王と面談と【下】
お待たせ致しました。
コンコン
「…失礼致します。」
紗季の促しに入ったのは、少し吊った目付きの青年。
固い表情の彼は、静かに椅子に腰を下ろし背筋を伸ばした。
「…ええと、この度は感謝してもしきれない恩を感じております。貴女様のお陰で、多くの民の命が救われました。」
深々と頭を下げた相手に、紗季は今まで閉ざしていた口を開ける。
「アルバンド・ライトーク。」
「っはい。」
感情を込めず名を口にし、淡々と言葉を続ける王の表情は読めない。
「貴方は官吏としての能力があるわ。…宰相以外をして欲しいのだけど、何がしたい?」
アルバンドの口から息が洩れた。
「…それは、ウォーターに俺を望むという事になるのですか?」
微妙な表情の彼は半信半疑な口調だが、王の答えは早い。
「ええ、そうね。それで?…簡潔に答えなさい。」
あくまで機械的な物言いの紗季に、アルバンドは動揺を隠せずにいた。
(…俺を評価?してくれたという事か。だが、多々失礼をしてしまったしあまり良い印象は無いと思うが。…だからこそ、宰相以外…か?)
室内に静寂が訪れ、王はただ青年を見つめ続ける。
俯く青年の表情は、はっきりとは伺えないが、明るいものではないだろう。
「…やはり、信用は頂けませんか?」
ポツリと呟いた音には覇気が無い。
「信用?」
紗季は思わず問い返していた。
ケープラナで最も若いと聞いたアルバンド。宰相以外を薦めれば、簡単に嫌だと言い宰相をしたいとごねると思ったが…。
信用かあ。
信用は出来ないけど、彼の真面目さには好感は持てたのだ。
ただ、両手を広げて宰相になってーとは言えないけれど。
紗季は机に肘をついて、アルバンドをたっぷり観察してみる。
横分けにされた黒髪は生真面目さを感じるし、少しくたびれた官服は気苦労が偲ばれる。
「…じゃあ、貴方が何もない国で宰相ができる人って誰だと思うの?」
思ってもいない問いかけに、アルバンドの手元から政書が滑り落ちた。
「…宰相、ですか?」
「ええ。まっさらなウォーター国に必要な宰相ができる人物は?」
アルバンドは静かに目を伏せ、懐に入っているだろう政書に視線を向ける。
うーんと小さく唸り声を出す。
へえ。
紗季は思わず目を瞬いていた。
なんというか、アルバンドが一番ケープラナで若いからか、表情が読みやすいかも。
ユーチェロ・ノトスはあっけらかんとしてたし、メーリング・グラウンドは小難しそうだし。
モリスとかファウルは、もう世代が上過ぎて一緒に政務をするイメージ湧かない。
アルバンドは一人で頷き、胸中の整理がついたのかすっきりとした表情である。
「…ウォーター国に必要な宰相ですが…」
「ええ。」
「宰相は、必要ないかと。」
…………はい?
怪訝な紗季に構わず、アルバンドは続ける。
「俺は、元宰相とは比べられない程短い期間の職務でした。
…ですが、どれだけ元宰相が造りあげてきた政の礎があり、それを維持していたというのにも関わらず、王の崩御で全て消える。
…王以外の存在は、虚構なのでは?と。」
ポツポツと語る青年の表情に、知らずみいる少女王。
アルバンドは、自分のしてきた事が無駄だったと思ったのだろうか。
「…そうね。国に必要なのは一に王かもしれないわ。」
「……はい。」
ムムと眉を寄せるアルバンド。
「…でも、それは王の居ない国での事でしょ?」
首を傾げる紗季に、あと口を開く。
「王の居る国には町を、村を造る民が必要だわ。王の手足となる官吏が必要だわ。…共に国を導く宰相が必要だわ。」
ゆっくりと、紗季の口元に小さな笑みが浮かぶ。
「今の私には、宰相が必要だわ?」
紗季の向ける笑みに、アルバンドは一度目を閉じて懐の政書を取りだし、それを床に置く。
「…ウォーター国王陛下、俺は経験は浅いですが古今東西の書物は読み漁っております。年嵩の方々の嫌がる様な雑事も喜んで致します。…何より、貴女様の道筋を支えます。」
えーっと、とアルバンドの顔に焦りが生まれ、妙な汗をかいていた。
「…つまり、俺の将来性を見込んで頂けないでしょうか?!」
面白い位に表情を変える
相手を見て、思わず笑いそうになるがなんとか堪え真面目な顔を保つ。
若い宰相って面白いかも。
あーでも、あと一押しかな?
「…つまり?何を言いたいのかしら?」
は、とアルバンドは一瞬固まり、その数秒後には勢い良く素晴らしいお辞儀をする。
「俺に宰相をさせて下さい!!」
とうとう吹き出した紗季だが、内心慌ててい住まいを但す。
「…結果は後程報せましょう。それまでは待機するように。」
「……畏まりました。」
(子どもっぽいと呆れたのだろうか)
気落ちした様に俯き加減で出ていくアルバンドが出ていくと、紗季は一人クスクスと笑ってしまっていた。
「…うん。採用。」
このあと、エリリィア・グラウンドとナント・セクスハイムと面談を行い、紗季は最終的な決断を下すのだった。
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