狐と王
少し短めです。
モリスとの話を終えた紗季は、影を作る夕陽を眺めながら庭にある大木の根本に腰を下ろした。
「さーきちゃん?」
緩い口調で名を呼ばれた方へ目を向ければ、見知った獣人の笑顔。
「ネルビア。一人?」
狐人は笑顔のまま、紗季の隣に座ると肩に手を回し自分へ抱き寄せる。
「…ネルビア?」
不思議そうに相手を見つめれば、視線は彼方の向こう。
「…これは知り合いの話しなんだけどねぇ…」
軽い口調で始まる声には、聞き流せない悲しい響きが混ざっていた。
「ある所に、狐人の集落と自由民の集落が近くにあった。
お互いに自然と協力しあい、人間も狐人を差別せず、狐人も人間へ嫌悪を抱かず暮らしていた。
ある日、新しい国の王が民を集める為、移動せず集落を作っていた人間達を見つけた。
王は、集落へ声をかけた。国民にならないか?と。
勿論、国に住める機会を捨てるはずなどない。
二つ返事で了承した。
狐人達は寂しくは思ったが、人間の消えた土地でそれまで通りに暮らした。
しかし、そんな日々が続いた明くる年。
集落の人間達がやってきた。
国に来ないか?と。
考えた狐人達は、人間をもてなしはしたが、丁重に断った。
人間もそれに納得し、その晩泊まってから発つと言い夜を迎えた。
その夜、人間達は行動を起こした。
狐人達の共同の井戸に睡眠薬をたっぷりと注いだ。
気付かず深い眠りについた狐人の集落。
老いた者は命を奪い、毛皮を剥ぎ
雄は荷台に積み、労働力へ
雌は荷台に積み、人間の愛玩具に
幼い子どもは、役に立たないので近くの森へ捨て
独立した暮らしをしていた狐人達は、恥辱で自ら死を選ぶ者が続出した。
そして、その集落の狐人の数は激減。
現在は、森へ捨てられかろうじて生き延びた、族長の子孫一人きり。
どう?結構泣ける話しでしょ?」
ヘラりと笑い、紗季から離れたネルビアの瞳には悲哀が浮かぶ。
「…だからさ~?知り合いは嬉しかったみたいだよ。嫌いだった人間の王が、奴隷を助けたのが。」
知り合いという言葉に隠した、狐人の青年の苦痛が痛いほど紗季に届く。
「…ネルビア、知り合いさんに言っといて?」
紗季の指先が、ネルビアの頬に触れる。
「私は、貴方が大切。凄く助けられたよ。そこらに居る自由民より、大国の官吏より、数千の民より貴方が必要だって。」
屈託ない笑みを浮かべた少女王の瞳に映る、狐人の表情はなんと情けないのだろうか。
ネルビアは、欲しかった。
自分が心から信じられる存在が。
「…サキちゃん。」
「…ん?」
首を傾げて見つめる優しい人。
「俺を…側に居させてくれませんか?」
二人の間を、柔らかな風が通った。
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