堕ちた華
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「何か用なの?」
相手の敵意の見える眼差しに身に覚えは無く、身構え然り気無く距離を取る。
それに対し、リヴィアットはコロコロと愛らしく笑う。
「いえ…お尋ねそびれた事がございまして。」
「…え?」
立ったまま対峙する二人の間には、窓からすきま風が通った。
訪ねたい事?
不思議そうな王に、王女は柔らかい笑みを向ける。
「はい。私共王族は、どのような処遇となるのでしょう?聞きそびれていましたわ。」
何も言わぬ紗季に、リヴィアットの表情は不気味な程晴れやかである。
「…あ。もしや、ウォーター国王陛下と私の兄上の縁組みでしょうか?兄上は麗しい方ですから良い夫君となられますわ。それとも、ウォーター国の上級役人にして頂けるのかしら?」
それでも不服だと言いたそうなリヴィアットに、紗季は連日の緊張で疲労した心に負荷の掛かる気がした。
「…第三王女。」
小さく溜め息を吐く。
「モリス・フェルトニア元側近は、貴女方王族にはウォーターは関わる事なかれと言っていたわ。」
紗季の言葉に、リヴィアットは一瞬で顔を真っ赤にし眦を吊り上げた。
「…無礼な!臣下の分際で王族の事柄に口出しするとは…」
リヴィアットはコロリと表情を変え、愛らしく小首を傾げた。
「…そうですわね?まさか、何もない国へ民と長く経験のある官吏を差し上げた国の王族を放り出したりなど…「ええ。」
取り繕った笑みの王女へ、年若い王は冷静だった。
「放り出すも何も…私が取り引きをしたのはケープラナの官吏とだわ。王族と等何も話した覚えが無いのに、対処などできないでしょ?」
それに、と紗季はリヴィアットにとって知りたくない現実を知らされる。
「私は貴女の父、ケープラナ王と会ったわ。」
「……え?」
王女の動きが止まる。
「まあ、霊体だか残留思念だか知らないけれど。確かに言っていたの…『民を頼む』と。貴女方王族の事は言っていなかった。」
うそ、とリヴィアットは紗季を睨み付ける。
「そんな下らない嘘など。お父様は、っ私を珠のように愛して下さいましたわ!そんな虚言に惑わされるとお思い?」
「…ケープラナ王は、赤の混じった金髪で緑の目じゃなかった?藍色のマントに、銀の王冠じゃなかった?」
声を荒げる王女に、紗季は反対に益々冷静になっていく。
紗季が言葉を重ねていく内に、リヴィアットは膝を崩しその場にへたり込む。
なぜ、なぜ?とぶつぶつと呟く様に紗季は音も無く立ち去ろうとした。
しかし、壮絶な表情に怒気を孕む王女は、素早い動きで紗季の足首を掴み引きづり倒す。
ドサッと音がするのを耳にした紗季が気付いた時には、紗季の上にリヴィアットが馬乗りになっていた。
…背中が痛い
お腹が苦しい。
それ以上にこの女のなんと哀れな事。
リヴィアットは自身の懐から出す小さな守り刀を手に取り、紗季の頬に向ける。
「…取り消しなさい!貴女が会ったのはお父様ではないわ?そんな事、ケープラナ王が新国の小娘に頼むわけないでしょう。頼むのなら、この私ケープラナ王の寵愛を受けた第三王女リヴィアットだわ!!」
早口で捲し立てる愛らしかった容姿を崩し、まるで夜叉の様な相手の形相を呆然と見つめる。
「…まるで子どもだわ。」
じっと目線を合わせる紗季に、王女は更に目付きを鋭くする。
「何ですって?!」
「自分の思い通りに行かず、癇癪を起こす子ども。そう思わない?」
あくまで淡々と告げる紗季に、リヴィアットはわなわなと震えた。
「…っ口を慎めぇぇ!!この盗人が!!私の国を返せえええええ!」
王女の刀が紗季の頬を一線の傷を付けた瞬間、その場に怒濤の殺気が巻き起こる。
その直後、王女の体が窓際の壁に叩きつけられ刀の破片が散らばる。
ぐったりとする王女へ、犬歯を剥き出しにした者が恐ろしい殺気を漂わせ近付く。
