宵闇に
発表が終わった後、城内は慌ただしい喧騒に包まれた。
そんな中、辺りが薄暗くなった頃、ある一室ではウォーター国王と元ケープラナ国側近が紅茶を啜っていた。
はあ、やっと人心地ついたなあ~。
細かい事は新宰相と新側近に任せて来てしまった。
ナディアルトとセラには王の私生活を送る場所を任せるので、その準備を頼んでいる。
特にセラは、上級官吏達の官服を支度せる様で張り切っている。
「紗季様と、キリス様の衣装はお任せ下さい!!」
…何か凄く楽しそうだったから良いけども。
久しぶりに眠いし、ちゃんとお腹空いてきたかも。
目の前の机に肘を置き、書物を捲るモリスを見つめる。
「…で?ウォーターで引き受ける民は約一万人ってわけね?」
書物を捲る手を止め、穏やかに笑みを浮かべる。
「ええ。国壁近くの穏やかな民が中心となっております。他は、ヨッツア、チェイダー、クデルトで残らず受け入れて下さるそうです。」
そう、と頷く。
本当にそれはありがたい。
農作を中心としていた民なら、何も無い土地で辛抱強く暮らしてくれるだろう。
本当に…
思わず呟いていた。
「貴方と、ハンニエルと、ファウルは此処に留まるの?」
「ええ。」
変わらず緩やかに微笑むモリス。
「他の官吏もそれぞれ行き先を決められ、もうやり残した事はございません。」
紗季はスプーンで砂糖を人匙掬い、ティーカップに注ぐ。
揺るがぬ相手の瞳に、紗季は眉尻が下がる。
それを知ってか知らずか、モリスは口を開く。
「…どうか、至らぬ者ばかりですがお導き下されば嬉しく存じます。ウォーター国の繁栄を心からお祈り致しております。」
「……ありがとう。貴女に会えて良かったよ、モリス。」
泣き笑いの様な顔を向ける少女には、見えぬ重責がその肩に乗る。
「一つだけ、お願い致します。…どんなに忙しくても、毎日なるべく多くの者の表情を見てあげて下さい。そして、変化を見逃さぬよう。」
ええ、と紗季は素直に頷く。
ウォーターに戻れたら、やりたい事が山ほどあるのに帰りがたいのは、この優しい男性にあったからだろう。
暗くなった窓辺を見つめ、おやすみと言い泊まっている部屋へと向かう。
部屋の前にはキリス・トレガーが、腕を組んで背を壁に預け瞳を閉じていた。
「…お戻りですか?」
紗季の気配に目を開け、蕩ける様な目線で紗季を見つめる。
…う、何か気まずい。
何だかんだと二人きりになる事は無かった為、どう話していたかさえ戸惑ってしまう。
「ええと…レビュートはどうしたの?」
側近となった二人は何やら話し込んでいたと思ったが。
「レビュート殿は、アルバンドに呼ばれ話をしています。その間、陛下の護衛をしても良いと了承を得たので。」
キリスは、自分より先にウォーターの官吏となったレビュートを立てる物言いをしている。
ケープラナからウォーターに移る者へ、示しているのかも。
トレガー、と呼びかけようと思うが、名前を呼んだ彼の笑顔を思い出し、今更ながら照れつつ名を呼ぶ。
「…キリス。」
見上げてくる思いを寄せる主君に、知らず胸が高鳴る側近。
「はい、陛下。」
「…貴方は、私を殺そうなどしないでよ。」
ケープラナ王を手にかけた事は、ゆめゆめ忘れぬなという警告としての言葉。
キリスは顔を引き締め、片膝をつく。
「我が生涯、全て御身に捧げる所存。万が一、ご不興を買いし時は、お切り捨て下さい。」
全身全霊の覚悟。
あまりに真剣な表情に、少し笑いそうになるも知らず知らず相手の頭を撫でていた。
「期待しているわ。私の左腕として。あ、右腕はレビュートね?」
一瞬ぽかんとするも、直ぐに破顔するキリスは立ち上がる。
「…本当に、貴女の言葉は俺に力を下さる。…お慕いしております。我が愛しい姫。」
そこまで言い、ハッと口元を押さえ慌てて部屋の扉を開け紗季を促す。
「…お引き留め失礼を、ごゆっくりおやすみなさいませ。」
扉が閉まると、耳まで赤く染めたキリスが片手で顔を覆っていた。
一つ溜め息を着くと踵を返す。
(顔を洗って来よう)
しかし、そのキリスが離れた一瞬に紗季の部屋への侵入がおこったのである
「………え?」
紗季は目を疑った。
閉まった扉がもう一度開き、現れたのは一度だけ会った少女。
確か。
「ケープラナ第三王女リヴィアット・ケープラナ。」
「…まあ、覚えておいででしたの?光栄ですわ。」
口元だけ笑みを浮かべる少女は、冷たい瞳を爛々と輝かせるのであった。
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