいもんだね。」


そこで話は終わり、片付けをまた始めた親子は何処か楽しげであった。


その頃、ウォーター国王は皆より遅い朝食を摂っていた。

起きた頃にはとっくにレビュートの姿は無く、朝食の用意をしたナディアも敢えて何も言わない。


「…王女はどうなったの?」


「……今は、自分の居室におられるそうですが、衛兵が見張っているそうです。」


複雑そうなナディアに、紗季は「そう」とだけ返す。


ケープラナに残るだろうモリス達が対処してくれれば良い。


朝食を食べ終わり、考える。

ウォーターに戻るのは、大河を渡る必要がある。


ケープラナの船を使う者と、鳥人等の背に乗って移動する者がいる。


丁度先頃第一陣が出発したが、勿論民だけでは不安なのでアルバンドと、シュラ・シークラッツは先に向かわせた。


今頃ウォーターでは、サイラとルピアがてんてこ舞いだろうけど。


悪いけど、頑張って欲しい。


さてと、私も帰りたい所だけどね。


綺麗に仕立て直してくれた制服を着直し、紗季はある場所に向かった。


城外の広い石畳の土地は、運動をするならこれ以上無い場所だろう。


先ほど下級兵士が、言いにくそうに言ってきた事でこの場にきたが。


紗季が物陰から見つめれば、癖のある柔らかなブラウンの髪に金の瞳の狐人と、短い深い藍色の髪の武官が相対している。


『騎士団長様と、副騎士団長様が不穏な様子です』

という情報だったが、確かにあまり良い雰囲気とは言えない。


まーったく…この忙しい時に!


狐人のネルビアが騎士団長だという事に不満を持つ者はウォーターの騎士団からは外したが、根本的な所に問題があったのだ。


メーリングはまるで睨む様にネルビアを見据えるが、ネルビアはまるで意に介さず欠伸を噛み殺している。


「ネルビア殿、私は騎士団の一隊長を五十年務めて参りました。しかし、貴殿は武官の経験すら無い。それで騎士団を束ねられとお思いか?」


ファウルに似た男らしい口調に、鋭い視線のまま告げた。


「…さあね?王が決めたし、俺は断る理由が無いよ。それとも…自分の方が団長が出来るとか思っているわけ?」


口元だけ笑みを浮かべる相手に、メーリングは続ける。


「…いいえ。王の意向に背くことは出来ません。しかし、自分より力の無い者に従うのは私の矜持が許せない。」


なるほど、とネルビアが呟く。


「…サキちゃ~ん。」


気を抜いていた王は、びくりと体を揺らすが直ぐに姿を現す。


メーリングは驚愕し、気まずそうに俯く。


「…陛下、これはその…。」


メーリングには答えず、ネルビアに呼んだ理由を促す。


「うん。何かさ、副騎士団長が不満を持ってるんだけど~?此処で、見ててくれないかなって?」


「…え?何を?」


不思議そうに首を傾げる紗季と、怪訝なメーリング。

狐人はにっこり見惚れる笑顔を浮かべる。


「此処で、副騎士団長と手合わせをする。…陛下には判事をお願いするよ。」


態々陛下と呼ぶネルビアに、紗季は彼の本気を受け取る。


「…ええ。良いわ。」


戸惑うメーリングだが、覚悟を決め使い慣れた長剣を手に取る。


ネルビアは緩い雰囲気を纏うまま、鋼製の棍を片手でクルクルと回す。

細身の体に似合わず、力があることを意味する。


本気を感じさせないネルビアだが、好意を持つ相手が見ている事、王の人選が正しい事を証明する覚悟を抱く。


「…どちらかが気絶するか、降参と言ったら終わりって感じで。」


了解した、と相手は頷くと紗季の「始め」と涼やかな声が響く。


対峙した二人の間に一陣の風が吹く。


初めに踏み込んだのはメーリング。切っ先を相手に叩き込むが、ネルビアは器用に体を後ろに逸らし避ける。


その間に回り込んだネルビアは、棍の向きを横にし相手の喉元を狙う。

それを長剣の刀身で受けとめ、体制を立て直すメーリング。


人より身体能力の高い獣人だが、メーリングには長い実戦の経験がある。


ネルビアが棍の持ち手を変えた一瞬、メーリングはその隙を狙い棍の先端を掴み投げ飛ばす。

投げ飛ばされバランスを崩し、膝を着くネルビアの眼前に長剣の先端。


「…若き身ながら中々の腕前。これからは、私がご指導致しましょう。きっと更にお強くなられる事です。」


勝者の笑みを浮かべるメーリングに、ネルビアは苦笑する。


「…はは。さすがだねぇ、参ったよ~?…」


そう言い、メーリングの差し出す手を取ろうと片手を差し出すネルビア。



ええーネルビア負けちゃったのかあ…

何かショック。


がっかりした紗季が終わりを告げようとした瞬間、メーリングの顔が凍り付く。


メーリングの鳩尾に落とされた棍の半身、更に重ねてメーリングの右頬は拳で殴りつけられていた。


獣人の力で殴られ、文字通りメーリングは地に叩きつけられた。


「…ガハッ!…………なぜ?!」


間髪入れず、咳き込む相手をそのまま喉元を棍で押さえる。


「…ん?俺、降参って言った?」


躊躇ない攻撃に、メーリングは抵抗するが押さえつける棍を外せず、段々と肺への酸素を減らすのみ。


「…やっぱり、人を殺した事無いでしょ、君。」


「……あっ……」


最後に苦しげな音を出し、意識を手放したメーリングから、やっと離れたネルビア。


その頃には、見物者が増え騎士団の者も怖々と眺めていた。


「…終了。勝者、騎士団長ネルビア。」


静かな王の判定に、ネルビアは周囲を見渡す。


「…それで、君たちは何やってんの~?さっさとウォーターへ行って国造りを進めてくれる?」


冷たい瞳を向けるネルビアに、騎士団の面々は悲鳴に似た返事を返しその場から姿を消したのだった。


「…これで良い?騎士団長の俺は負けてはならない。獣人が人間より優れていると認識させる為。

…レビュートが側近なのも、それを示していく為かな。」


ポツリと語るネルビアに、紗季はゆっくり頷く。


「…ありがとう。」


ネルビアは、かなり頭が切れる。

そんな彼が自分につく事は、好意を持ってくれている他に、何かあるのかと思っていた。


しかし、今はまだ踏み込めないのは何故だろう。


自分が一人前の王だと誇れないからなのか。


微笑みをくれる狐人に礼を言い、紗季はある場所に向かうのだった。





ケープラナ編次回でラストです。此処までお読み頂き感謝致します。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