紗季はなんとか追いかけ、その背中に体を寄せる。
「…止めて、レビュート!」
「離せよ。殺す…切り刻んでやるっ!」
狼人や狗人の、主や番への献身と独占欲は凄まじく強い。
例えば番を殺された場合、その相手の血族親類は皆殺しは勿論、当事者は死んだ方がましな程の苦痛を受け惨殺される。
狼人レビュートは、人より良い嗅覚で紗季の血の臭いを嗅ぎとりドアを蹴破ると王女を蹴り飛ばしていた。
レビュートにとって、紗季は唯一忠誠を誓った主であると同時に、番たい雌である。
狼人は生涯一対の伴侶しか得ない。
レビュートにとって、その相手が失われる恐怖を感じてしまったのだ。
「…離せ。離してくれ。」
「…ダメ。…人殺しは、いけない。前も言ったでしょ?」
何時に無く弱々しい紗季の口調に、レビュートの怒りが冷めていく。
それと同時に、廊下に幾つもの足音が聞こえて部屋に飛び込んで来た。
「…一体何が!」
その一人を見て、レビュートは冷え冷えとした視線を送る。
「…てめえに護衛を譲ったらこのざまだな。後処理ぐらいはしておけ。」
震える紗季を抱き寄せるレビュートと、青ざめて俯く王女にキリス・トレガーは目を見開く。
横抱きに紗季を連れて行くレビュートに、キリスは顔を歪める。
「…レビュート殿、俺は…」
「今日は面を見せんな、虫酸が走る。」
顔を見もしない相手に、キリスはそれ以上言えなかった。
後から来たアルバンドや、モリス達が王女に話を聞くのはそのあとであった。
レビュートは与えられた自室に戻ると、寝台に座り紗季を毛布に包み締めた。
「…レビュート、ありが…とう。」
沈む顔に、レビュートは思わず相手の頬傷を舐めていた。
「っひゃ?!何っ。」
ぴきりと固まる紗季だが、それと共に震えの止まった相手に、レビュートは男らしく口端を持ち上げる。
「落ち着いたみたいだな。…痛むか?」
今度は、傷にそっと触れる。
「…大丈夫。」
大丈夫、と続けていると思わずポロポロと涙が零れた。
「お、おいやっぱり痛いんじゃねえのか?」
焦るレビュートだが、紗季は嗚咽を洩らし首を振る。
レビュートは優しい。
弟の為と言いつつ此処まで着いてきてくれて。
ケープラナに来るのを手伝ってくれて。
ファウルの身勝手かもしれない要望を牽制し、庇ってくれて。
本当は、獣人だから嫌悪される視線があるのに気づかないふりでいてくれて。
誰よりも私を優先してくれて。
ケープラナの官吏に嫌悪しているのに、文句一つ言わないで。
だって。
「…だって、レビュートって、バカなんだもん~。」
泣きじゃくる紗季にレビュートはおろおろと目を泳がせる。
「人間の、ウック女が…嫌いなのに、っ私の事、ばっか気にして、損ううしてええ…。」
紗季の言葉にレビュートは後ろ頭を掻くと、一度息を吐き紗季の顎に手をかける。
「…レビュ…んん」
重なる唇は、時間を掛け深いものとなる。
一度離され、何度も何度も角度を変え続く。
「…言っただろ?一生守るから覚悟しろって。」
男の欲の籠る熱い瞳に、紗季は逸らせず顔の温度を上げる。
「王だか、ら?」
「…それもあるが、お前が愛しいからだ。」
さらりと告げる相手に、次第に現実味が増す。
彼氏などいたことの無い紗季は、更に耳まで顔を赤らめ俯く。
「…はう。そそ、そう…。」
「ああ。お前って、やっぱり可愛いな。」
え?
っっっっえ何この羞恥プレイえええい
言いたい事を言って満足したのか、レビュートは紗季を抱いたまま横になる。
「…あ、ねえ私部屋にもどっ「戻ったらくそキリスと魔族野郎を殺す」はい。りょうかい。」
なぜローマネまでも?
仕方無く抱き締められたまま目を閉じる。
勿論、ナディアが朝方様子を見に来るまで離されなかったのだった。
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