ウォーター国上級官吏発表
日の傾く頃、水原紗季はケープラナに来た初めの日に、話し合いをした部屋へ向かっていた。
「…あの、やはり私は別室にて…。」
紗季の隣には、穏やかそうな愛らしい少女が居心地悪そうに俯く。
「何を言ってるの。貴女もウォーターに来て貰うんだから、顔ぐらい見せて貰わないと。」
宰相アルバンドの邸で使用人をしていたこの少女ナディアルト・リケットは、先の野獣の騒動で故郷を襲われ、家族を喪ったのだ。
聞けば、亡くなった父は故郷で地方官をしており、ナディア自身もそこらの若い娘より気の利いた考えを持っている様である。
身の回りの世話をする同性を考えていた紗季にとって、ナディアは手頃な相手であった。
勿論ナディアは自分を卑下し戸惑っていたが、既に故郷も無く、仕えていた宰相アルバンドもウォーター国に行くと知り、丁重に引き受けたのだ。
「…畏まりました、陛下。」
おずおずと頷くと、ナディアは丁度着いた部屋の扉を静かに開く。
面談を行った者、紗季に呼ばれた者が待っており、皆席には着かず起立していた、
緊張した面持ちの者、何か決意した様な者、いまだ迷いの見える者。
「…待たせたわね。どうぞ、座って頂戴。」
紗季がそう言い腰かけると、静かに全員が腰を下ろした。
扉近くには、ナディアルトが目を伏せ待機している。どうしても大官並ぶ此の場での同席は辞退したのだ。
自分を見つめる数多い瞳に、紗季はゆっくり口を開く。
「まず、私の名は水原 紗季。ケープラナやクデルト風に言えば、サキ・ミズハラかしら。」
隣に居て欲しいと頼んだモリスは、常の通り変わらぬ表情を浮かべる。
紗季は一度息を吐く。
「貴方方の意見は、私の話が終わったら、聞くつもりよ。それまでは全て聞いてもらうわ。」
「それでは、ウォーター国で上級官吏をして貰う者を発表する。」
そう言い周りを見渡せば、頷かれ肯定を返される。
メーリングは何か思い悩む表情を浮かべ、ユーチェロはのんびりと構えている。
元から紗季に着いてきた者、レビュートやローマネ達は紗季により近い席となっていた。
「側近はレビュート、キリス・トレガーの二名。」
狼人の青年は口角を吊り上げ頷く。
精悍な男性は感極まった様に瞳を強く閉じ、しっかり開くと深々と頭を下げた。
「内大臣はルピア。現在はウォーター国にて上級役人として待機しているわ。」
「宰相はアルバンド・ライトーク。」
少し吊り目の年若い青年は、固い表情だが僅かに喜色を浮かべた。
「宰相補佐官はシュラ・シークラッツ。」
紅い瞳を細めた男性は、躊躇い無く静かに目を伏せ頷いた。
「外務大臣はナント・セクスハイム。」
外見だけ見れば此の場で最も年嵩の男性は穏やかな面差しに、不安に瞳を揺らすがゆっくりと、おずおず頭を下げる。
「内務大臣はエリリィア・グラウンド。」
蒼い艶のある髪を揺らし、美しい女性が恭しく頭を垂れた。
「司法大臣はユーチェロ・ノトス。」
緑の髪の青年は瞳を輝かせニコニコと頷く。
「大蔵大臣はサイラ。ウォーター国にて待機している上級役人よ。」
「総部大臣はローマネスト・ルッフェ。」
漆黒の装束の魔族は、そこだけ見える口元に笑みを浮かべる。
「騎士団団長はネルビア。」
意外そうに片眉を上げる狐人のネルビアだが、直ぐに視線を下げた。
「騎士団副団長はメーリング・グラウンド。」
何か言いたそうな表情だった青年も、結局は静かに目を閉じる。
「大きくその外務、内務、大蔵、総部五つの部署と、騎士団には様々な役割を担って貰う予定でいるわ。」
紗季は一つ息を吐き、一同を見渡す。
「私は明日にでもウォーターへと帰国を始めるわ。…元ケープラナの官吏は、そうね一月以内に移住の準備を始めて頂戴。」
…………異論は?
との紗季の言葉には無言の肯定が返される。
当たり前だろう。
此の場で誰か一つでも質疑があれば、終わる事などないだろう。
それを確認し、紗季から幾つかの提示を出す。
一つ
大臣は、十人の中級官吏と三十人の下級官吏を選ぶ事。
二つ
ケープラナの仕事を必ず終わらせる事。
三つ
必ず、王の不在には側近どちらかの許可を得る事。
四つ
移住の際、家族親類縁者の希望者は必ず本人確認できる物を、宰相へ提出する事。
昨日考えていた事柄を全員に告げ、理解した事を確認すると部屋を後にした。
扉を背にし、大きく溜め息を洩らせば安堵の表情を浮かべる。
そんな紗季を、憎悪を込める瞳が見つめるのだった。
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